第2章 新入りたち

第6話 新入りと合格発表

 朝が来た。

 寮で雑魚寝をしていた騎士候補たちの表情はバラバラである。

 残ったと言うことは曲がりなりにも自信や手応えのあった者たちだ。とはいえ、緊張をみなぎらせているものが多かった。

「おはよう、ダン」

「おはよう、フレッド」

 清々しい顔をしたフレッドに話しかけられ、ダンは欠伸をかみ殺す。

「なんだ? 眠れなかったのか?」

「まあ、そんなところだ」

 何せ夜中の間に王宮と試験会場を行ったり来たりしていたのだ。

 寝る暇などなかった。

「あれだけの実力を見せればお前は通るだろうよ……。俺はどうだろうな、魔法はからっきしだし、自信のあった剣技じゃ、お前にボコボコにされてしまった」

 そう言いながらもフレッドの表情は爽やかであった。

「まあ、今回がダメでも次がある。俺は諦めん」

「そうか……フレッド、お前、荒くれ者とか呼ばれていたわりに良いやつだよな……」

 ダンの言葉にフレッドは照れくさそうに頭をかいた。

「荒れていたのはガキの頃の話だ。今もその時に作っちまった敵に喧嘩をふっかけられたりもするけどな」

「なるほどな……」

 騎士団にはフレッドのような元荒くれ者も多い。

 ダンは他に行き場がないと言って騎士団に入った者も見てきた。

 そういう者たちはえてして真面目である。

 他に行き場がなく、自分を受け入れてくれた騎士団に強い帰属意識を持ってくれるのだ。

 フレッドも彼らのような騎士になるのだろうか。

 そんな未来を想像してダンは勝手に胸を熱くした。

 ハロルド試験監督官が寮のドアを威勢良く開け、入ってきた。

「朝食の前に合格者の発表だ! 外に出て並べ! 名前を呼ぶから前に出ろ!」

「はい!」

 各々返事をして、外に出た。


 外に出てダンは改めてローザの姿を探した。

 数名居た騎士候補の女子たちと何やらお喋りをしていた。

 お姫様に騎士団の固いベッドはキツいのではないかと心配したが、その顔は寝不足を感じさせない元気なものであった。

 よく眠れたようで何よりだとダンはひそかに微笑んだ。

「それでは名前を呼んでいく!」

 試験監督官が叫ぶ。

 緊張が走る。

「アベル!」

「は、はい!」

 ひょろっとした背の高い青年が前に出た。

 確か魔法の訓練でなかなかの成果を出していた男だ、とダンは記憶をたどる。

「ベンジャミン!」

「はい!」

 次に呼ばれた男は見るからにきれいな足運びをしている。魔法訓練では目立っていなかったから、剣技での評価だろう。

「リリィ!」

「はい!」

 初めて女子が呼ばれた。

 女子としては背の高い少女だった。ローザとそう年は変わらなそうだ。

 確か地の精を呼ぶ第二小節詠唱で的を木の枝でがんじがらめにしていた。


 そうやってダンは合格者ひとりひとりを騎士団長として値踏みしていく。

 数十人の合格者が前に出て行く。

「フレッド!」

「よし! はい!」

 フレッドが輝いた顔で前に出る。

 剣技が振るわなかったと本人は言っていたが、あの膂力と体格、何より試験監督官を止める度胸、当然だとダンは心の中で大きくうなずいた。

「ジョセフ!」

「え!? は、はい!」

 ジョセフ少年が驚きながら小走りで前に出た。

 あの魔法能力ならこちらも当然であろう。

「キャサリン!」

「はあい!」

 満面の笑顔で少女がまた一人駆けていく。

 軽やかな足取りだが、昨日の剣技の試験では男相手に一歩も引いていなかったのを見かけている。

 そこを評価されたのだろう。

「ダン!」

「はい!」

 試験監督官相手にあそこまでの実力を見せたのだ。自分が選ばれるのは当然だった。ダンは前に踏み出した。

「ローザ!」

「や、やりましたわー!?」

 ローザ姫が困惑とともに叫ぶ声が聞こえた。

 受かってしまったか、と、受かってくれたか、の両方が同時にダンの頭に浮かぶ。

「以上だ! 他のものは荷物をまとめよ! 解散!」

 落ちた面々の顔は残念そうなもの、清々しい顔のもの、千差万別であった。

 女子の中にも数人選ばれない者がいた。

(ローザ姫が選ばれたのはやはり魔力量だろうか……?)

 昨夜の内に仲良くなったのだろうか。ローザがリリィとキャサリンと楽しそうに手を繋いでいるのを眺めながら、ダンは考え込む。

(まあ、何にせよ、彼女のおかげで俺の下っ端騎士生活は継続だ! やったぜ!)

 ダンは拳をぐっと突き上げた。

「やったな」

 いつの間にやらフレッドが横に来ていた。

 ふたりはにやりと笑みを交わすと拳をぶつけ合った。


「ジョセフ! ジョセフ!」

 合格者の人波をかき分け、ローザがジョセフに駆け寄る。

「ひめ……お嬢様! やりましたね!」

「ええ! それにお友達も出来たわ! リリィとキャサリンというの!」

「そ、そうですか……」

「私、同じ年頃の友達なんてジョセフ以外には初めて!」

 ローザは嬉しそうに笑った。

 ジョセフは少し複雑そうな寂しそうな顔をした。

「それにしても……あのダンも合格してたわね……」

「ええ、まあ、あの実力であれば当然ではありますね……」

「昨夜の寮ではどうだった? 何か国際情勢を探ろうとしてたりしなかった?」

「昨夜ですか……あれ?」

 ジョセフは記憶をたどる。

「昨夜、そういえばダンの姿を寮で見かけていないような……」

「なんですって!」

 ローザは顎に手を当て、考え始めた。

「まさか内通……! スパイ仲間に騎士試験の内容を漏らして……!?」

「ど、どうなんでしょう。とにかく人が多かったから見失っただけかも……あ、でも、朝はやけに眠そうにしてました」

「あの実力で一睡もできないなんて事ないわ! きっと夜通しスパイ活動に勤しんでいたに違いないわ!」

 まさかダンが自分を守れと王から命じられた騎士団長などとは思いもよらず、ローザの中の疑念は増すばかりであった。

「そう……なんですかね……?」

 ジョセフはダンを見る。昨日、剣技の試験で組んでいた大男と拳を突き合わせていた。

 その爽やかな姿は到底、スパイなどには見えなかった。

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