新入りは騎士団長!

狭倉朏

第1章 家出人たち

第1話 騎士団長、出奔する

「暇だ」

 テラメリタ王国騎士団長ダニエルは黒い髪をくしゃくしゃとかきむしると、そう呟いた。

 そして彼は副官のアリアをまっすぐ見つめた。アリアはうら若き女性だが、ダニエルの一番の腹心である。

 ダニエルの黒い瞳と、アリアの灰色の瞳が見つめ合う。

「アリア、俺の戦場はどこだ」

「ここです、団長。その北の国境からの報告書に目を通したあとはこの南部暴動の顛末書をお読みいただきます。そして……」

「違う!」

 ダニエルは高らかに叫んだ。

「俺の戦場はこんな平和な王城の一室ではない! ふかふかのめっちゃいい椅子も、魔法を打ち込まれても壊れないめっちゃ頑丈な机も、ぬくぬく陽射しが差し込むめっちゃ大きな窓も、俺の戦場には不要なものだ! もっとこう血湧き肉躍り魔法飛び交い剣戟鳴り響く戦場こそが俺の居るべき場所なはずなんだ!」

 ダニエルはそう言って報告書を放り投げた。

「お慎みくださいませ、ダニエル騎士団長」

 アリアは顔色一つ変えずに報告書を拾い集めながらそう諫めた。

「二年前に西の隣国との国境戦を制した誉れ高き騎士が、歴代最年少二十六歳にして騎士団長に就任したあなたが、そのように駄々っ子のごとき姿をさらすのは見るに堪えません」

「ぐぬぬ……敵、俺の敵はどこだ……」

「政敵なら山ほどこの城の中に……」

「そういうのじゃない……」

「はい、報告書です」

「はい……」

 アリアから報告書を受け取って、ダニエルはおとなしく目を通し始めた。

 しかしその顔には不服そうな色が未だに浮かんでいた。


 数日後の朝、アリアがいつものように騎士団長室の扉を開くとそこにダニエルの姿はなかった。

 机の上に一枚の紙があった。

「さがさないでください」

 ダニエルのお世辞にもキレイとは言えない文字が踊る手紙を見て、アリアはため息をついた。

「……はあ」

 アリアは銀の髪をかき上げた。

 ダニエルの行き先は何となく察することが出来たが、少し考えてから、アリアは何もしないことに決めた。

 開け放たれた窓から春風が優しく吹き込んでいた。


「うわー、めっちゃ懐かしい……」

 ダニエルは王都から三番目に近い町の騎士団の訓練場に来ていた。

 今日は三ヶ月に一度の騎士団入団試験の日であった。

 試験は全国の騎士団で行われる。

 この町を選んだのはさすがに王都の試験に参加しては自分の顔を知っている者とかち合う可能性があったからだ。

「皆若いなー」

 しみじみと呟くダニエルだったが、試験を受けに来た騎士候補たちは下は十三才から上は三十代後半までいる。

 二十六才のダニエルから見れば年上もいるのだ。

 若くして出世した彼は、騎士団の中でも新入りと間違われてもおかしくない年齢だった。

 そんなダニエルの若さを侮るものも時にはいた。

 それを実力でねじ伏せてきたのがダニエル騎士団長である。

「あれだな、久々に騎士団の堅苦しい制服を脱ぐとデスクワークで蓄積した肩こりが解消した気がするな!」

 そう言ってダニエルは思いっきり伸びをしながら、騎士候補たちの後ろに並んだ。


 試験官が声を上げる。

「では次の者!」

「はい!」

 ダニエルは手を挙げて前に出た。試験官の顔色を見るにバレた様子はない。

「名前は!」

「ダ……ダンです!」

 ダニエル自体はそう珍しい名前でもない。

 そこから騎士団長を連想する者もあまりいないだろう。

 しかし念のためダニエルは偽名を名乗った。

「よし、ダン! まずは魔力計測だ。あの的に向かって魔力をぶつけろ!」

「いえっさー!」

 ダニエル、いやダンは的を見る。

 的の大きさは人間と同じくらいの大きさの布袋。中にはおがくずか何かが詰まっている。

 それが木の棒に突きたてられているのが数本並んでいて、騎士候補たちは順繰りにその的に向けて思い思いの魔法をぶつけていた。

 ダンも的に向かって手の平を伸ばす。

 魔力を手先に集中させる。

「四大精霊よ、目覚めたまえ。火の精よ、我に力を!」

 詠唱、その後にダンの手の平から火の玉が解き放たれる。

 火の玉はまっすぐと布袋に向かう。

 火の玉は進むにつれ、空気中の魔力を吸い込み大きくなった。

 そして人間を大きく上回るサイズにまで膨らんだ火の玉は布袋にぶち当たると爆発した。

「すげええええ!?」

「第二小節詠唱で何だあの威力!?」

「あんなやつが今までどこで何してたんだよ!?」

 騎士候補たちが一斉に色めき立つ。

 一方、ダンは焦る。

(や、やり過ぎた……!)

 これはそんじょそこらの人間が見せてよいレベルの魔法ではない。

(かくなる上は……!)

「うわー」

 ダンは間抜けな声を上げて尻餅をついた。

「なんだ!?」

「倒れた!?」

「び、びっくりしたー。こんなデカい火の玉始めて初めて見たよ……俺、第二小節詠唱が限界なのに。あはは。ぼ、暴発しちゃいましたー……」

 早口でそう説明するダンに騎士候補たちはほっとしたような笑みを浮かべた。

「なーんだ」

「暴発かよ、ビビらせやがって」

「あんだけの魔力があるなら、この年までくすぶってる訳ないもんな」

「大丈夫かー」

「あははー」


 騎士候補たちの後方で、その光景を呆然と眺めている少年少女がいた。

 少女は口をぽかんと開け、震えていた。

 金の髪を振り乱し、その青色の目には驚愕の色が浮かんでいる。

「な、なんですの、あの男……暴発とか言っていましたが、わたくしの目はごまかせません……幼い頃から王宮の騎士たちの訓練を見てきたわたくしには分かります! あれは暴発なんかじゃありませんわ! あの男の実力です!」

「ひ、姫様、姫様、やはり帰りましょう! 騎士になるだなんてやはりむちゃくちゃです! 姫様に何かあったら僕は……」

「ここで姫様というのはやめなさい! ジョセフ!」

 少女の名はローザ。少年・ジョセフが言うように彼女はこのテラメリタ王国の姫君である。

 茶色い髪に茶色い目、着ているのも薄汚れた茶色い服のジョセフがたしなめる。

「姫様の方が声大きいですよ!」

「はっ!」

 ローザは慌てて口を塞いだ。

「と、とにかく、帰りません。わたくしは家出中なのですから! 分からず屋のお父様に騎士になって見せつけるのです! わたくしの実力を!」

「はい……」

 ジョセフは説得を諦めて、改めてダンの方を見た。

「魔法は第一小節から第五小節までの呪文が一般的とされています」

 ジョセフが小声でローザに囁く。

「ええ、本来なら短い小節で詠唱するほど魔法の威力は下がる……しかし、魔力の節約にもなるから魔力の乏しいものは短い小節で魔法を打つ。また魔法能力の高いものは短い小節でも大魔法を使える……先ほどのダンのように」

 ローザは険しい瞳でダンをにらみつけた。

「いったい何者なのかしら……あの男……」

 ダンは騎士候補たちの手を借り、尻餅の体勢から復活するところだった。

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