挑戦者たち─School Band Story Episode Series─

英 蝶眠

遥かに高く─己斐高校編─

1 転入

 時ならぬ転校生、というだけで様々な想像をかき立てられるのはむなき話で、


 ──東京から来よった。


 というだけで、さらに尾鰭おひれがついてしまうのは、人の性としてどうしようもないところがあったのかも知れない。


「なぁ千沙っち、どう思う?」


 そうクラスメイトの阿川あがわまいに問われたところで、織原おりはら千沙都ちさとは何も答えようがなかった。


 千沙都と舞はともに幟町のぼりちょうの小学校からの幼馴染みで、ともに縮景園のそばにあった中学から同じ広島県立の己斐こい高校へと進学し、今は2年生である。


 千沙都はギター、舞はキーボードと、どちらも楽器が多少は弾けたところから軽音楽同好会に所属しており、しかし千沙都と舞の2人しか部員がなく、バンド演奏などというのは夢のまた夢で、ときにはただ話をしたりテスト勉強をして帰って来ることもであった。





 転校生は、さくら美鶴みつるといった。


 初め表情が固く、少し冷たそうに見えるのは、彼女が見知らぬ土地に来たことによる緊張状態にあったからかも分からない。


「席は…えーと、織原の隣な」


 担任が示したのは2列目のいちばん後ろ、つまり千沙都の左隣である。


「…よろしくお願いします」


 美鶴は小さく千沙都に挨拶をした。


 やがて。


 授業が始まると、千沙都は驚くべき事物を見た。


 美鶴は鞄からタブレットとタッチペンを取り出すや、それに板書を書き込み始めたのである。


 時勢といえばそれまでの話かも分からないが、


 ──やっぱり東京の学校は、えっと進んどる。


 タブレット端末をノート代わりにしている生徒のことなど、テレビのニュースぐらいでしか見たことのなかった千沙都にすれば、未来が眼前に来たような衝撃であったのであろう、


