第26話 サミュエル監査官

 ダンがなんとか組み手はフレッド相手に手加減をしながら乗り越えて、昼になった。


「なんか王都から偉そうな騎士が来てたぜ」

 買い出しから帰ってきた訓練生のひとり、クリスがそう雑談を振るのに、ローザが肩をビクリと震わせた。

「なななな何をしに来たのかしら!?」

 ひっくり返った声でローザが真っ先にその話題に食いついた。

「なんかウィーヴァー隊の素行調査みたいだな。町の人たちもホッとしてたよ。これでようやく騎士団がまともな仕事してくれるって」

「あ……ああ! なるほど……そ、そうですわね! ちゃんと調査してほしいものですわね!」

 ジョセフが隣で苦笑いをしている。

 思えばローザはダンがローザの護衛を兼ねていることも、王がローザの行方を知っていることも知らないのだった。

 自分が連れ戻されるとでも思ったのだろう。

「しかし背が高くて屈強な男だったな、フレッドくらいデカいんじゃないか」

 もう一人、買い出しに行っていた訓練生がそう言ったのに、フレッドは目を光らせた。

「へえ……」

「おいおい、フレッド、喧嘩売るなよ?」

 ダンが茶々を入れると、一様に複雑な視線が向けられた。

「お前が言うか」

「ダン……人が自分と同じレベルだと思うことはあまりよろしくありませんわ」

 フレッドとローザが立て続けにそう言う。

「はい……」

 喧嘩を売った覚えは今のところないが、ダンはおとなしくうなずいた。


 昼食後、剣術の訓練に外へ出ると、ハロルド教官が背の高い男と話をしていた。

 誰だろうと、ざわめく訓練生の中から、クリスが声を上げる。

「あ、あれ、あの人だよ、王都から来た騎士」

 サミュエルか、とダンは目をこらす。

 そこにはよく見知った顔があった。

 背が高い筋骨隆々の男だった。

 フレッドがじっとサミュエルを見つめている。

 身長はフレッドと同じくらいだが、体格はフレッドより一回りデカい。

「……ああ、来たか、お前ら」

 ハロルド教官は難しい顔をして、ダンたちを迎え入れた。

「こちら王都から来られた騎士団監査官のサミュエル殿だ」

 サミュエルは訓練生たちに対して、丁寧な敬礼をした。

 訓練生たちはおろおろとぎこちない敬礼を返す。

 ローザはコソコソとジョセフの後ろに隠れた。

 王都から来たと聞いては、自分の正体がバレる心配をしているようだが、それはとっくにバレている。

「……ダン、サミュエル殿がお前を必要とされているんだが……」

「あ、はい、いいですよ」

 ダンはあっさりうなずいた。

 サミュエルが必要としているというのはまあ、建前だろう。

 直接、情報交換はしておきたい。

 エミリアを通じてだと雑音が混じりそうだった。

「ありがとう、ダンくん」

 サミュエルが生真面目な顔で頭を下げてくる。

 サミュエルには悪いが、ダンは笑いをこらえるのに必死だった。

「では、ダン、これを預けよう」

 そう言ってハロルド教官が取り出してきたのは例のウィーヴァーの剣だった。

「今日から真剣の訓練だったのだ。お前に預ける。戻ってきたらちゃんと返せ」

「はい」

 真剣の訓練、と言う言葉に訓練生たちが色めき立つ。

 期待に胸躍らせるものもいれば、不安に顔が翳るものもいる、様々な反応があった。

「それでは、ダン訓練生をお借りします、ハロルド教官」

「うむ」

 ダンは歩き出すサミュエルの後に続いた。

「では、訓練用の棒を等間隔に立てるところからだ! 今日は木の棒を剣で切る練習から始める!」

 ハロルド教官の指導を背中に聞きながら、ダンは訓練場に背を向けた。


「…………」

「…………」

「……いたな、ローザ姫」

 サミュエルはめざとくローザを見つけていたらしい。

 ポツリとそう言った。

「うん、いただろ、ローザ姫」

「俺はてっきり、お前がそんな嘘までついて現場に戻りたいのかと」

「いやいや、さすがに姫様が行方不明だったら、俺だって騎士団長に戻るさ。この国で四番目に尊いお方だぞ」

 ちなみに一番目は国王、二番目はローザの兄である王子、三番目は二人の母である王妃である。

「ふん……どうだかなあ」

 サミュエルは苦笑いで鼻を鳴らした。

 サミュエルとダニエルは、サミュエルの方が年上でダニエルの方が先輩というややこしい関係をしている。西部国境戦のときは、違う部隊だったが、管轄が近く、共同戦線を張ることも多かった。

 そういうわけで上下関係はなあなあになっている。

 お互いに気の置けない仲というやつである。

「アリアにあんまり迷惑かけるんじゃないぞ」

「それはエミリアにも言われた」

「そりゃ俺たちの中じゃ貧乏くじって呼ばれてるからな、アリアの立ち位置は」

「うう……ぐうの音も出ねえ……」

 西部国境戦の戦友たちの中で、今ダニエル騎士団長に一番近いのはアリア副官である。

 ダニエルのこの性格だ、アリアが貧乏くじ呼ばわりされるのも仕方ないだろう。

 もっともその貧乏くじを難なくこなしてしまえるのが、アリアがダニエルの副官たる所以ゆえんなのだが。

「で、俺は何を喋ればいい? ウィーヴァー隊の腐敗? 盗賊団と退治した所感? それとも……」

「何言ってるんだ、お前はこれからウェアウルフ退治に行くんだ」

「へ?」

「いるんだよ、人狼が、この町のすぐ近くに」

「……犬の次は狼かあ」

 ぽつりとダニエルはつぶやいた。 

 鞘に収まる剣を握る手に力が入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る