3 即興

 聖良が部室に出入りするようになると、軽音楽部は賑やかになり始めた。


「聖良ちゃん、たまにおもろいこと言うてきよるから」


 花に言わせると天然ボケなところがあるらしく、


「こないだまで天津飯てんしんはんのこと天津飯あまつめしやと思っとった」


 島にあるコンビニで「アマツメシありますか?」と訊いたことで聖良の天然ぶりが明らかになったらしい。


「アマツメシって…ちょっと」


 萌香がたまらず吹き出して笑ってしまった。





 他方で。


 2学期が始まって日向子は食堂で菜々を見つけると、わざわざ菜々の隣に座り、菜々とともに弁当を囲むようになった。


「なんかさ…友達が出来るのと出来ないのとでは、人生ってこんなにも変わるものなんやね」


 日向子はくすくす笑い始めた。


「…菜々ちゃんは放課後は軽音楽部なんだよね?」


「うん。いるだけなら誰も何も言わないから、部室で宿題でもしてたらいいやん」


 部員でない聖良ちゃんもおるし──この時期には聖良が部室で宿題を片付けている姿を、頻繁に目にするようになっていた。


「うん」


「何ならうちが萌香ちゃんに話しとく?」


「そこまではいいって」


「ほんならえぇけど…うーん」


 菜々は何か気になるようであった。





 結局、菜々は日向子のことを萌香にも誰にも話せないまま数日過ぎた。


 が、


「最近よく日向子さんとランチしてるけど仲いいんだ?」


 癖のない言い方で花が言うと、


「隠すつもりじゃなかったんだけど、何かちょっと気になっちゃってさ」


「…いいと思うよ、仲良くなるのは悪いことじゃないし」


「えっ…」


「私も気になってはいたんやけど、ほら…小学校のときみたいに簡単に仲良くなれないもんやからさ」


 そうやって大人になってゆくのかな──花は息をついてから、


「日向子ちゃんを誘ってみるってのはどう?」


「…えっ?!」


「菜々ちゃんがいるなら、ハードルも低くなるかも知れないしさ」


 花は屈託のないところがある。





 翌日。


 食堂で日向子と菜々が弁当を使っていると花があらわれ、


「あ、菜々ちゃん…一緒にお弁当していい?」


「…あの」


 菜々が返答に窮していると、


「一緒に食べよ」


 日向子が笑顔で応じた。


「みんなで食べたほうが美味しいに決まってるやん」


 以前ほどの何か、わだかまりのようなものはだいぶ薄らいでいたらしい。


「日向子ちゃんはバンドは苦手みたいやもんね…」


 と花は前に、日向子が言っていたことを思い出した。


「確かに団体行動苦手やし、自分で自分がワガママなのは自覚してるし…でも、どっかで自分を変えなあかんのも、分かっとんのよね…」


 日向子は菜々の方を向いて言った。





 すると。


 何かひらめいたような顔をしてから、


「…なら、みんなでスクバンに出てみない?」


 菜々は言った。


「うちの近所に、むかし宇和島商業でスクバン出たってお姉ちゃんがいて」


 宇和島商業。


 通称を宇和商うわしょうと地元で呼ぶ県立の高校で、第3回大会の全国大会の優勝校でもある。


「で、うちは小学生やったからあんまり記憶ないけど、確かメダルを首にかけさせてもらったことがあって」


 それから毎年、雑誌やネットなどでチェックを入れているのだというのである。


「どうせ何かを変えるなら、思い切ったことして派手に変えなきゃダメなんやないかなって思う」


 しかし──である。


「今年のエントリーは終わってしまってるし、狙うなら来年ってなるけど…」


 どう?──というような顔を菜々はした。





 3人だけではとても決められないような話なので、放課後に部室へ日向子を連れてやって来ると、


「…スクバン?!」


 思わず萌香が声を裏返した。


「思い切ったこと思いついたねぇ…」


 聖良も仰天したようで、しかし冷静になったのか、


「でもさ、まぁ宇和商は確か軽音楽部が休部してるっていうからいいとして、問題は松山外語を倒さなきゃ全国行けないってことよね?」


 と、厳然たる事実を述べた。


 が。


 このことが却って日向子の闘志に火を点けたようで、


「…私、スクバン出る。全国出て、最後はてっぺん取りたい」


 それまでの大人しく静かなたたずまいとは裏腹な、強靱な意志を目にこもらせている。


「いや…ヒナちゃん、簡単に言うけどそんな生易しくなんかないよ」


 萌香が述べた。


「…そんなことは分かってる。でも、何もしないで終わるのだけは絶対にイヤなんや」


 何かあったのかも知れないが、日向子の熱情を悟ると聖良が、


「じゃあさ、みんなでハマスタの決勝めざしてみよっか」


 ことさら明るく述べた。






 聖良と日向子が正式に軽音楽部に加わって5人になって間もない10月、聖良の住む寄宿舎に新しい留学生がやって来た。


「今日からこちらに住むことになった、イギリスからの留学生のキャサリン・クーパーさんです」


 寮監の紹介で右手を挙げて会釈したのは、ブロンドヘアにグレーの瞳のスラリとした女子である。


「ワタシ、イギリスから来ましたキャサリンです。ケイトと呼んでくれると喜ぶです」


 カタコトではあるが、日本語も話せるらしい。


 なぜイギリス人留学生が宇和島に来たかは古い理由があって、幕末期に宇和島藩ではイギリス公使を宇和島まで招き歓待し、交流を持ったことがあって、それ以来、戦争による中断をはさみながらも、草の根の交流が続いてきた──という流れがある。


 しかも。


 あとで分かった話ながら、クーパー家はバーミンガムにほど近いエリアに城を持つ、貴族階級の家柄であるらしい。


「貴族ってマジいるんだ…」


 そんなものはコミックぐらいでしか知らなかった聖良は、ケイトの特技がバイオリンであることにさらに驚いた。





 いきなり何の前触れもなく寮監に、


「そう言えば南さんはトランペット吹けたっけ?」


 と指名された聖良は、部屋から急いでトランペットを携えてくると、簡単なメロディーを軽く吹き始めた。


「ワォ!」


 ケイトはキャリーバッグの隣においてあったケースからバイオリンを取り出すと、合わせるようにメロディーを弾き始めた。


 即興のセッションを楽しんだケイトは演奏が終わると、


「あなたの名前はなんですか?」


 問われるまま聖良はみずから名乗ると、


「セイラ、あなたトランペット素晴らしいです」


 どうも対して嫌う理由もなく、ケイトは聖良を気に入ったようであった。



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