6 緒戦


 午前の部が終わって昼休憩を挟み、午後の部が始まると、控えスペースは少しずつ数が減ってゆく。


 演奏を終えたバンドは原則、観客席へと移動するからである。


 比較的遅く進んでいたため、26番の己斐高校は15時近く、大トリの呉一こと呉第一高校は15時半近くぐらいになるらしく、


「かなり待つね」


 美鶴は時計を見ながら言った。


「まぁ前半14曲のはずが12曲だったしね」


 美鶴の指摘は、特に前半12番目の善習館ぜんしゅうかん高校が制限時間5分のところ9分半…と時間を大幅にオーバーしてしまい、これが響いて遅れていたことを言っていた。


「前にも善習館ってタイムオーバーやらかして失格になったのに、またしでかしたらしくて」


 余談ながらそれは去年の第10回大会の一次リーググループFでの出来事で、ちなみに善習館高校は史上初の失格校となって初戦敗退をしている。





 24番目の向島むかいしま学園高校の〈シーサイダーズ〉が呼ばれると、25番目の上下じょうげ実業の〈アップダウン〉、その次が26番目の己斐高校〈スクールバンド同好会〉となる。


 控えスペースでのモニターで4人が見ている限り、ほぼ呉一寄りのハードサウンドがほとんどで、唯一違ったのは16番目に出た福山城北女学館高校の〈ファンシーローズ〉が、可愛らしいハワイアン風の衣装であらわれた、ウクレレバンドであった──そのぐらいのものであった。


 やがて25番の上下実業が呼ばれ、己斐高校〈スクールバンド同好会〉はスタンバイの支度を開始。


「ね、気合い入れよ?」


 日ごろ気合いとは無縁な千沙都が言った。


「…そうだね、ここは気持ちを一つにしよう」


 揃いのポロシャツ姿の美鶴が応じた。


「…後悔なく行こう!!」


 己斐高、ファイトーっ!!──廊下で円陣を組み掛け声を上げると4人は、めいめいの楽器を手に移動を始めた。





 舞台袖では25番の上下実業高校〈アップダウン〉のスタンバイがすでに始まっている。


「…いよいよだね」


「うん」


 いつもならこんなときに緊張なんかしないであろう舞が、なぜかガチガチになっている。


「舞やん…大丈夫?」


 千沙都は舞の手を固く握った。


 不意に手を握られて舞は少し驚いた様子であったが、


「大丈夫、千沙っちがおるけぇ」


 千沙っちありがと──舞は握られた手に力を込めて応じた。


 上下実業のパフォーマンスが終わり、


 ──26番・己斐高校、スクールバンド同好会。


 というアナウンスの声に促されるように、4人は一斉にステージへあらわれスタンバイを始めた。


 千沙都が、センターマイクに立った。


「それでは聴いてください、『あの虹の向こう側』」


 舞が書いた曲に美鶴が詞を付けたバラードナンバーである。





 歌が終わると、意外なことが起きた。


 一人の他校の女子高校生が立ち上がると拍手をしたのである。


 それにつられるように一斉にスタンディングオベーションが起き、しばらく鳴り止まなかった。


 ステージを去るタイミングを逸してしまい、最後はアナウンスの、


「スクールバンド同好会のみなさん、ありがとうございました」


 という声で、ようやく舞台袖へ戻ることができた。


 観客席に座る頃には27番の聖ヨハネ学園東広島高校のパフォーマンスが始まっており、


「…何かスゴかったね」


 舞が小さく千沙都に話しかけた。


「もしかして、うちらだけしかバラードやらんかった?」


「多分…」


 翔子が答えた。





 呉一こと呉第一高校〈鎮守府楽隊クレンジャー〉は、いつもどおりアップテンポのナンバーを持ってきた。


 会場は総立ちになり、千沙都たち4人も盛り上がって、舞に至ってはタオルを振ってノリノリで楽しんでいる。


「あれだけ盛り上がったら、まぁもう呉一じゃろ」


 千沙都は自らのバンドがやるだけのことをし、それで実力差も分かり、もう悔いはない──と言わんばかりの晴れ晴れとした顔をしていた。


 翔子も、舞も、呉一に勝てるとは夢寐むびにすら思っていなかったらしく、


「明日から何して遊ぶ?」


 などと休憩時間に話すほどであった。


 が。


 美鶴だけは違っている。


「千沙都ちゃん…もしかして負けたと感じた?」


「そりゃ勝ちたいけど…でも今の見た?」


 千沙都は勝ちたいと信じてはいたが、しかし勝てるとは確信も持てなかった。





 思わず千沙都は、


「だってあれだけのパフォーマンスじゃけぇ、差があろうもん」


「…私は勝つと信じてるよ」


 美鶴は言い切った。


「私は千沙都ちゃんが勝ちたいと信じているって思ってたよ」


 だから勝つよ──美鶴の眼差しは強かった。


「…私は美鶴ちゃんは多分、勝つって信じて疑わないだろうなって思ってた。ほじゃけぇ、私は美鶴ちゃんを信じてみようって思って歌った」


 だから勝てばいいけど、負けても悔いはないよ──千沙都は清々しい顔で述べた。


「ありがと、千沙都ちゃん」


「こっちこそだよ」


 美鶴と千沙都はグータッチをした。





 結果発表が始まった。


 まずは参加賞である銅賞の発表から始まり、そこに己斐高校の名前はなかった。


 ちなみに金賞3校、銀賞7校、残りが銅賞である。


「…じゃあ銀賞かなぁ」


 千沙都はステージのスクリーンを見ながら呟いた。


 銀賞7校の中にも、己斐高校の名前はない。


「まさかの失格?」


 あのスタンディングオベーションはかなり長かったので、もしかしたらそれがタイムオーバーになったのかもしれない──千沙都は頭によぎった。


「それでは、金賞並びに県代表の発表です!」


 ドラムロールが鳴り、急にステージが暗転した。


 鳴り止んだ。






 ステージが明るくなり、画面に順位が照らし出された。


「…今年の優勝は、県立己斐高校です!」


 これには、メンバー4人の思考が止まった。


「えっ…まさかうちら、ハマスタ行けるの?!」


 舞があらためてランキングを見ると呉一は3位、2位は福山城北女学館高校である。


「…全国大会だって」


 周りが大騒ぎをしている中、千沙都は冷静になり始めていた。


「己斐高校は8年ぶり2回目の全国大会出場となります!!」


 司会の声に思わず、


「8年ぶりって…ほぼ初出場みたいなもんじゃろ」


 千沙都の小さなツッコミは、拍手と喝采にかき消されていった。





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