第35話 決着

 ハロルド教官は突きを中心の攻撃を繰り出してきていた。ダンはそれを見切っていた。剣を避け、受け、跳ね飛ばす。そんな事の際限ない繰り返し、しかし、お互い、焦れたりはしない。平静そのものだ。お互い、戦いには慣れていた。ハロルドはその年季が故に、ダンはそのくぐり抜けてきた死線が故に。段々とハロルドの切っ先がダンをかすめることが増えてきた。ダンは切り傷を少しずつ作っているが、それを気にする様子もない。

「……それが、駄目だ」

 ハロルドはしびれを切らしたようにそう言った。戦局が変わらないことに焦れたりはしない。それでもハロルドにはどうしても許せないことがあった。

「騎士なら傷付いていいのか? それを……部下にも強いるのか? 騎士団長」

「…………」

 ダンは答えない。答える余裕はない。答えた瞬間に鋭い突きが飛んでくる。それがわかっている。

「俺は……強いてきたぞ、教え子達に」

 ハロルドのそれは告解だった。

「騎士であるなら、人を守るべしと……そう教えた子達が死んで帰ってくる。そんなことをもう十数年だ」

「…………」

「アベル、ベンジャミン、リリィ……」

 同期の名前を、ハロルドが呼んでいく。

「フレッド、ジョセフ、キャサリン……ダン、ローザ。お前達にも死ねと教えるのだ。教え続けるのだ……」

「あんたに必要だったのは」

 ダンはようやく答えた。その隙にハロルドは予想通り鋭い突きを刺してくる。しかし予想できた突きは剣でたたき落とせた。

「兵士でも同志でも武力でもない……休養だ、ハロルド指導教官」

「知った風な口を……!」

 そう言ってハロルドが切っ先を上げた剣はその先が欠けていた。上から叩き折られた剣は、もう使い物にはならなかった。ハロルドの判断は素速かった。剣をダンに投げつける。

「おっと」

 ダンがひらりとそれをかわすのと同時に、ハロルドは唱えた。

「四大精霊よ、目覚めたまえ。火の精よ、我に力を。燃やし、焦がせ。対象を、焼き尽くせ。魔力解放、全開放出!」

 火魔法の第五小節詠唱。ダンひとりのみならず建物すべてを飲み込まんばかりの豪火が立ち上る。ダンは後ずさった。

「ハロルド!」

 ハロルドは炎の向こう、袋小路にいた。ダンは扉を通って逃げられるかも知れない。しかし、ハロルドには逃げ道がなかった。

「……そうだな、ダニエル騎士団長」

 ハロルドは存外穏やかな声でそう言った。

「……私に休養が必要だというその言葉、素直に受け取らせて貰おう……。老骨は燃え落ちるのみよ」

「……させねえよ!」

 ダンはその身そのまま炎に突撃した。

「なっ……」

 炎の中を飛び込んでいくダンにハロルドは驚愕した。その体が燃えていく、訓練生の胸章が燃え落ちた。金属のボタンが溶けていく。それでもダンは勢いそのままにハロルドに到達し、体当たりをかました。

「お、お前……!」

「落ちるぞ! くそが!」

 ダンの言葉通り、ふたりはアジトの壁を突き破り、二階から一階へと落ちていった。


「うわあ、燃えてるう……」

 やっとの思いでサミュエルをアジトから引きずり出したエミリアが建物を振り仰いで見たのは燃えさかるアジトだった。

「えー、どっちの仕業だ、これ。いや、どっちの仕業にしてもやりすぎじゃね? いくらなんでも」

「あ、あの、水魔法で……消火とか……」

「あー」

 ローザの提案にエミリアはポンと手を叩く。あまりの衝撃にその選択肢が頭からすっぽ抜けていたらしい。エミリアはアジトに腕をかざして口を開いて、そして固まった。

「えーっと、あ、駄目だ。こういうときってあれよね、ど忘れするよね! 呪文!」

「そんな!? え、ええい! 四大精霊よ、目覚めたまえ。水の精よ、我に力を。冷やし、押し流せ。対象を、濡らせ。魔力解放、全開放出!」

 もうこの相手に任せてはおけないとローザは破れかぶれに水魔法を唱えた。

 空から、建物全体を包み込むほどの大きさの 水の塊が落ちてきた。

「おおー!」

 エミリアが感嘆の声を漏らす。

「うおー!?」

 アジトの裏手から悲鳴が聞こえてきた。

「あ、これダニエルだ」

 サミュエルをその場に放り投げると、エミリアは声のした方に走って行った。

 ローザも少し迷って、サミュエルの側にジョセフを横たえると、エミリアを追いかけた。

 そこにはハロルドを抱えたダンが水を被ってびしょ濡れになっていた。

「あはは、ひでー格好」

 げらげらと笑い出したエミリアの横を、ローザは走り抜けた。

「ダン!」

「あ、ローザ!?」

 ローザは思いきりダンに抱きついた。

「よかった……無事でよかった……」

「お、おお。お前も大丈夫か? あ、そうだ、エミリア、入り口の辺りにサミュエルがいるはずなんだけど助けてくれたか? 燃えてないか、あいつ」

「助けた助けた」

「そっか、ならいいか」

 そう言うとダンは糸が切れたように、ローザの腕の中に倒れ込んだ。

「だ、ダン!?」

 ローザがダンを揺さぶる。

「あー、大丈夫です。眠っているだけですね、それ」

 呑気に言いながらエミリアはアジトを振り仰ぐ。ローザの潜在魔力によって召喚された大量の水がアジトを濡らしていた。

「ふう……一件落着……かなあ?」

 エミリアはため息をついた。

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