第34話 闇
そしてエミリアが呑気に話をしている間に、ジョセフの体から黒いモヤのようなものが溢れてきた。
「え、エミリアさん!? ジョセフがなんか黒くなっていきますわ!?」
「これが闇魔法の使い手の暴走状態ですねー」
「と、止めてくださいませ!」
「光魔法による浄化か、本人が気を鎮めない限り無理ですね」
「そ、そんな……」
ローザはジョセフに近寄る。その間にエミリアはようやくローザの縄をほどく。そしてエミリアは二人を放って、サミュエルの怪我を確認する。ずいぶんな深手だった。
「私、こいつの止血しますんで、その間に呼び掛けとかしてあげてください。もし無理だったらその子の首を切り落とします」
「なっ!?」
「そうじゃないと、止まりませんよ、闇魔法。光魔法の使い手は一番近くて王都ですし、到底間に合いません」
「ジョセフ! ジョセフ! 気をしっかりなさい!」
ローザがジョセフを揺り動かすが、ジョセフの目の焦点は合っていない。
「おーい、サミュエルー、ちょっと痛いぞー!」
一方、エミリアはサミュエルの傷を脱いだ制服で抑える。
「まったくー、何やられてるんだ、図体がデカいだけの役立たずめえ」
「わたくしといっしょに転がされてた方の言うことですか!?」
ローザはジョセフの体を揺らしながら、エミリアの非道な言葉に思わず振り返った。その瞬間、ローザの体を闇が包み込んだ。
「えっ」
「えっ」
思いがけない事態にエミリアが手を伸ばすより早く、ローザは闇の中に沈み込んだ。
「えー……えーと……どうしよ」
ジョセフ少年の体は完全に闇に飲み込まれていた。
「……切れないじゃん、これじゃ、首」
心底困りながらもエミリアは止血の手を止めなかった。
「う……ぐ……」
闇が、ローザの喉に入り込んでくる。息が苦しい。なるほど、暴走しているのは間違いなさそうだ。
「だ、だって……あなたが私を苦しめるわけ……ないもんね……ジョセフ……」
ローザは手を伸ばす。なんとなく、そちらにジョセフがいる気がした。
「ジョセフ……こちらです、私はここ。だから……戻ってきなさい。こんな暗いところ……嫌だわ、私」
「ひめさま……」
「ああ、ジョセフ」
声が聞こえて、ホッとする。だけどジョセフの姿はどこにも見えない。
「……ひめさま、このままいっしょに逃げましょう」
「ええ、逃げますから、まずは闇の中から出してくださいな」
「……闇の中に、逃げましょう、姫様」
「……ジョセフ」
「ここ、便利なんですよ。お腹も減らないし、眠くもならない。痛い目にも酷い目にもひもじい目にも遭わないんです。もちろん危険な目にだって遭いません。僕が姫様をここで守るから……一緒にいましょう、姫様」
「…………辛いこと、あったのね、ジョセフも」
ローザは目に見えないジョセフを探して口を開く。
「きっと、私に見えないところで叱られたりしてきたのよね……。そうよね、私の前で叱ったりは……できないものね。今回だって……叱られてしまうかも知れないものね……」
「……いいんです。好きで姫様と一緒にいるから、それはいいんです。僕が怒られたり傷付くのはいいんです。でも……今日みたいに姫様がさらわれるのは、だめです。それはだめだ。怖かったです。姫様に何かあったらってずっと怖かった……だから……この闇の中に逃げましょう」
「ジョセフ、それは、できないわ」
「姫様……」
「……決めたの、ジョセフ、わたくし、この騒動が落ち着いたら王都に戻ります」
ローザの言葉にジョセフは言葉に詰まった。
「…………」
「騎士になりたかったけど……そのせいで多くの迷惑をかけてしまいましたし、多くの方にバレてしまいました。もうここにはいられないでしょう。でもね、戦い方ってそれだけじゃないはずだから」
「……戦う? 姫様が?」
「はい。サミュエル監査官にお話を聞くのもいいでしょう。ダニエル騎士団長に聞くのもいいかもしれない。他にもたくさん、私の近くには騎士がいますもの、頼れる騎士が。だから私、彼ら彼女らから戦い方を学ぼうと思います。二度とこんな風に利用されたりしないように。だからね……ジョセフも、その時いっしょにいてくれる?」
「……姫、様」
「ひとりじゃ投げ出しちゃうかも知れないから……助けてほしいの」
「…………」
「お願い、ジョセフ。いっしょに戦って、私を……助けて」
「……いつだって、僕が姫様を助けるのなんて……当たり前です」
「うん、だから……こんな闇の中からは出ていきましょう」
その瞬間、風が吹いたような気がした。
「あー! よかったー!」
エミリアのドデカい声に、ローザは自分たちの無事を確信した。
「もー! どうなるかと思った!」
エミリアはローザに抱きつきながらそう叫んだ。ローザはエミリアの腕の中からジョセフを探す。ジョセフは先程倒れたところに倒れたままスヤスヤと寝息を立てていた。ひとまず、安心する。
「どうでした? 闇の中、なんかぬめっとしませんでした?」
「え、しませんでしたけど……」
「マジか! ぬめっとするの私だけ!?」
「知りません……あの、サミュエルさんは大丈夫でした?」
「あー、まあ五分五分ですね、急いで運びましょう……って、ジョセフくん運べます? 姫様」
「運びますわ」
ローザは微笑んだ。
「私の……大切な友達ですもの」
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