第23話 騎士団長と正騎士

 パンと缶詰とスープと牛乳で膨らんだ腹を撫でながら、ダンはローザをうかがう。

 一口一口が小さいので、ローザはまだ二個目のパンを食べたところだった。

「ローザとジョセフはどこか行きたいところとかある? ダンの用事は終わったし、なんなら案内するけど」

 アベルが牛乳を飲み干してから訊ねた。

「え、ええと、そうですわね……うーん」

 ローザ姫が町に出ることはそうそうない。

 そうなってくると行きたいところと言われても、まず町に何があるのかよくわからない。

「ざーっと見回りたいですわ!」

「了解」

 おおざっぱなローザの言葉にアベルは苦笑しながらうなずいた。

「ジョセフは?」

「僕はお嬢様が行きたいところなら、どこでも」

「わかった」

 アベルの両親にあいさつをして、パン屋から退散する。


 アベルは町をぶらぶらと案内してくれた。

 様々な店があるのを改めてローザは眺める。

「あれは何のお店ですか?」

「あれは魚屋」

「あちらは?」

「あれは酒屋」

「あちらは?」

「八百屋」

 ローザがアベルにアレコレ聞いているのを眺めながらダンはジョセフに話しかける。

「豪商の娘さんのわりに世間知らずだな、ローザは」

「……お嬢様がそうおっしゃったのですか?」

 ジョセフは探るようにダンの顔を見た。

「なんか言ってた」

「……そうですか。お嬢様は箱入り娘ですから……」

 ジョセフは困ったようにそう言った。

「大変だな、お前も」

「……いえ。お嬢様にお仕えできることは僕の喜びですから」

「……実家のご家族が心配しているとは思わないのか?」

「そうですね……知られたら、僕はクビかな……」

 ジョセフは苦笑いをする。

 実際、姫君と家出をしているのだ。

 ダンが王に報告をしていなかったら、今頃、大規模な追っ手が組まれていてもおかしくはないし、下手すれば王家への反逆罪に問われるおそれもある。

「そうか? ローザは庇うだろ、お前のこと」

「……そうでしょうね」

 ジョセフはどことなく寂しそうに笑った。

「ジョセフ! 見てください! お洋服屋さんです!」

「もう、お嬢様、買っても着る機会がありませんよ」

「うう……」

 しょんぼりとローザがうつむく。

 お姫様は自分でお店で服を選んで買う経験などない。

 衣装係が繕ってくれたたくさんのドレスを毎日日替わりで着るのだ。

「……まあ一着くらい買ってもいいかもしれませんね」

 ローザの意を汲んで、ジョセフがそう言った。

 途端にローザの顔が花のように輝く。

「じゃ、じゃあ、何が良いかしら! ねえ、ジョセフ、どれがに合うと思う?」

「お嬢様なら何でも似合いますよ」

「今日ばかりはそういう世辞はなしです! 一張羅を選ぶのですから、厳しい目で見てください!」

「はいはい」

「はいは一回!」

 ふたりが服を選ぶ様をダンとアベルは外から微笑ましく見守っていた。


「おやおや、訓練生のくせにずいぶんとたいそうな剣を提げていますね」

「げ」

 嫌みったらしい男の声が聞こえた。

 振り返ると元ウィーヴァー隊の隊章をつけた騎士が数名、そこにいた。

 町のパトロールでもしていたのだろう。

「……ハロルド指導教官の許可があります」

 ダンはにこりと愛想笑いを作って、ハロルド教官からの書状を男に差し出した。

「……ふん」

 書状を一瞥すると見るからに不機嫌そうになって、男は鼻を鳴らした。

 難癖をつけて剣を取り上げるつもりだったのかも知れない。

 どちらにしてもウィーヴァーの注文した紋章がついたままの剣はそのままでは使いようがないのだが。

「あら、またですの」

 思いきり顔をしかめてローザが戻ってくる。

 後ろについているジョセフが服の入った紙袋を抱えている。

「訓練生についてはすべてハロルド指導教官の裁量に任されているはずですわ。変な難癖はおやめになった方がよろしくてよ」

 ローザがきっぱりと騎士にそう言い放った。

「なんだ、ずいぶんと生意気な女だな」

 オリバー副隊長補佐とあまり変わらない反応が返ってきた。

 ローザはしかし怯まなかったし、気分を害した様子もなかった。

 ただ背後のジョセフの目つきが鋭くなった。

「ジョセフ、わたくしの服を落としたりしたら承知しませんからね」

 ローザがジョセフに釘を刺す。

「はい……」

 前回の反省があるのかジョセフが殊勝にうなずくが、その目は男に鋭く突き刺さっていた。

「……そろそろ訓練生寮に戻ろうか!」

 アベルが声を張り上げる。

「……ええ、そういたしましょう」

「おいおい」

 騎士が不機嫌そうな顔でローザの腕を掴んだ。

「きゃっ」

 ローザが小さく悲鳴を上げ、ジョセフが目を見開く。

「無礼者!」

「おい!」

 ジョセフが何かをする前に、ダンはジャンプをして、ローザを掴んでいる男の後頭部に跳び蹴りを食らわせた。

「なっ……」

 男の連れの騎士たちが突然のことに呆然とする。

 ローザは腕を振りほどかれ、転びかけたところを、ジョセフとアベルに支えられていた。

「いい加減にしろよ、こないだから。俺に用なら俺に真っ直ぐ来てくださいよ、先輩方」

「お、お前……」

 跳び蹴りを食らって、地面に転がった騎士がダンを睨み上げる。

「かわいい非力な女の子を狙うなんて騎士の風上にもおけないのではありませんか。頭だけじゃなく末端まで腐り落ちているのか? ウィーヴァー隊は」

「何を……!」

 騎士が怒る。

 地面にしゃがんだまま剣に手を伸ばす。

 ダンも自分の腰の剣に手を伸ばした。

「おやめなさい!」

 ローザがジョセフとアベルに身を任せたままに叫んだ。

「天下の往来で正騎士と訓練生が何をする気ですか! 恥を知りなさい!!」

 ローザは続けた。

「この件はハロルド指導教官に報告します。あなた、所属と名前を言いなさい!」

「…………」

「言わないなら言わないで、犯人捜しをするまでです。その、胸章からして階級は権騎士けんきしですね!」

 訓練生ではない正騎士の階級は九段階。

 権騎士は下から三番目に当たる。

「権騎士で銀髪、今日この時間に四名の騎士を連れ歩いていた。それだけであなたが誰かは問い合わせればわかるでしょう!」

「……ケビン」

「素直でよろしい」

「……お前、訓練生のくせにどこまで偉そうなんだ」

「う……」

 偉そうなのではなく偉いのだ。

「……なんにしろ、ハロルド指導教官に報告はしますから、ダン、あなたのこともです。……助けてくれたのは感謝しますが、あなたならもう少し穏便に助けられたでしょう」

「うん、……喧嘩するきっかけを探してただけだ。君が助けられたことを負い目に感じることはない」

 ダンはローザに微笑みかけた。

 ローザはうなずいた。

「戻ろう!」

 アベルがもう一度叫んだ。

 四人は足早に寮への道を急いだ。

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