第24話 騎士団長と予兆
「お前がいるとトラブルが絶えないな」
いっそ笑いながらアベルがそう言った。
「あっちからトラブルが殴りかかってくるんだ……」
ダンは困ったようにそう返す。
エミリア副隊長はダンにちょっかいを出すなと指示を出していないのだろうか。
隊長代行をしているとはいえ、女だからと侮られることも多い、そのせいだろうか。
あの女のことだ、隊員のガス抜き代わりに放っておかれているのかもしれない。
せめてローザにちょっかいを出すなとは警告しておくべきだったか。
「……さっさと帰りましょう」
ローザが少し呆れたようにそう言った。
「はいはい」
「このことはハロルド教官に報告します。抗議してもらいましょう。わたくしからしますか? ダン、どうせ剣を渡しに行くのですからあなたがしますか?」
「……そうだな、言っておく」
「よろしい」
ローザは偉そうにうなずいた。
まあ、実際偉いのだが。
「ところで、ローザあんなゴチャゴチャした胸章から騎士の階級なんてよくわかったな」
アベルがしみじみと感心してみせる。
「ま、まあ、わたくしは幼い頃から騎士を見てきましたので!」
「へえ、騎士と交流があるくらいデカい家なのか、実家」
「え、ええ、まあ」
何しろこの国で一番デカい、いや、この国そのもののお家である。
「騎士の階級って、えーっと九つだっけ」
「はい、上から、
ダニエル騎士団長ですらたまにわからなくなる階級をこともなくローザはそらんじた。
「ハロルド教官は主騎士です。この間、ダンを連れていったオリバー副隊長補佐は能騎士ですので、ハロルド教官の方が上です」
「うわ、すごい」
アベルも覚えきれる気がしなかったのか、感心しながらも顔を歪めた。
「ちなみに、熾騎士は平時は騎士団長だけですが、戦争時には戦地の最高司令官が任じられることもありますね」
「へー……」
さすがに詳しい。
「ローザって騎士マニア?」
アベルが問いかける。
「う、うーん、そうかもしれませんわね……」
「ダニエル騎士団長に憧れたって言ってたもんな!」
ダンは助け船なのかなんなのか自分でもわからないことを言い出した。
これでは自画自賛である、恥ずかしいことこの上ない。
「え、ええ! やっぱり騎士たるものダニエル騎士団長には憧れますわね!!」
「ああ、西の英雄か……」
アベルはどこか遠くを見るようにしみじみつぶやいた。
「すごいね、ローザは、俺はそんな遠い人に憧れる余裕もないよ」
「え、えへへ!」
遠くない。すぐそこにいる。
もはや会話のすべてが火種となりかねない状況にローザは冷や汗をかき、ダンは胃を痛め、ジョセフは荷物の重さにあまり聞いていなかった。
「おかえり」
寮に戻れば、ハロルド教官が出迎えてくれた。
ダンは腰から剣を引き抜いてハロルド教官に手渡す。
「お使いの品です」
「うん、ご苦労。どうだった、町は」
「それが、あの、その、問題がですね……」
「またか」
ハロルド教官は思いきり顔をしかめた。
「えーっと、権騎士のケビンさんに絡まれました」
「そうか……」
ハロルド教官は腕を組んだ。
「……どうしたものかな。元ウィーヴァー隊はお前に色々と面目を潰されたと思っている。今、代理隊長をしているエミリア副隊長は西の国境戦での功績があるとは言え、女と言うだけでずいぶんと軽んじられているからな……しかしエミリアは俺よりも騎士階級としては下だ。俺から話を通しておこう」
「と言いますと?」
「俺からの命令となれば、今のウィーヴァー隊に逆らえる階級のものはいない。もう一度うちの教え子にちょっかいをかけるなと釘を刺しておく。……だからお前もケンカを頼むから買うな」
「買いたくなくてもすごい勢いで投げ売りされるんですけど……」
「できる限りで構わんから」
「それでしたら……まあ努力します」
「とりあえず明日から一週間はまた訓練の開始だ。ここに入るなときつく厳命しておくから、どうにかなるだろう。ではご苦労だった」
「失礼します!」
ダンはやっと解放されると元気よくハロルド教官の前から立ち去った。
「ふう……」
ハロルド教官は眉間のしわに手を当てた。
山積みになった問題を前にどうするべきか、悩ましいところであった。
「おお、ダンおかえり、手紙届いてるぞ」
「あー」
アリアからだろう。
一見すると、ただ騎士の訓練をしている「ダン」を心配しているだけの文面から暗号文を読み解く。
『南部報告。黒幕の可能性。王都から監査官の派遣決定。S』
シンプルであるが意味はだいたい通じる。
南部暴動についての報告。
裏で糸を引いている、いわゆる黒幕のいる可能性の示唆。
そして監査官派遣とその監査官のイニシャル。
(S……このレベルの問題……サミュエルかな?)
サミュエルもまた西部国境戦で共に戦った仲間である。
ダンよりも年上だがキャリアはダンの方が上。
現在は王宮で騎士団の中の監査官として、文官に片足を突っ込んだ仕事をしている。
(エミリアといい、なんだかここに旧知が集まってくるな……)
サミュエルへの口止めはアリアが抜かりなくやってくれているだろう。
ダンは大船に乗った気持ちでサミュエルを待てばいい。
「今日は夕食、用意されてるぜ」
フレッドが心底安心した顔でダンを食堂に誘う。
「ああ、今、行く」
ダンは手紙を服の中にしまうと、フレッドといっしょに食堂へと歩き出した。
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