2 正論
翌週、関伽倻子が連れてきたのは麗のクラスにいる
一穂は驚いたどころではない。
「知ってるんだ?」
「知ってるも何も中学の同級生やで」
傳教館に進んでいたことすら気づかなかった──一穂は我が身の間抜けぶりをこれほど恥じたこともなかった。
それはいい。
「てかなんで望月のこと知ってるんや?」
「だって…いとこだし」
これは意外である。
「でね、軽音楽部の話を聞いたら、高梨くんが参加するなら参加したいって」
「…どゆこと?!」
「歌、上手いらしいじゃん」
中学の卒業式のあとの餞別会で歌ったよね──伽倻子には理詰めなところがあるらしい。
思わず一穂は黙ったままの望月綾乃を見た。
「…いらんこと言うなやー」
そう言いながら、責めたり怒ったりするような口ぶりではなく、苦笑いを浮かべて一穂は、
「…ったく、しゃあないやっちゃで」
この女子に怒らない優しいところも、一穂のもらい事故の一因であったかも知れない。
ともあれ。
このようにして5人揃ったのであるが、問題は創部の目的である。
「私にプランがあるの」
乗りかかった船になると伽倻子は肚が据わるものらしく、
「3か年計画」
というものを披瀝した。
創部から3年でスクバンの決勝進出を目指す──という、何とも途方もないものではあるのだが、伽倻子いわく「そのぐらいは目指さないと創部なんて出来はしない」と言うのである。
「なるほどねぇ」
一穂にはそれしか返しようがなかった。
日曜日に学校から一番近かった茉莉江の家に集まった一穂、伽倻子、麗、綾乃は、ここで伽倻子の3か年計画を聞いたが、麗がさすがに展開の速さに少し怖気づいたのか、
「ね…さすがにスクバンは、目指すの早いんじゃないかなぁ」
慎重論を明らかにした。
「あくまで目標だよ。実際に経験値の少ないバンドが決勝戦まで残るのは0.008%だし、宝くじに当たる確率や総理大臣になる確率より低い訳だし」
伽倻子はどこで見つけたのか数字を出した。
麗も数字を出されると反駁は難しかったらしく、
「うーん」
不承ぎみながらも最後は納得した。
「で、部長は…まぁこれでいうたら関さんかなぁ」
「あ、そこは高梨くんでいいと思う」
伽倻子はニベもない。
これは綾乃の意見であったらしく、
「高梨くん、意外とリーダー向きやから」
綾乃によると中学の修学旅行の際に同じグループであったのだが、東京で道に迷ったときに冷静に地図を見て、すぐに軌道を修正することができた──という話をしたあと、
「いつも高梨くんは他と違うところばかり見てるけど、でもみんなが迷ったときには、一番最初にゴールを見つけてくれる」
リーダーってそういうもんやないかなって──綾乃には、鋭い観察眼があるようである。
バンド名もその日たまたま飛んでいた飛行船からAIRSHIPと見つけた茉莉江が名付け、書類も整えて提出となり、
「書式に問題はないので承認です」
と、あっさり認可も降りた。
顧問も学生時代にスクールバンドをやっていた英語のハラショー先生こと原
が。
──わが校に軽佻浮薄の軽音楽部はふさわしくない。
と、噂を聞きつけたらしき卒業生の一部から、異見が出された…というのである。
一穂は「まぁ予測はできたけど、うちの高校は古いから」と、どうせ先輩に潰されるんだろうな──というような顔をしたのであるが、伽倻子は違った。
「とにかくその先輩を呼んできてください」
ハラショー先生に強硬に言い放ったのである。
仕方なくハラショー先生が、その先輩を学校へ呼ぶと伽倻子は、
「高校には校則というルールがあります。そのルールには部活動について細かい規定はありません。それを部外者である卒業生が異議を差し挟むだけでなく、私見を以て口を挟むのは問題のある行為だと思います」
と、誰も言い返せないような正論で論破してしまったのである。
この一事は小さな町では話題となり、
──関伽倻子には手を出すな。
という話題があちこち駆け巡ったほどであった。
「そんなこと言うて大丈夫なん?」
一穂の心配をよそに、
「ダメなら圧力か何かで、私がいなくなるだけの話でしょ」
伽倻子は平然としていた。
一穂は伽倻子がなぜそんな強攻な物言いをしたのか分からなかったが、
「私は筋の通らない話が嫌いなだけ」
という伽倻子の思いは分からなくもなかったので、
「まぁ関さんがそれでいいのなら」
と、反論もしなかった。
そのような出だしから難儀した軽音楽部ではあったが、スクバンのエントリーをこの年にはしなかった。
「技術が未熟なときにエントリーしても、敗けるのが分かり切っているから、そんな無駄なことはしない」
というのが伽倻子の意見である。
幸い──というべきかどうかはわからないが──麗も茉莉江も綾乃もどちらかといえば大人しく、楽しく練習をしたいという向きがあったので、伽倻子とは意思を異にするところもなくはなかったのであるが、
「高梨くん、大変だよね…いつも私たちの楯になってくれてるから」
一穂に淡い好意を寄せているからなのか、茉莉江は常に一穂を気遣ってくれていた。
結論から先に記すとこの年エントリーしなかったのは果たして慧眼で、2学期の末頃になって、一穂が遅い変声期にかかって声が出なくなってしまい、
「ボーカル探さなきゃね」
綾乃が言った際には、
「歌わないスクールバンドってあるのかな?」
麗が調べてみると、ルールに必ず歌わなければならないという項目もなかったので、
「それならインストゥルメンタルバンドって手もあるよね?」
伽倻子が突拍子もないことを言い出したので、
「ちょっと付いて行きづらいかなぁ」
たまらず麗が本音をもらした。
この出来事で伽倻子は一時、部室にも来なくなったのであるが、それを翻意させたのは茉莉江であった。
一穂に頼んで茉莉江は伽倻子の家へ行くと、伽倻子は庭で一人で、アコースティックギターを弾いていた。
それを見つけた茉莉江は、
「伽倻子ちゃん…あのね」
「…戻らないよ。だって私がいたらバンドがバラバラになるし、スクバンに出られないかも知れないんだよ?」
「だったら…スクバンなんか、出なくたって良いやん」
「茉莉江ちゃん…」
「伽倻子ちゃんが内心どう思ってるのかは私には分からないけど、でも音楽をしたいのは私も、伽倻子ちゃんも、麗ちゃんや綾乃ちゃんも同じやとうちは思う」
目指すゴールが同じなら、一緒にいたほうが心強いと思う──最終的に茉莉江の一言で伽倻子は戻ってきたのであるが、
「中々難題やなぁ」
この頃すでにマネージャーとなっていた一穂は、
「新入生が来たら、ボーカルを探すってのはどうか?」
そこは已むを得なかったとはいえ、変声でボーカルを外れた一穂には負い目があったのであろう。
「うーん…」
あまり麗はいい顔をしなかったが、
「それで何とかなるなら、賭けてみるってのはあるのかなぁ」
綾乃の言葉で、検討することになったのである。
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