2 評価
スクールバンド研究部が出来ていちばん最初のお披露目は、5月に迫った茅工との定期戦である。
「あれってスポーツだけじゃないの?」
奏海は不思議がったが、囲碁部や吹奏楽部など文化系部活動も対戦がある。
エキシビションマッチのようなもので明確な勝敗はつかないのであるが、新たにスクールバンド研究部が出来たことで、対バンライブの提案が生徒会から出たのである。
「何とかなりませんか?」
そう懇願してきたのは生徒会長の
「でもそれでいくと、team tecnicaと対バンしなきゃならないってことよね?」
まだ結成されて1ヶ月そこそこで実力派のスクールバンドと対バンなどという話に奏海は後込みしたが、
「私たちの今の実力を知るにはいいチャンスやん」
かれんが前向きなことを述べた。
「そうしたら話は早い、早速決まりだね」
部長である瑶子が独断で決めてしまったのであった。
これには奏海も、
「そんな勝手なことをされても…」
渋い顔をしたのであるが、
「じゃあ奏海は、負けっぱなしでもいいって訳?」
瑶子の反駁に奏海は反論した。
「負けっぱなしでもいい訳じゃないけど…でも私たちまだ結成したばっかりだよね?」
そうであろう。
オリジナル曲どころか、練習すら始めたばかりではないか。
「…確かに早い気はするけど、でも経験を積まなきゃ分からないことだってある訳だし」
果林先生は言った。
3人で練習が始まると、ギターボーカルのかれんは手書きの譜面をコピーしてきたものを渡した。
「オリジナルを作ってきた」
というのである。
冒頭に『セピア色になる前に』というタイトルがつけられ、弾いてみるとミディアムナンバーの曲である。
「これ、いい曲じゃん」
瑶子は気に入ったようで、
「これ早速練習して、定期戦で披露しようよ」
「スクバンのルールは大丈夫?」
奏海が調べてみると「オリジナル曲」とはあるが未発表でなくても良いらしく、
「ほなえぇんとちゃう?」
かれんのフットワークの軽さはこうしたところで活きてくるのであるが、それが幸いをもたらすかと問われると、いささか難があろうかと思しきところもある。
が。
それはともかく。
この場にあっては1曲でも完奏しきれる曲を増やしてゆくのが先決でオリジナルかコピーかは問われてすらいない。
ただし。
相手がスクバンの優勝経験校である──そこだけは留意しなければならなかった。
定期戦の当日。
ちなみに定期戦は毎年交代で各校の講堂がライブ会場となり、この年は茅商の講堂が開催場所となる。
いわばホームデビューの形となったMercuriusであるが、
「観客はアウェーだよね…」
ステージ袖から覗き見た奏海が思わず囁いた。
ブレザー姿の茅商ではなく、セーラー服と詰襟の茅工の制服ばかりがやたらに目立っているのである。
「大丈夫かなぁ」
「なんとかなるって」
瑶子に前向きに励まされたものの、奏海は一抹の不安を懐いたまま控室に戻った。
先に茅工のteam tecnicaから演奏が始まると、Mercuriusのいる控室まで大歓声が聞こえてくるので、かれんも一瞬怯みかけたらしかったが、
「ここでめげとったら、女がすたるがな」
わざと強気なことを言い、自らを奮い立たせているようであった。
かなり盛り上がったようで、予定の時間を1時間近くオーバーして茅工のライブがハネたあと、昼休みを挟んで午後からのライブと時間が変わったことが果林先生から知らされ、
「気持ちを切らしたらダメだからね」
果林先生はプレッシャーにならないよう、優しく述べた。
結果から先に記すと、エキシビションマッチとはいえMercuriusは大惨敗であった。
幕が開いた途端見えたのは、スカスカの観客席に何人かの茅商の生徒がチラホラと、茅工のセーラー服を着た数人程度の姿で、それもライブが始まると途中で退席する生徒すらあった。
最後まで見たのは生徒会長の張澤穂乃香と茅商のブレザーを着た、眼帯をつけた女子生徒が一人だけであった。
曲数の少なさは仕方がないにしても、圧倒的に違ったのは技術も曲の世界観もさることながら、何よりオーディエンスを惹きつける力も、あらゆる面において何もかもが足りない──ということである。
