7 本分
注目のドラマー・児玉可奈子がスクールバンド研究部にやってくると、奏海の心配は的中した。
「まぁドラムひとりでバンドする訳じゃないから、協調性が大事ってのはなんとなく分かるんですけど…」
とは言うものの、奏海やかれんの音の質が気に入らないようなことをハッキリ言うのである。
「しゃーないやん、一人だけ世界レベルで段違いなんやし」
高校野球にメジャーリーガー来たようなもんやからねぇ──かれんの例え方が余りに的確過ぎたのか、奏海は腹を抱えて大笑いしてしまった。
とはいえ。
このままではバンドがまとまらないばかりか、定期戦すら間に合わない。
そうした中。
可奈子が一人でドラムの練習をしていると、
「あの…カナちゃん、ちょっといい?」
顔を出したのは恵美里である。
「恵美里先輩、どうしたんですか?」
「すごく初歩的な話なんだけど…カナちゃんってさ、どうしてうちの高校に来たの?」
「それは…かれん先輩とバンドやってみたくて」
「でもカナちゃんはもしかしたら、うちらなんかより茅工のほうが向いてるかも知れないって、見てて私なんかは思うわけ」
もっとハイレベルなところのほうが輝く気がする──恵美里は柔らかく、しかし意志のこもった言葉を述べた。
可奈子は一瞬、返答に詰まったが、
「──それはわかってる。レベチなのも知ってる」
「じゃあ、何で来たの?」
恵美里は素直な言い方をする。
それだけに表現は柔らかいが内容は厳しかったりもする。
「それは…」
「あのねカナちゃん…レベルとか音の質とか、そういうのってカナちゃんだったら、カナちゃんのほうが合わせることが出来るんじゃないかなって私なんかは思うんだよね」
別にレベルを下げろってことじゃなくて──恵美里は続けた。
「もっと違うアプローチがあったり、何か違うやり方があってもいいような気がするんだ」
「違うアプローチ?」
「うん。カナちゃんがかれんちゃんの歌声が好きなのは知ってるし、私はかれんちゃんの声にカナちゃんのドラムが合ってる気がするし、だから間違いではないって思うんだ」
「そうかな?」
「だから、互いに歩み寄るっていうか…距離を詰めてみるのも大切な気がするし」
でもそれは可奈子自身で探さなきゃならない──恵美里はマッタリとした物言いをした。
「ただ私はカナちゃんのドラム、カッコよくて好きだなぁ」
恵美里はそれを述べると去った。
翌日。
音合わせの練習が始まると、
「あのー…ちょっと新しいやり方を試したいんですけど」
可奈子はかれんに提案をしてみた。
「レベル高いのは時間かかるよ」
「いや、そうじゃなくて…ちょっと試したいやり方があって」
「それならやってみよう」
奏海が乗った。
恵美里は内心ハラハラしながら、かれんと可奈子の練習をチラチラ気にしながらキーボードを弾いていたが、違和感もなく進んでいくのを見て、
──これなら何とかなるかも。
少しはホッと安堵できたようであった。
休憩時間に恵美里は、可奈子のほうを向いた。
気づいた可奈子は、恵美里にだけ分かるようにウィンクをしてみせた。
定期戦ライブは茅工の講堂が会場となる。
リハーサルを兼ねた下見のためにメンバーたちが茅工の校舎に来て、玄関で手続きをしていると、佐藤百合亜が来た。
「この前は…ありがとうね」
「うぅん、こちらこそ」
佐藤百合亜は挨拶のあと、
「今年はMercuriusだけのライブになる」
衝撃的なことが佐藤百合亜の口から飛び出したのである。
「そんな…」
奏海のさみしげな反応に、
「うちのバンド、こないだ対外活動停止の処分になっちゃって」
メンバーで飲酒喫煙をしたのが出て、1年間の対外活動の停止が言い渡されたのである。
「だから今年はあなた達だけのライブになる」
校舎の案内をしながら、佐藤百合亜がぽつぽつと語り始めたのは、優勝メンバーであった姉の佐藤
「私とお姉ちゃんって歳が少し離れてて、ずっと憧れてたし、私もお姉ちゃんみたいにスクバン出て優勝したかった」
しかし3年生の佐藤百合亜に、もうチャンスはない。
「だから…あなた達に今年は託すことにしたの。無様な負け方したら、承知しないからね」
精一杯の強がりにも見えたのか、言ってすぐそっぽを向いた背中が奏海には寂しく映った。
控室に充てられた音楽室で準備をしていると、
「失礼します」
あらわれたのは生徒会の腕章を巻いた女子生徒である。
その手にはなぜか千羽鶴があった。
「茅ヶ崎工業高校生徒会・
實平暁子は手にあった千羽鶴を奏海に渡した。
「これはteam tecnicaのみなさんからの千羽鶴です」
千羽鶴には短冊があった。
「必勝 team tecnicaより」
と書かれ、それはどうやらスクバンの必勝祈願の思いが託されてあるように奏海は感じた。
「…託されちゃったよ」
奏海はかれんを見遣った。
「まぁ、託されたからにはやるしかないわな」
かれんは苦笑いを浮かべながら、しかしやる気に満ち溢れた目をしていた。
ライブは結果からいうと、かなりの大盛況であった。
もともとMercuriusしかなかったのもあるにはあったのであるが、それにしてもかれんがメガネを外し、カサブランカの髪飾りをつけた姿であらわれると、
「かれんちゃーん!!」
それまでになかった、黄色い歓声が飛んできた。
「それでは聴いてください、『君の街へ』」
アップテンポのラブナンバーから始まるとライブはあっという間にボルテージが上がり、何曲か歌ってMCの時間になると、
「みんなライブ楽しんでますかー?」
「おぉーっ!」
反応を楽しんだかれんは後半戦にはバラードをメインにしたしっとり聴かせるセットリストで、最後は『Flag』というアップナンバーで締めて、ライブははねた。
帰り際に玄関で佐藤百合亜に再び遭遇すると、
「…千羽鶴、ありがとう」
「うん」
佐藤百合亜はそのまま、照れくさかったのか何も言わずに立ち去った。
「…きっとシャイなんだと思う、佐藤さん」
「そう?」
可奈子は訝ったが、
「カナちゃんにも分かる日が来るよ」
奏海はメンバーを促すと、西日の眩しい校門を出た。
定期戦が終わって程なくスクバンのエントリーが始まり、無事にエントリーフォームに書き込んで申し込みを済ませると、
「今年はどうなるか分からないけど、行けるところまで行けたらいいな」
奏海は画面に向いたまま言った。
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