8 貫徹
スクバンの神奈川県予選は、翌年の記念大会を前に方式が変わった。
まず会場はすべて横浜アリーナに変わり、ブロック予選もすべて廃止となった代わりに、180校近いエントリー校すべてをパフォーマンスさせて、それを投票のみでランキングにして1位を選ぶ──という総当たり式に変わったのである。
「何か随分と乱暴な選び方よね」
可奈子に言わせるとそんなものらしいが、しかしそれはそれまでの強豪校といわれたスクールバンドには不利であったらしく、裏を返せばチャンスさえつかめば、茅商のようなキャリアの短いスクールバンドでも初出場も夢ではないことを指す。
「いちいち予選を勝ち上がらなくてもいいのは手間が省けるけど…でも1回しか、パフォーマンスのチャンスがないってことでもあるよね?」
奏海は重大なことに気づくと、かれんも恵美里も顔から血の気が引いていくのを、どうすることも出来なかった。
「つまり、チャンスは1回だけ…」
「なるほど…当たり前やけど敗者復活もないし、一発こっきりのガチンコ勝負ってことやね」
かれんは目の色が変わった。
「じゃあ日取りが決まったら、そこに合わせてコンディションととのえて一発ドカーンって行ったれってことか…よっしゃ、ほなやったろやないの」
ひと花咲かしたろやん──かれんには、少し勝負師っぽいところがあるらしい。
日取りは抽選で決まった。
「8月31日の15番目だから一番最後…」
奏海は茫然とした。
188校エントリーで7月25日から始まり、夏休みの8月31日が最終日である。
つまり、大トリに決まったこととなる。
「うちらが大トリかいな」
「それまでに順位固まってそうよね」
可奈子は冷静に言った。
「でも、つまりそれまでのトップより、1点でも上に来たら勝てるってことだよね?」
恵美里の読みは炯眼で、逆を言えば目標は立てやすい。
「あとはどこが高得点を出しやすいかか…」
果林先生いわく、神奈川には3強と呼ばれる高校がある。
横浜の
「このうち、3出制度で小網代高校は今年はエントリーなしだから…菁莪女学院と夢見ヶ崎高校のどちらかが恐らくトップに上がってくるはずで、それが目安になる」
奏海は思わず天を仰いだ。
取り敢えず出来ることは、まず夏休みまでにスキルを上げること、夏休みの課題を7月いっぱいで終わらせること、さらにはかれんと恵美里は資格試験を終わらせておくこと──この3点であった。
資格試験と夏休みの課題はメンバー全員で協力すれば何とか片付けることは不可能ではない。
残りのスキルアップが難題であったといえる。
「簡単にレベルアップなんて出来るものやないしね」
そこはまさにかれんの指摘どおりで、
「ま、果林先生と一緒に合宿して宿題と試験勉強は並行しよう」
夏休みに入ってすぐ、奏海の乗馬クラブの宿泊施設で合宿が始まると、まず夏休みの宿題だけは片付いた。
試験対策は、バンドの練習の合間に果林先生が見ることで解決した。
問題は演奏スキルの向上である。
「こればっかりはねぇ…楽にできるならみんなやっとるっちゅうねん」
かれんが思わずボヤいた。
ひたすら練習をして、弾いて弾いて弾きまくって、体に叩き込んでいくしかないのである。
8月31日。
やるだけのことをやったメンバーたちは、楽器を手に果林先生が借りてきたワゴン車に乗り込み横浜アリーナまで着くと、
「県立茅ヶ崎商業高校〈Mercurius〉」
とエントリー確認を済ませ会場入り。
時間だけはあったのでめいめい散って最後の練習をし、早めのランチのあとは少しだけ休憩し、午後の演奏に備えた。
この段階でのトップは、意外なことに夢見ヶ崎でも菁莪女学院でもなく真鶴農業高校の〈真鶴ファーマーズ〉で、
「真鶴は必死だよね…」
奏海は呟いた。
思えば去年も真鶴ファーマーズは県予選決勝まで出ており、実力が高いことはメンバーたちも分かっていた。