 ──こりゃ未来じゃけぇ。


 千沙都は小さく呟いたつもりであったが、


「こら織原、何をボソボソ文句かばちたれとるか!」


 担任に咎められて思わず立ち上がろうとした千沙都は、バランスを崩し、その場に派手に音を立てて倒れ込んでしまった。


「ったく、織原はオッチョコチョイじゃのぉ」


 クラス中がドッとウケると、千沙都は思わず舌を出し頭を掻いた。





 しばらく、過ぎた。


 その日もホームルームが終わると、掃除当番でなかった千沙都は、いつものようにギターケースを背負って、部室へ行こうとした。


 すると。


「…あの」


 声をかけてきたのは美鶴である。


「もしかして、バンドかなんかしてるの?」


 美鶴が勇気を持って話しかけてきたことだけは、ありありと分かった。


「うん、軽音楽同好会じゃけど」


「…見に行ってもいいかな?」


 あまり美鶴は物怖じをしない性格らしいが、人見知りはあるらしい。


「えぇよ。なぁ舞やん」


「まぁ部員うちら二人しかおらんしね」


 ちなみに千沙都が部長、舞が副部長である。





 廊下へ出た3人は、それぞれ歩きしな質問を投げかけてみた。


「美鶴ちゃんは、何の楽器やっとったん?」


 千沙都が問うた。


「一応、ドラムだけど」


「うちらはドラムおらんけぇ、取り敢えずたちまち叩いてみる?」


 美鶴は首を傾げた。


「あ、たちまちってのは…取り敢えず、みたいなもんかな」


 舞が説くと美鶴は納得したような顔で、


「たちまち…って言うんだ」


「広島弁っておもろいじゃろ?」


 千沙都は屈託のない笑顔を見せた。


「ほいじゃ、行こ」


 舞に促され渡り廊下を抜け、3人は部室へと向かった。





 部室は思ったより広かった。


「一応防音はしてあるけど、あんまりデカい音出したらいけん言うて、アンプは使われんのよ」


 棚には、美鶴の目についた小さな盾が一枚だけある。


「それはね、うちらの先輩がスクバンの中国大会で3位になって、初めて全国行ったときの入賞盾らしいんやけど…」


 それっきりスクバンの全国大会どころか、中国大会すら出ていないらしい。


「まぁ広島は似島にのしま高校もあるし、宇品うじな高校もあるし」


 私学が強いスクバンの世界にあって広島は数少ない公立の強豪校が集まる県で、己斐高校のように人数が少ないと不利ではある。


「でも今年から、県の代表が全国行けるようになったけぇ、ウチラも頑張ったら出られるか知らんのよね」


 千沙都の指摘はそのとおりで、出場校が増えたことの対応として、今年から47都道府県の各代表と、前年度優勝校の計48代表で、総当たりのリーグ戦を戦う方式に変わったので、可能性は広がった──と言ってもよかった。





 とはいえ。


 強豪校がいなくなった訳でもなく、3人でスクバンに出るかどうかという最大の課題も決まった訳ではない。


「うちらは人数も少ないし、他所みたいに作曲や作詞のできる子もおらんけぇ、関係ないんかなぁって」


 舞は言った。


 美鶴は何も言わずに聞いていたが、


「…じゃあさ、仮に私がドラム叩いたらスクバン出るの?」


「出るだけなら市内やし、エントリーはタダやし」


 ついでながら予選は毎年、加古町の文化学園ホールで行なわれている。


「まずは調べてみる?」


 部室のパソコンで美鶴が検索をかけてみると、すぐにスクバンの公式サイトがヒットした。


 そこにはエントリー要項が書かれてあり、バンドは1編成3人以上、各校1組のみのエントリーとされてある。


「こうやって見てると、結構ルールこまいんじゃねぇ」


 千沙都は感心するように言った。


「でも予選から全部作詞作曲せにゃ、いけんのじゃろ?」


 確かにすべてオリジナル曲で、しかも予選から決勝まで、すべて違う曲でなければならない。


「だからうちの前の高校なんか、わざわざ音楽コースの子に作曲お願いしてたみたいらしいし」


 余談ながら美鶴のいた菁莪せいが女学院高等部には音楽コースがあって、作曲を学んでいる生徒に頼んで作らせていた。


「…うちらなんかフツーの県立高校やもんね」


 千沙都と舞は顔を見合わせた。





 ハードルが高そうなことに気づいた千沙都は、


「別に今さら苦労なんぞせんでも、楽しく暮らせたらええのと違う? 部やなしに同好会なんやし」


 身も蓋もないことを言った。


 が。


「千沙っち…あんたも肝の小さな子やねぇ」


 鼻で笑ったのは舞である。


「やる前から諦めるなんて…いつからそんな俗物根性なったん?」


「そういう舞やんはスクバン出たいん?」


「てか、何か面白そうじゃろ?」


「私はドラムが叩けるなら、何だってよくて」


 美鶴は冷静な様子で、しかし内には熱のこもった言葉を発した。


「うーん…コレはやらにゃいけん空気じゃね」


 舞には敵わない──そんな顔で千沙都は、仕方のなさそうな表情を作って、最後は承諾したのであった。





 数日して美鶴が正式に加わって3人で活動することになったのであるが、バンド名もボーカルを誰にするかも決まっていない。


「ひとまずボーカルはカラオケで決めよ?」


 それで結論から先に記すと、ボーカルは千沙都に決まった。


「やっぱり弾き語りできるんは武器やもんね」


 舞に言わせるとそんなものらしいが、もっとも千沙都たちが悩んだのはバンド名である。


 似島高校には〈玲瓏〉、宇品高校には〈ネイビーガール〉という受け継がれているバンド名があり、しかし己斐高校は〈己斐高校軽音楽同好会〉という平凡な名前しかない。


「今さらヒネっても逆立ちしても鼻血も出よらんけぇ、スクールバンド同好会とかでえぇんと違う?」


 舞の思いつきは突飛だが、ときに絶妙な可笑しみを持ってあらわれる。


「何そのスクールアイドル同好会みたいな名前」


 美鶴は少し呆れ気味に言ったが、


「こげなもんは、少しダサいぐらいのほうが目立つけぇ」


 という舞の意見が最終的には通るかたちで、〈スクールバンド同好会〉というバンド名で取り敢えずエントリー登録だけは済ませた。


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