「まぁ、持ち歌が少ないのはこれから増やしていくしかないとしても…ね」
果林先生は言葉少なに述べた。
この段階では3曲であったが、結成1ヶ月で3曲は上出来であったろう。
奏海とかれん、瑶子の3人は、果林先生が録画してくれていたライブの動画を何度も止めたり進めたり、また戻したりしながら、
「ここは何かやりようがあるよね」
「この転換は変えなアカンのちゃうかなぁ」
などと、譜面にメモを取りながら話し合ったのであるが、
「…こういう作業を繰り返して、おそらく茅工もそうだけど他のバンドも強くなったんだろうね」
奏海はボソッとつぶやいた。
果林先生は茅工のteam tecnicaの演奏も撮ってあった。
見るとパフォーマンスの差は歴然で、team tecnicaは譜面すら見ないで弾いているし、アレンジも自分たちでしているようである。
「ハイレベルなライバルだよね…」
瑶子に言わせるとそういうことらしいが、
「…でも、何か一個ぐらい勝つ手はあるんやない?」
かれんは闘争心に点火されたようで、明らかに強い目をしていた。
「簡単やないよね」
「まずは7月の予選に向けて詰めていかないとね」
神奈川県予選は188校も参加するため、総当たりの予選が4次まである。
そこからさらに準々決勝、準決勝、決勝とあるから、少なくとも7曲は揃えなければならず、あと4曲は作って演奏を仕上げ、さらに技術のレベルも上げなければならない。
「曲はうちが書くしかないよね」
かれんは弾き語りで場数を踏んでいるぶん、そこの心配はあまりしていなかったが、
「課題は練習場所よね…」
茅商には定時制があるので、あまり遅くまで大きな音は出せない。
これには果林先生も悩ましかったらしい。
が。
そこは一つだけ光明があった。
「最上階の視聴覚準備室は?」
最上階にある視聴覚室の隣に、普段使わない椅子や機材などがしまってある視聴覚準備室なるところがある。
スクールバンド研究部に来る前は視聴覚委員であった奏海が、それを思い出したのである。
「おまけに向かいは音楽室だし」
定時制に音楽の授業はないので、最上階は全日制と吹奏楽部しか使わないのも決め手ではある。
果林先生が訊いてみると、部活動に使うぶんには差し支えないとの由であったので、土日の休みを使ってコードやらプロジェクターなどの機材を視聴覚室に造り付けた棚へ移動し、ドラムセットとアンプをセットし、どうにか場所は確保できたのであった。
このときに意外な才覚を発揮したのはかれんで、
「ここに棚をつければいいかなって」
などと、家からインパクトドライバーやらメジャーやら持って来て手際よく棚をつけてしまったのである。
ついでながらこのときの棚は、
──かれん棚。
といつしか呼ばれるようになり、現時点でもプロジェクター用の棚として使われてある──とのことである。
さて。
そのようにして練習場所もできて本格的に活動が始まって程なく、無事にMercuriusはスクバンへのエントリーの手続きを済ませた。
予選は6月末から始まり、11月の本大会まで長い戦いの始まりとなるのであるが、何しろ地区予選が過酷である。
どのブロックに入るかで決まるところもある。
瑶子が抽選会で引いたのは、第3ブロックの予選Bグループ第2であった。
予選はすべて1位のみが上位に進み、決勝まで1位通過しなければならないが、
茅ヶ崎商業高校〈Mercurius〉
愛甲高校〈ラブ・ステップ〉
茅ヶ崎工業高校〈team tecnica〉
という組み合わせが決まると、果林先生は愕然とした。
「また茅工と当たるって…」
5月の定期戦で負けたばかりではないか。
しかし。
「必ず勝つ方法があるはずやって、うちは思う」
かれんはボーカルとして胸中、何やら期するところがあったらしく、
「3人なら3人に出来る何かがあるはずやで」
決死の顔でノートパソコンに何やら打ち込む姿を、奏海は眺めていた。
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