それだけに、
「とにかくここまで来たら、自分たちの精一杯の力を出し切ろう!」
円陣を組んで気合いを入れ、スタンバイを始めた。
ステージに上がると客席は関係者のみで、カメラが何台かある。
「話には聞いてたけど、コレでみんな崩れ去っていくらしいんだよね」
恵美里は星澤千砂都から情報を得ていた。
「それならカメラチェックみたいな感覚で行けばいいやん」
かれんには発想の転換があった。
「それでは県立茅ヶ崎商業高校〈Mercurius〉、始めます!」
曲は奏海と恵美里の詞にかれんが作曲した『虹』。
可奈子が刻む5拍子のリズムから始まる、少しだけ大人っぽいナンバーを選んだ。
演奏が終わると、結果は後日発表のため、そのまま帰宅となった。
発表日は9月30日。
それまでに奏海は就職活動が始まり、かれんと恵美里は情報処理の資格試験、可奈子は簿記のテストがあって、部室に来られない日すらあったのだが、
「今日はランキング発表があるよね」
上位10校までの11位以下が発表となった日にはかれんと恵美里が部室のパソコンでチェックし、ベスト10に入ったところまでは確認している。
そうして9月30日。
発表は午後3時。
授業が終わり、部室に集まった奏海、かれん、恵美里、可奈子の4人は、果林先生と一緒に結果が出るのを待った。
およそ20分ほどであったが、この時ほど長く感じたものもなかったらしく、落ち着かない恵美里に至っては何度もトイレに立つ有様である。
時が来た。
少し混雑していてサイトに繋がりづらく、結果は分からない。
「もうちょっと待ってみる?」
奏海が席を立とうとした刹那、恵美里のスマートフォンが鳴った。
「…もしもし?」
聞こえたのは星澤千砂都の声である。
「…おめでとう」
恵美里は一瞬思考が止まった。
「初出場だね」
「あ、サイト繋がったよ!」
かれんが操作するとそこには、わずか4点差で1位に茅ヶ崎商業高校の名前があった。
間があって理解したのか、それからはまるで蜂の巣でも突っついたかのような騒ぎっぷりで、本戦への切符を掴んだことが判明したのであった。
さて。
本戦での茅ヶ崎商業高校〈Mercurius〉の戦績であるが、それは戦果から記すと初戦敗退であった。
上位4校が進める1次予選の5位で、しかし差は奇しくも4点差であった。
敗戦が決まった帰路、会場であるカナケンこと県民ホールから関内駅までたどり着いたところで、メンバーは佐藤百合亜と出くわしたのであるが、
「…うっ、うっ…うわあぁーんっ…」
それまで人前で泣くことのほとんどなかったかれんが、佐藤百合亜に抱きつくなり顔を埋めて、派手派手しく号泣したのである。
「…よく頑張ったじゃん」
「あんなに…応援してもらったのに…」
佐藤百合亜はかれんが泣き止むまで頭を撫で、幼児をあやすようにしばらく佇んでいた。
これより以下、余談となる。
この翌年の第15回記念大会で茅ヶ崎商業〈Mercurius〉はベスト8という実に見事な成績を残すに至ったのであるが、それは奏海のあとを受けてリーダーとなった恵美里いわく、
──かれんちゃんとカナちゃんがいたから。
との由であったが、実際のところは奏海のあとにベーシストとなった春藤
ついでながらこのとき決勝進出の8校から選ばれたメンバー各1名ずつと、人気投票で選ばれた1人の計9人は、海外への演奏旅行をのちに行なった。
ちなみに茅ヶ崎商業から選ばれたのはギターボーカルのかれんで、投票から選ばれた可奈子とともに演奏に行き、このことがきっかけで音楽制作会社の目に留まってそれぞれプロへの道を進んでいる。
他方で奏海は卒業後は音楽の道には進まず、生家の乗馬クラブで働き、ほどなく結婚して子宝にすぐ恵まれた。
めでたい、という他ない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます