第6章 ダン訓練生の戦い

第33話 激突

 ハロルド教官は真っ向からその剣を受ける。切っ先が振り払われる。

 後ろでエミリア副隊長がなんとか立ち上がろうとする気配がした。

「火の精よ、我に力を!」

 ダンが火魔法を唱えると、エミリアを拘束していた縄が燃えた。

「ありがと!」

 手短に礼を言うと、エミリアはローザ姫を抱え上げた。

「きゃあっ!」

 ローザから悲鳴が上がる。

「ほらほら、逃げますよ!」

「逃がすか! 四大精霊よ、目覚めたまえ。風の精よ、我に力を」

 ハロルド教官が風魔法を発動させる。

「ぎゃー!」

 エミリアが緊張感のない悲鳴とともに転がっていくのに少し意識を持って行かれそうになりながら、ダンはハロルドの足元を狙って足払いをする。ハロルドはそれをひらりと避けると、剣を構え、ダンの顔を狙った。

(神速のハロルド! の突き!)

 初めて出会ったあの試験の時の鋭い突きを思い出し、ダンの頭が警鐘を鳴らす。しかも今ふたりが構えているのは真剣だ。当たれば、死ぬ。木剣ですら命の危機があったというのに。ダンは顔を狙ったそれを紙一重でかわす。

「ぐぅっ……!」

 突きでハロルドは手を止めなかった。そこからさらに剣を横薙ぎに払う。次に狙われているのは首だった。ダンは急いで剣を挟む。高い金属音、首の直前でハロルドの剣はダンの剣に阻まれた。ダンはひやりとした金属の錯覚が首に触れたような気がした。

「ふははっ」

 そしてダンは、笑った。

「あー、これこれ、これだ」

「……何がおかしい」

「そうだった、忘れてた、怒りのせいで忘れてたけど……あんたには悪いが、俺はこれが望みで訓練生にまで下りていったんだった」

 ダンはハロルドの剣を押し返すともう一度笑った。

「人が死ぬのは嫌いだが、自分が死にそうになるのは、実はそこまで嫌いじゃないんだ、俺は」

「……お前も、そういうイカレた側か、残念だよ、ダン」

 ハロルドは嫌悪を剥き出しにそう言った。

「ここであんたらが飼ってたごろつきどもよりはマシでしょうよ。あいつら俺の頭を思いっきり棒っきれで殴りやがりましたからね。なんか気付いたら半日で治ってたけど」

「……化け物か? いや、お前……何か、かかってるな、魔法が」

「あー、アリアか」

 どうやらあの有能な光魔法使いの副官はこっそりダニエル騎士団長の体に自然治癒の魔法をかけてくれていたらしい。今の今まで気付かなかったのはさすがに鈍感がすぎるだろうか。部下の献身に対して申し訳ない気持ちになった。

「つまり……怪我し放題、か」

 ダンはニヤリと笑うと、ハロルドの剣を弾いた。

「さあ、来いよ、神速のハロルドとやら、あの日に見せられなかった俺の実力、お見せしようじゃねえか」

「…………ああ」

 嬉しそうなダンに、ハロルドはあくまで苦渋の表情で向かい合った。


「な、縄! 縄をほどいてくだされば! 自分で走って逃げますから!」

 エミリアは抱えたローザの言葉を無視して、階段を飛び降りた。

「きゃー!」

 ローザは悲鳴を上げる。守られているのはありがたいが、もう少し丁重に扱ってほしいと思うのはワガママなのだろうか。

「こ、これでも一応姫なのですけれども!」

「あはは!」

 エミリアは聞いていない。笑いながら出口に向かい、何かにつまずいて思いっきり転んだ。

「ぎゃー!」

「きゃー!」

 しかしそこはさすがにローザを取り落とさないだけの分別はあった。ローザはエミリアの上に乗っかる羽目になった。

「ぐえっ!」

「だ、大丈夫ですか……?」

「大丈夫……あ、サミュエル、何死んでるのよ!」

「し、死んでるのですか!?」

 エミリアは自分がつまずいたのが、サミュエルの巨体であることに気付いた。

「ぎゃー、めっちゃ血がついた! ごめんなさい、ローザ姫、私、コイツ引きずらなきゃいけないので、あなたを運べるのはここまでです」

「わかりましたから、縄をほどいてくださいまし……」

 エミリアが起き上がり、ローザの縄に手をかけたその時、扉がさらに開いた。

「おお! オリバーかな!? あいつにしちゃいいタイミング……じゃないな、誰だね、君は」

 エミリアが問いかけた相手は、ジョセフ少年だった。

「……ローザ様」

「ジョセフ! あなた……ひとりでここに来ましたの!? 危ないことを……」

「ローザ様を離せ! この!」

「あ、いや……ちが……」

 ジョセフがエミリアに殴りかかる。ローザが止める隙もなく、エミリアは殴りかかる拳をひらりとかわし、ジョセフをサミュエルの上に引き倒した。

「こらこら、死にかけのサミュエルにとどめを刺すような真似はやめたまえ」

「いえ、サミュエルさんにジョセフを押し付けたのはあなたですよね……」

 ローザは呆れてそう言っていた。

「離せ……離せよ……!」

「あの、エミリアさん、ジョセフは大丈夫です。わたくしの味方ですから、その襲いかかったことは謝りますので、離してあげてくださいます?」

「そうもいかないんですよねー、彼……飲まれてますよ、闇に」

「は?」

「闇魔法の使い手みたいです、この子」

「ジョセフが……?」

 闇魔法、それは光魔法と並ぶ使い手の極めて珍しい魔法だ。光魔法は治癒魔法であることがよく知られているのに対し、闇魔法については半ば伝説と化し、正確なことを知っている者は少ない。一説には、闇魔法を発現した者は迫害された歴史があり、そのため闇魔法の使い手はそれをひた隠しにするのだという。

「じょ、ジョセフ、本当なの? で、でも、だとしても……ジョセフは大丈夫ですわ、悪用なんてしませんもの、ねえ、ジョセフ」

「いえ、悪用したくなくとも、悪用できるのが闇魔法です。闇魔法は闇を召喚したり、人を眠りにいざなったりできますけど……その一番の効能は、自分への狂化付与です」

「きょ、きょうか……?」

「理性を飛ばす代わりに、強い力を発動させることができるんですよー。いやーこれのおかげでどれほど私が生き延びてきたか」

「え?」

「あ、はい、私も闇魔法の使い手です」

 ことのついでのように、エミリアはそれを明かした。ローザはあまりの衝撃に口をぽかんと開けることしかできなかった。

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