第32話 集合

 たどり着いたアジトの2階には明かりが灯っていた。

(……サミュエルがつけた、のか?)

 いまいち彼の性格にはそぐわない気がした。

(あいつは夜目も利くはずだし……まさか、残党か?)

 ダンは気を引き締めた。

 ぎいっと軋んだ音を立てる扉を開く。

「…………サミュエルー!」

 あえてその名をアジトの中に呼び掛けた。返事はなかった。しかし、人の気配が微かにする。

 ダンが一歩を踏み出すと、その足に何かが引っかかった。目をこらすと、そこにサミュエルの巨体が倒れ伏していた。

「サミュエル!」

 ダンは慌ててその体を抱き起こす。

「だ……ダニエル……」

 呼吸が荒い。胸から腹にかけて大きな切り傷があった。

「くっ……やっぱり残党か!?」

「ある意味……な。……ダニエル、敵は上に行った。おそらくはひとりだ。気を付けていけ。俺はしばらく動けそうにない」

「……わかった」

「なあ、ダニエル。敵が誰でも……南部の暴動は、許せないよな?」

「……当たり前だろう?」

 ダニエル騎士団長の返事を聞いて、サミュエルはほっとしたように意識を失った。

 サミュエルの体を床に横たえて、ダニエルは剣を抜いた。今の彼はもう訓練生のダンではない。部下を傷付けられ、怒りに燃える騎士団長ダニエルだった。


 余計なことは考えない。サミュエルがああ言った以上、誰が敵でも驚いてはいけない。

 階段を細心の注意を払って上がっていくが、特に細工はされていなかった。

 明かりはまるで誘い込むように一部屋に向かってついていた。

「…………上等だよ」

 無言で扉を蹴り開けた。

 その中には転がるローザ姫とエミリア副隊長がいた。

「ローザ姫! エミリア!」

「ダン……あなた本当に……」

 ローザはダニエルが自分を姫と呼んだことに特に驚きはしなかった。ただ何かを確信して彼を見上げた。

「ダニエル!」

 エミリアが叫ぶ。その声に込められた忠告にダニエルは足を止める。

 そしてローザとエミリアのさらに奥から、一人の男が姿を現わした。

「……なんで、あなたが」

 ダニエルは、驚いた。決意をしていても驚いた。


 そこには剣を構えたハロルド教官がいた。厳しい顔でこちらを睨みつけている。その姿は、間違いなく敵のものだった。


「よく来たな、ダン。いやはや、まさかお前がダニエル騎士団長だったとは……左遷されたウィーヴァーから暗号文で知らされたときは驚いたぞ」

「……あんたほどの人がウィーヴァー隊の腐敗を見逃していたのには違和感があったんだ。それは職分を越えないためだと思っていたが……共犯、だったのかよ」

「大事の前の小事……というやつだ、ダニエル騎士団長」

 ハロルド教官は表情の変わらぬ厳めしい顔でそう言った。

「南部暴動という大事の前には、小さな町でどれだけ騎士が腐敗しようとそれは小事だと?」

「まあ、そうだ」

「……反吐が出る言い草だな」

 ダンは吐き捨てた。

「人の営みに大きいも小さいもあってたまるか、等しくこのテラメリタに生きる人々を脅かすものは……俺の敵だ。大きいも小さいもない」

「だが……あなたこそ大事をなした故にそこにいるお方ではないか。西部国境戦の英雄よ」

「……そんないいもんじゃない」

 ダニエルは苦々しくそう言った。

「俺はただの……お飾りだ。体のいい英雄を掲げて騎士団を正したかった陛下の意向に従っただけだ。国境戦の英雄? ただの生き残りのひとりだよ、俺もエミリアもサミュエルも……」

 西部国境戦。そこでダニエルは地獄を見た。誰もが地獄を見て、勝ち残った。多くの仲間の屍の上に生き残った。

 だからこそ、彼らは必死で今も騎士として勤めている。

 だからこそ、南部暴動は許せない。

「この国を揺るがすというのなら、誰であろうと、戦うまでだ」

「ああ、そうだな……お前は……お前達は立派な騎士だ……立派な騎士が……死んでいく」

 ハロルド教官は苦痛に顔を歪めた。教え子達のことを言っているのだろうと、ダニエル騎士団長には痛いほどそれがわかった。

「だから一からだ。陛下は間違っている。お前を頭に据えたくらいで変わるものか。一から……国家からやり直さなければ、変わりはしない。変えるのだ、この国を」

「詭弁だ」

「手駒は手に入った」

 ハロルド教官はローザ姫を見下ろした。

 ローザ姫は悲しげに目を伏せた。

「……わたくしには、政治のお話はわかりません」

 小さな声でローザはそう言った。

「戦争のお話もわかりません。お父様はそれをわたくしに近付けようとしなかった……同じ王宮にいてもなお、騎士団長の顔すら知らないくらい……私は何も知らなくて……だから、ここにいるのです……知りたかったから。ここにいるのに……わたくしは結局、この国の足を引っ張ることしかできないのでしょうか、ダニエル騎士団長」

 その声には涙がにじんでいた。

「いいや、そんなことはありませんよ、姫殿下」

 ダニエル騎士団長はこの建物に足を踏み入れて初めて笑った。

「あなたがいる。あなたを守ろうと思える。俺たちの仕事の動機はそういう事の積み重ねです。そこのエミリアだって……軽薄でおっちょこちょいで失態をしましたが……あなたを守ろうとはしたでしょう?」

「…………ええ」

「いいじゃないですか、自分で自分を守れるお姫様。そういうの、カッコいいと思うぜ、ローザ」

 ローザの前でダニエル騎士団長はダン訓練生に戻っていた。

「ダン……」

 ローザが涙に濡れた目を上げる。

「だから今は、まだ駆け出しの君を俺たちが守ろう」

 そう言ってダンは床を蹴った。ローザとエミリアの上を飛び越えて、ハロルド教官の頭上めがけて、剣を降り下ろした。

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