第22話 騎士団長と町歩き

 ダンとアベルはまず鍛冶屋に向かった。

「ここの鍛冶屋からはよくパン切り包丁とか買ってたから顔なじみなんだ」

「なるほど」

 ダンはアベルの説明にうなずきながらちらりと後ろの気配をうかがう。

 ローザ姫とジョセフがついてきていた。

(まったく……。まあ、下手にローザ姫にひとりで町をうろつかれるよりは気配が感じ取れるところにいてもらった方が護衛としての面目は立つ……か)

 ジョセフ少年がいるので厳密にはひとりにはならないのだが、ダンはまだジョセフを戦力に数えていなかった。

 ジョセフに限らず、訓練生はまだ誰一人として騎士から見て戦力として数えられるようなものはいない。

 そこはまだまだこれからだった。


「おう、らっしゃい」

 鍛冶屋の主人はいかにもという感じの頑固そうなオヤジだった。

 ぶっきらぼうなあいさつでダンとアベルは迎え入れられる。

「剣はきれいにしてあるぞ。紋章はイジってねえが、変えたきゃまたもってこい」

「はい、こちらお代です」

 剣と引き換えにハロルド教官から預かっていた代金を差し出す。

「おう、確かに。ハロルドは、元気か?」

「あ、はい、めっちゃ元気です」

「そうか、アベル、どうだ、騎士は」

「うーん、ぼちぼち?」

 アベルは苦笑いをした。

「ベンジャミンは元気にやってるか」

「うん、あいつもお袋さんのとこ帰ってるはず」

「そうか、お前もこんな鉄臭いとこいないで、さっさとパン屋帰れ」

「はいはい」

 アベルと鍛冶屋のやり取りをダンはどこか微笑ましい思いで見つめていた。


「じゃあ、隊商の逗留地に案内するよ」

 鍛冶屋を出てアベルが道を先導する。

「ありがとう。仲良いんだな、鍛冶屋のおっちゃんと」

「まあね。家族みたいなもんだ、ここら辺一帯は」

「同じ釜のパン食ってるわけだもんな」

「あはは、違いない」

 アベルは笑い声を上げた。


 隊商は町の端っこにテントを張っていた。

「おお、来た来た」

「あの時はありがとう! 恩に着るぜ!」

「いえいえ、その後怪我された方は大丈夫でしたか?」

「もうピンピンしてるよ!」

 和気あいあいと一気にダンは隊商の中に馴染んでいく。

 アベルはそれを遠目に見守る。

 隊商を助けた一人であり、この町の出身者であるベンジャミンが案内役になった方が、何かと据わりがいいのはわかっていたが、ベンジャミンの家は母親がひとり暮らしだ。

 早く家に帰してやりたくて、アベルはこの役目を請け負った。

 ダンは、隊商から服やら宝飾品やらを押し付けられそうになって必死に断っていた。

「いえ、本当、大丈夫なので、間に合っていますので」

「この服なんてお前みたいな男前に似合うと思うぞ!」

「当分、訓練生の制服しか着れないので……!」

 がんばって断るダンに隊商はさらなる商品を取り出した。

「じゃあ、これだ! この缶詰持っていけ!」

「そうだな、いっぱい食べて大きくなれ!」

「あはは……じゃあ、まあ、缶詰なら……アベル、お前の家缶切りある……?」

「あるある。うん、うちの食パンに合いそうだ」

 缶詰には肉の燻製と書いてあった。ダンは缶詰を五個も押し付けられていた。

「オリーブオイルも持ってくか?」

「ああ、それならうちにもあるので……」

 あははと笑いながらアベルは口を挟んだ。

「だそうですので! では、俺たちはこの辺で!」

 このままここにいたら馬車の一台くらい押し付けられそうだと判断し、ダンが踵を返す。

「本当にありがとうな!」

「お前は俺たちの英雄だよ、ダン!」

「……どうも」

 照れくさそうに笑いながらダンはアベルと並んで歩き出す。

「英雄、か……」

 それは騎士団長ダニエルにとっては聞き慣れた賛辞であった。

 しかし、訓練生ダンには初めてついた称号だと言えた。


 アベルの家のパン屋に着く。

 外にも小麦のいい香りが漂っている。

「……さて」

 ダンは店に足を踏み入れる前に、思いっきり後ろを振り返った。

「……ローザ! ジョセフ!」

 ダンの大声に隣のアベルが驚く。

「えっ?」

 そしてそれ以上に、ダンとアベルをつけていた、ローザとジョセフは飛び上がった。

「ば、バレましたわー!!」

「……あはは」

「くっ……き、奇遇ですわね! ダン! アベル!」

「そうだなー、奇遇だなー」

 白々しくダンはうなずいた。隣でアベルが困惑している。

「これから、アベルの家でパン買って昼食にしようと思ってたけど、お前らもいっしょにどうだ」

「……そ、そんな買い食いだなんて……」

 そう言いつつもローザは腹をさする。

 日はちょうど中央に上がり始めていた。

 お昼の時間だった。


「ただいまー」

「あら、アベル、おかえり……とあら、お友達?」

「うん、訓練生のダン、ローザ、ジョセフ」

 アベルに似た穏やかな雰囲気の女性が店番をしていた。

「みんな、母さんです」

 ちょっと照れながらアベルは三人に母を紹介した。

「こんにちはー!」

「お邪魔いたします」

「はじめまして」

 ダン、ローザ、ジョセフが順繰りにあいさつする。

「元気が良い子と礼儀正しい子ねえ」

 ニコニコとアベルの母が笑う。

「お昼食べに来たんでしょう。好きなもの選んで良いわよ。奥にうちの食卓があるから、そこで食べてらっしゃい」

「ありがとうございます。あ、肉の燻製に合うパンとかありますかね」

「食パンかしらねえ。みんな牛乳飲むかしら? 朝食のスープのあまりもあるわよ」

「あ、いただきます!」

「す、少しは遠慮しなさい。ダン!」

 ダンのふてぶてしい態度をローザが叱りつける。

「あはは、いいよ、いいよ。いっぱい食べていきな」

 アベルも母に似た笑顔を見せた。

 わいわいと四人はパンを選んだ。

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