第21話 騎士団長と余暇

 フレッドの乗馬の成績はなかなかであった。

 物怖じしない性格がいいのだろう。

 馬との相性が合っていたし、乗りこなすだけの膂力もあった。

 未経験だったはずのフレッドが、あっという間に馬を乗りこなす姿に訓練生たちは大いに力づけられ、やる気を出し始めた。

 活気づいたいい訓練だった。


 昼、いつものように皿洗いとテーブル拭きを終えて、食卓についているダンに、アベルが話しかけた。

「そうだ、ダン。昨日はいろいろあって言いそびれたんだが、町に行ったら、隊商が礼を言いたいってさ」

「あー……別にいいのに」

 ダンは照れたように笑った。

「明日ちょうど週一の休息日で、ハロルド教官の許可が下りれば外出可だし、会いにいってやったらどうだ?」

「……下りるかなあ、許可」

 思わずダンはぼやくようにそう言っていた。

 自分が訓練生として優等生ではない自覚はさすがにある。

「……下りるかなあ」

 アベルも苦笑してそう言った。


「隊商との接触……!」

「今度は何ですか、お嬢様」

 ダンの背後で聞き耳を立てていたローザが小さくつぶやく。

 ジョセフはもう慣れた様子で聞き流す体勢に入っていた。

 ジョセフにはもうダンがスパイには見えなかった。

 ちょっとデビューが遅れただけの新人騎士。そういう認識になりつつあった。

 ローザがダンに近付いていくことの方がよっぽどジョセフにとっては問題だった。

「隊商から国内の情勢を聞き出すつもりでは……!」

「ああ、それで思ったんですけど、そもそもスパイなら拘束時間の長い騎士見習いなんて選びますかね?」

 ジョセフは冷静にローザの「ダンスパイ説」の瑕疵を指摘する。

 ジョセフはこれ以上ローザにダンのことを考えさせるのはいけない気がしていた。

「……長い計画なのでしょう」

「そうかなあ……」

「ジョセフもいうようになりましたね」

 ローザはどこか嬉しげにそう言った。

「わたくしの言葉に逆らうなんて、かつてのあなたでは考えられないことではありませんか」

「…………ま、まあ、こんな状況ですからね。ひめ……お嬢様の無茶や無謀をお止めするのも俺の仕事です」

「うふふ」

 ローザは嬉しそうな顔を崩さず、昼食を口に運んだ。

 相変わらず彼女はそれをおいしいとは言わなかった。


 午後は基礎体力の訓練だった。

 ひたすら訓練場を周回する走り込みである。

「ぜえ……はあ……」

 いち早くローザが脱落して、地面に転がった。

 ジョセフが列を離れてローザに駆け寄る。

「お嬢様ー!」

「水を飲ませてやれ、ジョセフ」

 冷静にハロルド教官が指示を出す。

「は、はい!」

 皮革でできた水筒でジョセフが水を運ぶ。

「ごく……ごく……も、もう大丈夫ですわ、走り込みに戻りなさい……」

「は、はい……」

 次にリリィが脱落。

 その後はジョセフが、そして徐々に男性陣が脱落していった。

 最後まで残ったのはダンとフレッドだけだった。

「そこまで!」

「ふー……」

 肩で大きく息をして、ダンは背筋を伸ばした。

「いやー、疲れたな、フレッド」

「そうだな……」

 そんなふたりを膝を抱えて地面に座りながら、じっとローザが見ていた。

「やはりあの体力……」

「はいはい」

 ジョセフはサラッと流した。

「解散! 明日は休息日だ! 外出を希望するものは食堂に行く前に私の前に列を作れ!」

 アベルとベンジャミン、他数名の地元組が列に並ぶ。

 実家に一度帰るのだろう。

「……ダン、いかなくていいのか」

「フレッドこそ」

「俺はいいんだ。もう家族はいないし」

 あまり気にした様子はなくフレッドはそう言った。

「そっか……」

「隊商との縁は一期一会だろう。次にいつこの町に来るかもわからない。会ってやれよ」

「……うーん」

 ダンが迷っていると――。

「ダン!」

 ハロルド教官の方がダンを呼びつけた。

「は、はい!」

「先日の剣を手入れに出していたんだが、町の鍛冶屋にとりに行ってくれるか? ついでに隊商にあいさつしてこい」

「はい、わかりました」

 ハロルド教官の命令とあれば仕方ない。ダンは素直にうなずいた。


「…………ジョセフ、私達も外出許可をもらいに行きますわよ!」

「…………というと」

「ダンを見張るに決まっているでしょう!」

「はいはい」

 ジョセフはすっかりローザの言葉を受け流していた。


 翌朝は快晴。休日日和だった。

 多くの訓練生たちが外出の準備をしていた。

 規則によって服装は訓練生の制服のままである。

 ダンは思い切り伸びをした。

「ダン、鍛冶屋まで案内するよ」

 アベルが声を書けてくる。

「いいよいいよ、まっすぐ家帰ってやれよ」

「どうせこの時間はまだパン売ってて忙しいからさ」

「そうかー?」

「うん、隊商の滞在場所にも案内したいしさ」

「あー、じゃあ、それら終わったらアベルのパン屋連れてってくれよ。食ってみたい」

「お、いいよ」

 ワイワイと話し合っているふたりをローザとジョセフは物陰から見つめていた。

「さあ! 行きますわよ、ジョセフ!」

「はいはい」

「楽しみですわね、前回は私ほとんど酔ってるか馬に乗ってるかで町の様子なんて見れませんでしたから」

「目的変わってません?」

 苦笑しながらジョセフはローザについていく。

 ローザのおもりが、ジョセフの仕事だ。

 今も昔も、それは変わらない。

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