7 厳島
予選が終わって程なく、夏合宿が始まった。
「うちのお
という舞の一言がきっかけであったのだが、
「凄いね…世界遺産だよ?!」
「そんなんで言うたら原爆ドームも世界遺産じゃけ、
何ともありがたみのない舞の発言に、美鶴はしばし茫然とした。
数日後。
西広島の駅で集まった4人は、山陽線で宮島口まで出ると、連絡船で厳島の桟橋へ降り立ち、参道から裏手へ入った道を
慣れた様子で歩いてきた舞は、
「ここが例の旅館ね」
「…まぁ舞ちゃん!」
久しぶりじゃねぇ…そう言いながら善子オバさんこと女将の
「すっかり大きゅうなったねぇ」
「そりゃ高2じゃけ」
「あ、はじめまして。お世話になります、己斐高校軽音楽同好会の部長の織原千沙都です」
千沙都が深々と頭を下げた。
「見ての通りの小さな宿屋じゃけ、大したおもてなしも出来んけど、我が家やと思って過ごしんさい」
「ありがとうございます!」
全員でお辞儀をし、中へと入った。
合宿用に充てがわれたのは宴会場の部屋で、
「ここならバンドの練習も舞台で出来るし、4人には少し広いかも知らんけど、まぁ勉強も出来るし」
善子オバさんも学生時代にバンドを組んでいたことがあったらしく、
「うちらのときにはいわゆるイカ天ブームの頃やったけぇ、ちょっと時代が違うけど、でも何となく分かるところもあるけぇ」
そのためか、たまに地元のバンドのイベントの際などには部屋を貸し出したりしている──のだという。
とにかくも。
そのような成り行きで始まった夏合宿であったが、始まって翌日には早くも予想外の事態が起きた。
「
玖波高校というのは厳島から海を挟んだ大竹市にある公立の高校で、高城先生の後輩の教諭が顧問というつながりがあったらしく、
「せっかくなので
との高城先生からの説明であった。
玖波高校も厳島高校も、スクバンの予選では見かけたことはあるが、何より県予選ではそれどころではなかった…というのもあって、ほとんど初対面のようなものである。
「でも他校と合同合宿なんて出来るものじゃないから、いい経験にはなると思う」
美鶴は賛同した。
「うちはえぇけど…翔子は?」
「私は舞やん先輩が良かったらそれで」
受け入れが決まり、翌日には早くも厳島高校の軽音楽部の3人がくぎぬき旅館にやって来た。
「厳島高校軽音楽部部長の
礼儀正しくお辞儀をした世羅茜は、翔子を見て驚いた。
「翔子ちゃん?」
「茜ちゃん…だよね?」
後で分かったが同じ聖ヨハネ学園西条小学校にいたらしく、
「まさかこんなところで再会するとはね…」
互いに驚きながらも、再びまみえたことを喜んでもいた。
この世羅茜は、
「玖波高校には
「璃子ちゃん玖波におるん?」
翔子にすれば予想外の情報をもたらした。
程なく玖波高校の3人も連絡船で桟橋に到着し、3人の中に紛れもなく阿品璃子がいた。
「小学校以来やもんね…」
阿品璃子によると璃子、翔子、茜の3人はよく集まって遊んでいたらしいが、
「茜ちゃんがあのあと岩国に引っ越したあと、私も尾道に転校したりしたけぇ」
3人バラバラになって以来の再会であったらしかった。
そんな再見から始まった合同合宿なだけに、仲良くなるまでに時間はかからなかったようで、
「美鶴ちゃんって原宿でスカウトされたことあるんよ」
などと、それまで聞いたこともなかったような話題が出ては、賑々しい女子高校生らしいワイワイとした話で盛り上がったりもした。
合同練習も順調に進み、全員で宿題もあっという間に片付いた最終日の夕方、
「ほら、翔子ったら…泣かないの」
離れたくなかったのか泣き出してしまった翔子を、璃子と茜がハグをして慰める一幕もあった。
「今度からは3校で交流しよう」
という方針も決まり、連絡船で厳島高校に見送られ、宮島口の駅で玖波高校に見送られて、夏合宿は終わった。
2学期が始まり、いよいよ横浜での全国大会の近づいた組み合わせ抽選会の日、実行委員会による抽選の様子をインターネット中継で、3校を繋いで見ることとなった。
4分割されたモニターを見ながら、次々決まっていく対戦相手校をあれこれ話ながら見ていくだけのことであったのだが、
「広島県代表・己斐高校〈スクールバンド同好会〉、22番」
グループGに入った。
すでに入っていたのは愛知県代表の聖ヨハネ学園津島高校〈リトルデーモン〉で、
「ヨハネ津島かぁ…強いよね」
1次予選では6校の中から上位4校が勝ち残り、そこからは上位2校のみが上にすすめるシステムである。
そのようにして決まった組み合わせは、
己斐高校【広島】〈スクールバンド同好会〉
聖ヨハネ学園津島高校【愛知】〈リトルデーモン〉
岩見沢商業高校【北海道】〈軽音楽部〉
相模原国際情報高校【神奈川】〈blue stars〉
西ヶ原学園高校【奈良】〈西学軽音部〉
という6校である。
「何かどこも強そう…」
不安が拭いきれない千沙都に、
「大丈夫、千沙都ちゃんなら勝てるよ」
励ましてくれたのは、玖波高校の阿品璃子であった。
「だって、うちら勝てなかったバンドのぶんまで、千沙都ちゃんたちは夢を背負ってるんよ」
独りじゃないけぇ大丈夫──阿品璃子は述べた。
阿品璃子の言葉に千沙都はハッとしたようで、
「ありがとう璃子ちゃん」
「うちらも応援するけぇ気張りんさい」
厳島高校の世羅茜が、笑顔でポーズを作って激励してみせると、
「ウチラは一人やない。厳島や玖波のみんなの思いも背負って、ハマスタ出よるんやもん。みんながついとる」
「…ほじゃね」
舞の言葉に千沙都は、半分泣きそうになりながらも笑顔をあらわしてみせた。
「…みんな、ありがとう。頑張ってスクバン本選戦ってくるね」
リモートの分割画面で離れているはずなのだが、なぜかそばにいるような気持ちになったのか、胸が温かくなってゆくのを千沙都はひしひし感じていた。
出発の日。
広島駅に集まったメンバー4人と高城先生は、見送りに来た厳島高校と玖波高校のスクールバンドのメンバーたちから千羽鶴を受け取り、
「じゃあ、円陣組むよ!」
世羅茜の掛け声で「ファイトーっ、おーっ!!」と気勢を上げた。
すると世羅茜と阿品璃子が目配せをし、
♬己斐高、己斐高、頑張れ己斐高
頑張れ己斐高校
と『それ行けカープ』の替え歌で見送りのメンバーたちは肩を組み、エールを送り始めたのである。
♬空をおよげと天もまた胸を開く
今日のこの時を確かに戦い
遥かに高く遥かに高く
栄光の旗を取れよ
これには涙もろい翔子なんぞは号泣してしまい、
「…うぅ…頑張ってくる」
見ていた美鶴まで涙目になる始末であった。
「みんな…ありがとう、頑張ってくるね!」
歓呼の声に送られ、メンバーたちは改札をくぐると、新幹線のあるホームの側へと消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます