第31話 追われるダン訓練生
(俺が他国のスパイ……!? いや、疑われるのは無理もない、か……にしたって最悪の状況だぞ、これは!)
ダンは己の行動を省みてそう思う。高すぎる実力、それを隠そうとする素振り、怪しまれるのは仕方ない。
(くそっ、かえすがえすもサミュエルかエミリアがいれば……!)
そう悔やむダンに疑いの目は鋭く突き刺さっていた。
オリバー副隊長補佐はすでに腰元の剣に手を当てている。カールとキドニアも警戒態勢。
「ま、待てよ、ジョセフ。落ち着け」
フレッドがジョセフの肩を掴む。
「ダンはさっきまでサミュエル監視官といっしょに討伐任務に当たってたんだ、そのサミュエル監視官が無事なのだって、そこの騎士が確認しているだろ!?」
「……そのサミュエル監視官だってスパイの可能性は」
ダンはジョセフの表情を探る。その顔は真剣そのものだ。状況が状況なだけに、これが正しいと一旦思ってしまえば、それを矯正するのは不可能そうであった。今のジョセフなら、ダンがスパイであることを補強する論をいくつでも思いつけるだろう。
(となればここで議論を尽くすことに意味はない!)
その判断はあちら側も同じだったようだ。
「水の精よ、我に力を!」
カールが水の塊を放つ。
勢いはあまりない、ただそれは真っ直ぐにダンの顔に向かって放たれていた。
(目くらまし! つまりここからくるのは……!)
ダンは一歩飛び退いた。
さっきまでダンがいた場所を、オリバー副隊長補佐の剣がかすめていく。
「……話を聞く気はなさそうだな! オリバー副隊長補佐!」
「話は拘束してから聞かせてもらう! おとなしく捕まってくれるなら、ローザ訓練生とエミリア副隊長の居場所を吐くのなら、悪いようにはしない!」
「……そりゃ知ってりゃなあ!」
駄目だ。話す余地がない。
(ここはもう……逃げの一手!)
ダンは入り口を固めているオリバー副隊長補佐たちに背を向け、一路裏口へと走り出した。
オリバー副隊長補佐がさらに踏み込んでくる。
剣が空を切る音を頼りに、背中を押そう剣を避ける。
「くっ……地の精よ、我に力を!」
ダンの呪文によって食堂を形成している木が、活性化する。
オリバーの剣をがんじがらめにして取り上げた。
「待て!」
ジョセフが叫び、そして詠唱を続けた。
「四大精霊よ、目覚めたまえ。風の精よ、我に力を。空を切り、飛べ。対象を、吹き飛ばせ。魔力解放、全開放出!」
ジョセフが第五小節詠唱で呪文を唱える。
(次の一発を考えない、膨大な魔力を乗せた大魔法!)
「きゃああ!」
リリィとキャサリンが悲鳴を上げた。
ダンの足元は風にすくわれ、大きくすっころぶ。しかし彼はそのまま受け身を取り、前へ転がる。風はダンを追いかけ、料理の支度ができている調理場に吹き込んでくる。皿が割れ、食事が散乱する。
(ハロルド指導教官が見たら雷だな……!)
そのままダンは裏口を壊す勢いで外に出た。
「追え!」
食堂からオリバー副隊長補佐の声が聞こえる。
ダンは急いで走り出した。
(まずはどうする? サミュエルと合流するしかないか? ハロルド指導教官が見つかればいいんだが……どこに行ったんだ? 酒場なのか?)
サミュエルを追いかける先にすべてが揃っていることを、ダンはまだ知らない。
「あ! あれだ! あいつがオリバー副隊長補佐から風魔法で伝達のあったダン訓練生だ!」
訓練場を抜けると、松明を持った一団がいた。ウィーヴァー隊の騎士たちだった。
「くそっ!」
ダンは迷う。まさか彼らと本気で戦うわけにもいかない。それなりの練度を誇る騎士相手に、酷い手傷を負わせずに切り抜ける。それはずいぶんと難易度の高い試練だった。
「ああ、もう……こんな戦いがしたかったわけじゃねえぞ、俺は……!」
口で悪態をつきながら、ダンは手を構えた。
「だから一斉に吹き飛ばす! 四大精霊よ、目覚めたまえ。風の精よ、我に力を。空を切り、飛べ。対象を、吹き飛ばせ。魔力解放、全開放出!」
ジョセフと同じ風魔法の第五小節詠唱。おおよそ二十人ほどの騎士たちが、風に吹かれ倒れていった。
「くっ! 火の精よ、我に力を!」
倒れながらも果敢に火魔法を発動するものがひとり、風に対して踏ん張り剣を抜いたものがひとり。
こぶし大の火魔法を体捌きで避けると、ダンは剣を抜きはなった。紙一重、ダンの体を薙ぐ一瞬前に、剣と剣がぶつかり合う。しかし、相手の踏ん張りがいささか足りなかった。ダンは力をいなすと、敵の剣を弾き飛ばした。
その間に数名が体勢を立て直す。
「……くっ!」
ダンは彼らに背を向けた。
「火の精よ、我に力を!」
火力が背中から迫る。長年戦い続けてきた男の勘が働いた。頭を思いっきり下げると、ちょうどそこを火の玉が通っていった。
「風の精よ、我に力を!」
続いて風魔法。しかし第一詠唱だ。背中を突き飛ばすほどの衝撃があったが、なんとかダンはそこによろめいて、走り続けた。
(ローザ姫……!)
ひとまずサミュエル目指してダンは走り出した。
「ダンが……スパイ……?」
ジョセフの風魔法で荒れ果てた食堂で、呆然とキャサリンはつぶやいた。
リリィも信じがたかった。
ジョセフがダンとオリバー副隊長補佐を追いかけて、出て行こうとする。その襟首をフレッドが引き留めた。
「待て、ジョセフ!」
「離してください! フレッドさん!」
ジョセフが短い手足をジタバタとさせるが、その体格差では太刀打ちなどできるはずもない。
「お前、本気でそう思ったのか! あいつが、ダンがスパイだなんて!」
「だって、他に可能性がありますか! いったい誰が何の理由でローザ様をさらうっていうんですか!」
「武器庫の鍵が壊されてたのはどう思っているんだよ!」
「知りませんよ! ダンがあそこで何か捜し物でもしてたんじゃないですか! 離してください! 離してくれないと……くれないと僕は……」
「離さない! そもそも、スパイならお前が行って何ができる!」
「…………できることを、やるだけだ。……闇の精よ」
「え?」
ジョセフが小さくつぶやくと同時に、食堂は暗闇に包まれた。
それは闇魔法だった。
一斉にフレッド達は闇の中に飲まれ、眠りについた。
「……姫様」
ジョセフはつぶやくと、真っ暗闇の食堂の中を迷うことなく走り出した。
ダンは森の中を一目散に駆ける。さすがに森の中では火魔法は使えない。
土魔法を使われるのが一番厄介だが、今のところその気配はない。なんとか振り切れたようである。
一度行った場所とは言え、暗い森の中、盗賊団のアジトに向かうのは骨が折れた。
(サミュエル……どこだ?)
まだサミュエル監査官には追いつかない。地の利がないくせに足が早い。
ダンはひたすら森の中を駆けた。
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