第10話 新入りと隊商

「とりあえず医者に行こう、ベンジャミン」

 町の入り口でダンはベンジャミンにそう声をかけた。

「いや……大丈夫だ。だいたい、そんな時間はない」

 ベンジャミンは明らかに痛そうにしていたが首を横に振った。

「……そうか」

 ベンジャミンの強がりをダンは受け入れた。

「じゃあまずは野菜だ。農家に直接行けとある」

「ああ」


 農場主は畑の入り口で彼らを待っていた。

「おお、ベン坊、立派な格好しやがって」

「それやめてくれよ、おやっさん」

 農場主はベンジャミンと顔なじみのようだった。親しげに話しかけられて、ベンジャミンが照れくさそうに笑う。

「騎士試験合格おめでとう……馬に乗って神の国に行った親父さんも喜んでるだろうよ」

「どうかな……親父は俺が騎士になるのは反対してたし……」

 ベンジャミンの顔に複雑な色が浮かぶ。

「まあ、なんだ、野菜頼むよ。急ぎなんだ」

「はいはい。そこに積み上げてるのがそうだ。おーい! 荷馬車に載せるの手伝ってやれー」

 農業主が農作業をしていた数人に声をかける。

 リリィとベンジャミンが荷台から降りる。

 ローザはまだぐったりしていた。

「すまない、彼女に水をもらえるか?」

 ダンは農場主にそう声をかけた。

「はいよ」

「ありがとうございます……」

 ローザがちびちびと運ばれてきた水を飲む。その顔にやや生気が戻る。

 そうしている内に荷台には野菜がたんまり載せられた。

「がんばれよ、ベン坊。そんであのいけ好かない騎士隊の奴らとお前は違うってとこ見せてやれ!」

「……ああ」

 ベンジャミンは農場主の激励に決意に満ちた顔でうなずいた。


「次は調味料と肉か。商店だな」

「ああ」

 ベンジャミンの案内で、ダンは再び町中に荷馬車を走らせる。

 さすがに人のおおい、町中である。

 荷馬車はゆっくりと道を進んだ。

 町の奥に行けば、この町における騎士へのまなざしは一目瞭然であった。

 町民は一様に警戒と敵愾心の混じった目をダンたちの制服に向ける。

 数人はベンジャミンに目を留め、そのまなざしを緩めたが、多くの人が彼らに厳しい目を向けていた。

「……ふうん」

 ウィーヴァー隊とやらの評判は本当に悪いようだ。

 ダンは考え込む。自分は今騎士の訓練生としてここにいる。

 しかし本職は騎士団長だ。

 こうも騎士の信頼が失墜しているのを見過ごすわけにはいかない。

(アリアに連絡し査察を入れるか? それとも……)

「ダン、調味料店を過ぎてる」

「おっと」

 ダンは慌てて、荷馬車を止めた。


 調味料店と肉屋の主人もそれぞれベンジャミンの顔なじみであった。

 おかげで友好的に買い物が出来た。

 しかし町の人の目は気になり続けた。

(……もしかしてこの買い出しは、俺たちに騎士団の立場を分からせるための洗礼じゃないか? 少なくとも、この町において、俺たちは歓迎されてない)

 振り返ってみれば、ダンが新入り騎士の頃、料理を作るという仕事はさせられた覚えがあるが、買い出しという仕事までさせられた覚えはなかった。

おごるな。そういうことか? ハロルド指導教官)

「最後は小麦と牛乳だったか……あー、こりゃ今後はパンも焼くことになるな。アベルの腕前に期待か」

 ベンジャミンがぼやく。

「アベルもこの町の人間か?」

「ああ、パン屋のせがれさ。よくお袋とパンを買いに行ったよ、アイツの家には」

 ダンの問いかけに懐かしそうにベンジャミンが笑う。

「あいさつしていくか?」

「いや、時間が惜しい」

「そうか」

 小麦と牛乳を提供してくれる農家は町の外れにあった。

 そこに向けて荷馬車を走らせる。

 荷馬車の上は荷物でいっぱいになり、リリィとベンジャミンはすでに荷台から降りて、徒歩でついてきていた。

 ローザはまだ具合が悪く、荷台の上だ。そもそも単純に歩きでついてこれる体力がなさそうだった。

 しかし帰りには荷台に乗せていられなくなる。

 御者台になら空きがあるのでそちらに移すべきだろうか、ダンがそんなことを考えていると、町の外れが見えてきた。

 そこには何やら妙に人だかりが出来ていた。

「…………?」

 どこか不穏なものを感じて、ダンは荷馬車を止める。

 見ると荷馬車が数台あった。隊商キャラバンのようだった。

 だが、数人が怪我をして、地面に転がり落ちている。

「……大丈夫か!?」

 ダンは駆け寄る。ローザたちもそれに続く。

「あ……騎士様……」

 ダンの制服に目を留め、ひとりが手を伸ばす。

「た、助けてください! 仲間たちがまだ森に! 魔獣に襲われているんです!」

 隊商の構成員がそう悲鳴を上げた。

「……魔獣!」

 森の中には魔獣が出る。

 しかし定期的に地元の騎士隊が駆除して、ここは人間の道だと示すことで、被害を軽減させているはずだった。

 しかし、この騎士隊の嫌われよう、まともな仕事をしているとは期待しがたかった。

「……分かった。助けに行こう」

「ダン!? 無茶だ、訓練生の俺たちが魔獣の相手なんて……まだ早すぎる!」

「一刻を争う。俺は馬で行く。ローザ!」

「は、はい!?」

 突然の指名にローザが荷台の上で跳ね上がる。

「君は馬に乗れるだろう!?」

 ローザ姫は馬に乗れる。

 テラメリタ王国には建国の戦で馬が活躍したという逸話がある。

 そのため王族は馬をたっとび、たとえ女子であろうと馬の訓練をさせられる。

「え、ええ、乗れますわ! 朝飯前ですとも!」

 ローザが胸を張って答える。

「荷馬車の馬で、騎士団の詰め所まで戻れ! 応援を呼んでくれ! ハロルド指導教官に言えばきっとどうにかしてくれる!」

 まだ短い付き合いではあるが、ダンはハロルド教官を信頼していた。

「は、はい……! でも、ダン、あなたひとりで大丈夫?」

「なんとかする!」

 言うが早いがダンは荷馬車から馬を解放し、その背に乗った。

「どうどう!」

「……どうどう!」

 ローザは素速かった。

 あっという間に町の反対側、騎士団の詰め所をめがけて馬を走らせた。

「ダン! ローザ!」

 リリィは戸惑い、二人の名を呼んだ。

「リリィ! 俺たちは自分たちに出来ることをしよう! 怪我人の手当だ!」

 ベンジャミンがリリィをなだめる。

「……ええ、そうね」

 リリィとベンジャミンは隊商の怪我人へ走り寄った。

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