第5章 王都から
第25話 エミリア副隊長とハロルド指導教官
「……というわけで、どうにか穏便に済ませてもらえんか、エミリア副隊長」
「うーん、ハロルド殿がそこまでおっしゃるならそうしたいのはやまやまなのですが……」
夜、酒場の奥の席でエミリア副隊長とハロルド教官は酒を酌み交わしていた。
「私の部隊に、不穏分子がいる可能性はハロルド殿もご承知でしょう?」
「……まあ、な」
「いくら頭が腐っていたからって下まで腐りすぎなんですよ、ウィーヴァー隊は」
エミリア副隊長は珍しく真剣な顔をしていた。
「おそらくただの馬鹿だったウィーヴァーはともかく、ウィーヴァー隊には最低でもひとり……多くても片手で足りるくらい。
エミリア副隊長は確信を持ってそう言った。
ハロルド教官は無言で酒をあおった。
スパイの存在、それは考えたくはない可能性だった。
「オリバー副隊長補佐は頭に血の上りやすいタイプの馬鹿ですが、国家への忠誠心においては信頼がおけます。だから少数精鋭での盗賊団の討伐を命じました。おたくのダン訓練生も引っ張り出して」
「……そういうことであれば、正直に要請してくれれば……」
「私があなたと接触したら、それはそれで疑いを向けられるでしょうから、頭に血が上ったオリバー副隊長補佐のスタンドプレイということにしておきたかったわけですね」
エミリア副隊長の思惑に、ハロルド教官はため息をつく。
なんとも反論しがたい理屈で動いてくれる。
「……盗賊団はまだ何も喋っていないのか?」
「喋っていないというか喋ることがなさそうです。あそこには下っ端しかいませんでした。南部暴動の生き残りではあるようですが、ここまで来たのは伝手があった。その伝手が誰かは南部暴動主犯格の上層部しかしらない。そういう感じでしたね。これは中央との連携が必須ですね」
「ふむ……たとえばウィーヴァーこそがスパイである可能性は?」
「あれは小物です」
きっぱりとエミリア副隊長は言い切った。
「わかりやすい権力欲とわかりやすい怠惰の化身。とうてい国家をどうこうなどという大それたことは考えていないかと」
「大それたことをしそう……と言ったら、怪しいのは君になるがな、私からしたら」
「おや」
エミリア副隊長は一瞬それを冗談だと思った。
しかし存外ハロルド教官は真面目な顔だった。
「私の知る限りウィーヴァー隊で一番小物からほど遠いのが君だ」
「それは面白い仮説です。私も考えもしなかった」
エミリア副隊長はニヤリと笑った。
「それへの反証は……ああ、なんということでしょう。私は持ち合わせていません」
「まあ、スパイでないことを証明しろ、なんて無理筋もいいところだからな」
「そうなりますねえ……まあ、中央からそろそろ監査官が派遣される頃でしょうし、それを待ってからでもいいかなって」
「君は良くてもこちらは困っているのだ」
「あはは」
エミリア副隊長は笑って見せた。
「まあ、あれです。ダンは大丈夫です。見たところうちの連中が束になっても勝てるような器じゃないですよ」
「周りの訓練生にも累が及んでいるのに関しては?」
「それは反省します。どうにかします。注意しておきます。申し訳ありません」
「うむ」
ハロルド教官は落とし所を見つけてうなずいた。
「……さて、監査官は誰が来るかな。知り合いだといいなあ」
エミリア副隊長は半分独り言でそうつぶやいた。
翌朝、また一週間の訓練生活が始まる。
「今日は午前は組み手! 午後は剣術!」
昨夜の深酒を一切気取らせない威勢の良さで、ハロルド教官が指示を出す。
「はい!」
訓練生たちの返事はだいぶ揃うようになってきていた。
ダンはそれをまぶしく思う。
「組み手はなるべく体格の近いもの同士で組め! 後々は体格の違うものへの対処も教えるが、まずは近い者同士でだ!」
その指示にフレッドが困ったような顔でハロルド教官を見つめた。
「……あー、フレッドはダンと組め」
「はい!」
ダンとフレッドの返事がキレイに揃う。
「組み手か……喧嘩なら得意なんだけどな……まあ剣より得意な可能性はあるか」
ブツブツとフレッドがつぶやきながら、ダンと向かい合う。
「まあ体格がいいだけで十分な利点だからな」
「……なんだ、経験あるのか、組み手」
「い、いや、一般論!」
「ふうん」
フレッドはじーっとダンを見つめた。
「今まであまり気にしないようにしてきたけど……お前だいぶ謎なやつだよな」
「そ、そうかな?」
「どこで何してたんだ。今まで?」
「う、うーんとだな」
適当に経歴をでっち上げようとして、ダンは自分が騎士以外の生き方を知らないことに気付く。
十三才で騎士になってから、訓練に明け暮れ、戦場に駆り出され、騎士団長として王宮に詰めた。
気付けば自分が守るべき民の生活も、ろくに目にすることはなくなっていた。
「…………」
どこか反省させられるものを感じながら、ダンは曖昧に笑った。
「……訓練に集中しようぜ」
ダンはそういうのがやっとだった。
フレッドは少し不満そうな顔をしたが、素直にうなずいた。
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