第27話 ウェアウルフ

「……で、人狼どこいるんだ?」

 訓練場を抜け、街道を歩き出してから、ダンは肝心なことをサミュエルに尋ねた。

「王都方面の道沿い……この町から見たら、東側の道の森の中だ」

「全然気付かなかったな……」

 王都方面からの道なら、ダンは都合三回ほど通っているはずである。

「騎士の怠慢とやらがどのくらいか丹念に来る前に調査したからな。しっかしまあ、エミリアが副隊長をやっていたというのに、ずいぶんと酷い有様じゃないか。森の中なんて入れたもんじゃない」

 サミュエルは顔をしかめた。

「……だからこそ、盗賊団がのさばれたんだろうが……もしかしたら順番は逆かもしれない」

 ダンはうなずいた。

「盗賊団が来るから魔物退治をサボって森に人を近付けないようにした……そうだとしたら怠慢のレベルを超えてるな。悪質すぎる」

「ああ……それが南部暴動と関わりがあるとしたら……政治犯ということにもなってくる」

「家出してみるもんだなあ」

 ダンは頭をかいた。

「……いや、エミリアがいれば遅かれ早かれ事は露見してただろうけど……エミリアがその政治犯じゃない限り」

「ダニエル……じゃない、今はダンか。ダンはどう思う? エミリアのこと」

「……微妙」

 西の国境戦でいっしょに地獄を見た身だ。信じてやりたい気持ちもあるが、エミリアは何しろ考えていることが読めない。

 表情が豊かなくせに表情に乏しいアリア以上に考えていることがわからない。

 何より、地獄を見た人間が、地獄を再生産しないとは限らないのだ。

 事実、あそこで地獄を見た人間の中から内乱を画策したものもいた。

 そういう人間を騎士団長として潰してきた身だ。誰が政治犯だろうと驚かない。

 たとえ戦友だろうと、だ。

「とりあえず、今はウェアウルフに集中か」

 ダンは気を引き締めた。


 ウェアウルフは人型獣頭の全身毛皮の魔物である。

 群れを作って生活している。

 人語はある程度、理解できるようだが、言葉を発することはない。しかし人狼同士はうなり声で意思疎通が可能。

 魔法を使える個体もいて、魔犬よりも知能指数は高い。

 主に夜行性の生き物だが、うっそうとした森の中であれば、昼間でも行動可能。

 耳が良く、鼻も利くので奇襲をしても待ち伏せされる可能性がすこぶる高い。


「まあ、大勢でぞろぞろ行ったらさすがに警戒されるけど、人間二人ならまだあっちも油断してくれるだろう……ってことだよな?」

「そうなるな」

 サミュエルが頷きながら、腰の剣に手を当てた。

 ダンも剣に手を置いた。

 すでに二人は森の中、道から少し離れたところにいた。

 ダンもすぐに足跡という痕跡を見つけた。

 獣の大きな足跡。しかし二足歩行をしているのが足跡からも読み取れる。

「じゃあまあ、お互い頑張ろうか、サミュエル」

「ああ」

 そう言い交わした次の瞬間、そのウェアウルフは突如として木々の間から襲ってきた。人ではありえない高さへ跳躍すると、爪をサミュエルへ振り下ろす。

「よっ……!」

 サミュエルは剣を引き抜き爪を受ける。

 剣と爪のぶつかり合う音が森に響いた。

 これでこのウェアウルフが単独行動だったとしても、今の音でウェアウルフの群れに人間がやって来たことはバレただろう。

「お前は先に巣穴に向かえ、ダン! 全滅させる必要はない! 森の奥へと追い立ててくれ!」

「はいはい! どうぞご無事でサミュエル監査官!」

 そう声をかけるとダンは森の奥へ、足跡を頼りに駆け出した。


 しばらく走れば巣穴があった。

 森の中の高低差、その窪みを利用した自然の巣穴。

 小さいウェアウルフたちがそこに身を潜め、その前にはメスのウェアウルフ三体が獰猛に牙を剥いていた。

「母親と姉、そして生まれて二、三年の子どもたちってところか……悪いが追い払わせてもらうぞ。死ぬ前に逃げてもらいたいんだがな……」

 動物だろうと魔物だろうと、もちろん人間だろうと、命を奪うのはしのびない。

 だが、襲われれば、戦わなければいけないのなら、殺す覚悟で立ち向かう。

 魔犬を倒したときのように。

 ウェアウルフ同士が唸り声で何やら囁き合う。

 ダンは一番体格のいいウェアウルフ――おそらく母親に切りかかった。

 母親はひらりとそれを避けた。

 脇を固める姉が遠吠えを放った。瞬間、ダンは熱を感じる。

「水の精よ、我に力を!」

 振り向きもせずにダンは水魔法を唱えた。

 熱は水に相殺された。勘通りに火魔法だった。

 魔法が使えるウェアウルフがいるとなると少々厄介である。

 そちらに向き直る。

「じゃあ、まずはお前から退治するって事でっ……!」

 ダンは大地を蹴って、魔法を放ったウェアウルフに剣を振りかざした。

 今度は魔法を打ってこない。どうやら魔法を打つのにはある程度のタメがいるらしい。

 それは敵対者側としては好都合である。

「りゃあっ!」

 防御の姿勢を取る両腕を剣でなぎ払う。

 毛むくじゃらで狂暴な爪の生えた手が宙を舞う。

「グウウウウウウ!」

 悲鳴に似た鳴き声がウェアウルフから発せられる。

「すぐ楽にしてやる!」

 ダンの剣がウェアウルフの首を刎ねた。


 首が飛ぶ、胴体が血飛沫を上げる。

 さて、続いて残りの二匹、と振り向いたときには、二匹も子供たちもいなかった。

「…………逃がした、か」

 自分の命を盾にして。

 剣にこびりついたウェアウルフの血を拭い去って、ダンは足跡を探す。

「ダン!」

 サミュエルが追いついた。

「おお、サミュエル。二匹成体を、数匹幼体を逃がした。どうする?」

「念のため追い込んでおこう。生息域を森の奥にしてくれれば人間としては問題ない」

「そうだな」


 二匹のウェアウルフの足跡を見つけ、ふたりは走り出した。

「……なんかなあ」

「どうした、ダン」

「華々しい武功がほしかったわけじゃないが……かといってこういうなんか胸が詰まる活躍がしたかったわけでもないんだがなあ……」

「……人生なんてそんなもんだ。同情したら、食われるぞ」

「わかってる」

 わかっていても、身を張って家族を逃したウェアウルフの感覚は、こびりついて離れてくれそうになかった。

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