2 許可

 曲は、意外なことにすでにあった。


「ピアノで作曲習ったときに作ったのが何個かあって」


 舞がその中から選んで譜面に起こしてあったもので、デモテープを聴くとアップテンポの明るい曲である。


「舞ちゃん…これ良いじゃん!」


 現代文が得意な美鶴が詞をつけることになった。


「ゴメンね…ウチは理数系じゃけ」


「そんな…千沙都ちゃんが気にする話じゃないって」


 千沙都はどちらかというと理系が得意科目で、特に物理は強かった。


 ベースのラインは、キーボードの舞が打ち込んでアレンジしながら弾くので、何とかなりそうである。





 そこで。


 文化祭での講堂の使用許可を取るべく申請を出したのであるが、


「こんな不備だらけの書類で、よう来たわ」


 嘲笑ったのは生徒会長のあがた可奈子である。


「そもそもほとんど活動実態のない軽音楽同好会に、予算をつけることすら反対している執行部役員もいる」


 それが何を血迷ったか──と言わんばかりの可奈子の面構えである。


「そげな頭ごなしに言わんでも、活動することになった訳ですから、考えてもらう訳にはいけんですか?」


 こういうときは舞のほうが口が立つ。


「とにかく、まずは書式を整えてから再提出して下さい」


 可奈子の態度は、けんもほろろであった。





 帰りの廊下で、


「あそこまで小馬鹿にせんでもえぇじゃろが、あの一概者いちがいもん──頑固者の意味である──が!」


 周りも憚らず、怒りをあらわにしたのは舞である。


「そげな大して難しいいたしい話でもないやろに、あげな融通のきかん一刻なこと言わんでも…」


「まぁまぁ舞やん…そう怒らんでも」


「部長の千沙っちがちゃんと言わんからじゃろ!?」


「だって私、説明は得意じゃないし…」


「みっつん──舞がつけた美鶴のあだ名である──はどうすん?」


「うーん、でも書式を揃えてきちんと再提出したら、何とかなるんだよね? だったらそうしたほうがいいと思うけど」


 書式の不備は分かった訳だし──美鶴の着眼点は正鵠を射たものであった。


「ね、美鶴ちゃん…演奏して歌ってるところを動画にして見せたら、許可出る思うんじゃけど?」


「それはいいかも。百聞は一見に如かず、だもんね」


 千沙都の提案に美鶴は乗った。





 日曜日の午後。


 動画の撮影は上幟町かみのぼりちょうの千沙都の自宅からほど近い、広島城の広場になっている一角でほぼ一発撮りで撮った。


「まぁゲリラライブみたいなもんじゃけ、仕方ないやね」


 男勝りなところのある舞は笑っていたが、


「昔から舞やんってそういう、やったれーってトコあったよね」


 千沙都はハラハラしていた。


 美鶴は美鶴で、


「何かこう、イケナイことをしてるみたいでドキドキするね」


 などと、どこかこの状況を俯瞰しながら、楽しんでいるようなフシすらある。





 歌ったのは、オリジナルとカバーをそれぞれ2曲ずつ。


「それにしても、みっつんアニメ大好きやったとは知らんかったわ」


 舞が言ったのは美鶴のカバーの選曲が〈Dream Solister〉というアニメの曲であったところで、


「だってあの吹奏楽のアニメ大好きだったし」


 美鶴は臆するところがない。


 むしろ、好きで何か悪いか──といったような顔つきをしてみせてから、


「好きなものがあるとないとでは、人生って大きく変わるんだよ」


 共通の話題がある仲間だって出来る…それがあったからか、美鶴は広島へ来ても孤独を感じなかったらしい。


「熱くときめくものがあるって、私は単純に素敵やと思う」


 千沙都は思ったままのことを述べた。


「千沙都ちゃん、分かってるぅ」


 歌うように美鶴は明るく返した。





 そのようにして撮られた演奏の動画は、パソコンに少しだけ詳しかった千沙都の手で編集され、


「見てもらっていい?」


 舞と美鶴に送信してそれぞれ見てもらってOKが出たので、スマートフォンのドライブにまとめたものを持参することとなった。


 他方で書類は美鶴が書類を作成したのであるが、


 ──スクールバンドによる、己斐高等学校の知名度向上を目的とする。


 という文言を入れた。


「ちーと大げさやない?」


 と言う千沙都に、


「そうかも知れないけど、でもこのぐらいハッタリをかまさないと、こんな申請書なんて簡単には通らない」


 このときの美鶴の様子は、目標のためには手段を選ばない非情なところすら千沙都には見えた。


 しかし、


「世の中で闘ってくって、こういうことなんだよね…」


 一抹の寂寥感さえ、美鶴は抱いているようにも千沙都には思われてならなかった。





 再申請の日。


「…スクールバンドによる己斐高校の知名度向上を目的とする、か…」


 生徒会長の県可奈子は少し頭を傾げながら何やら考えていたが、


「しかし前回に比べて書式は整っとるし、学校の知名度向上ってことになれば、生徒会の運営にもプラスになるんと違うかなと」


 動画を見ていた、数少ない男子である副会長の佐伯かいは、


「まぁこっちでもスクールバンドについて調べてみたんだけど、宇品や似島にもあるなら、うちにあっても良いのかなって」


 海は理解を示す態度を明らかにした。


あがた会長、どうやら思いつきや軽い考えで申請を出してる訳ではなさそうです」


 講堂の使用許可を──海は促した。





 が。


 宇品と似島の名前が出た段階で、すでに可奈子の目の色が変わっていた。


「そういうこと、何で早う言わんの?」


 鋭く海を睨み据えた。


 可奈子は似島や宇品をライバル視していたようで、


「負けられないのであれば、認可は簡単です」


 驚くべきことに、可奈子によってその場で承認の印鑑が捺された。


「似島や宇品に負けないバンドを作ってください」


 まるで人が変わったように、急に声のトーンが明るくなったので、


「…逆に怖いんじゃけど」


 舞が帰りに引いたほどであった。



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