第15話 お姫様と魔法

 翌日、朝。

 今日は魔法の訓練だった。

 試験の時にも使った布袋を、今日は自分たちで立てる。

 今日の買い出しにはパン屋の息子のアベル他三名が向かっていて、今はいない。


 魔法の訓練場と剣技の訓練場は試験会場だった。

 ハロルド教官が何やらメモ書きを見ながら声を張り上げる。後ろには魔法騎士のローブを着た数名が控えている。

「えー、魔力量別に並んでもらう。名前を呼ばれた順に来い」

 ダンはホッと一息つく。ダンの魔力量は別にそう多いわけではない。

 この間の試験のように派手に魔法を使わなければどうとでもなりそうだった。

「さて、魔法とは、知っている者もいるだろうが、魔力量だけがすべてではない。いかに使いこなせているかは、魔法技量にも左右される。故に教えづらい科目ではある。魔力量でくくるのも、魔法技量でくくるのも、均一にはならないからだ」

 そうダンが高いのは魔法技量の方だ。魔力量は持って生まれた値からそう大きく増減しないが、魔法技量は磨けば磨くほど高まる。また、魔法属性にも多少の向き不向きがある。

 このみっつを合わせて魔法能力と総称している。

「よって魔法の訓練は魔力量別と魔法技量別、どちらにも分けて行う午前は魔力量別、午後はそれを見て魔法技量別だ。それでは名前を読み上げる!」


 ダンは中間くらい、ローザは上位に、ジョセフは中の上に配置された。

 ダンはそこでリリィと一緒になった。

「またいっしょだ」


 リリィが少し嬉しそうに笑いかけてくる。


「おお、リリィは魔法技量は高いよな」


 魔法試験のときに木で的をがんじがらめにしていたリリィを思い出す。


「実家が田舎だって言ったじゃない? 遊びが魔法くらいしかなくて……気付いたらあんだけなってて……これなら騎士になれるんじゃないかって。ほら、騎士団長補佐の女性騎士も魔法がすごいって噂だし」

「あ、ああ、そうだな、有名だよな」

 もちろんそれはアリアのことである。

 アリアはテラメリタ王国屈指の魔法使いだ。

 単純な魔法能力ならダンすらも凌駕する。

 もっとも正面から戦えば、体捌きも加味されるのでダンが勝るのだが。

「……ダンの試験の時の炎魔法、すごかったね」

 リリィがどこか探るような表情になる。

「あ、い、いやあ、すごかったな!! あんなの初めてでビックリした!」

「ふーん? ま、いいか。どっちにしてもこれから学んでいけばいいんだしね」

 魔法の暴発自体は珍しいことでもない。

 リリィはすんなりうなずいてくれた。

「そうそうそうそう!」

 ダンは激しくうなずいた。

「よし、始めるぞ。まずはローザ!」

「はぃ!?」

 ローザの返事は裏返った。

「お前の魔力量は試験時の計測の結果、訓練生の中でも二番目だ」

「……一番目は?」

「今は買い出しに行っている。お前が試験の時に第三小節詠唱でもあの程度だったのは魔法技量を一切磨いていないからだ。……魔法で遊んだことは?」

「あ、ありません……わたくしは箱入り娘でして……」

 何しろローザはお姫様である。魔法など使えなくとも困りはしない。

 必要な場面では周りが使って助けてくれる。

 魔法で遊ぶのは木登りのようなもので、危ないと忌避されることも多い。

「魔法技量は魔法を使えば使うほど磨かれていく。お前の魔力量なら、いつか大魔法を使えるようになるはずだ。まずは今日は魔力切れを気にせずに第五小節詠唱で魔法を打ってみろ。属性は好きなやつでいい」

「は、はい!」

 ローザは緊張に満ちた顔で、三十メートル向こうの的に向かって手をかざした。


 魔法は基本的には四属性、五詠唱に分類される。

 火、水、風、土の魔法を、一から五の小節で唱えることで、発動する。

「……ふう」

 大きなため息、そしてローザは魔法を唱えた。

「四大精霊よ、目覚めたまえ。水の精よ、我に力を。冷やし、押し流せ。対象を、濡らせ。魔力解放、全開放出!」

 手の平サイズの水がローザの手から噴出する。

 ローザはその勢いに押されて後ろ向きに倒れ、自然と手が上向き、水が上空へと撒き散らかされた。

「おおお!?」

「きゃっ!」

「わああ」

 悲鳴があちこちから上がる。

「も、申し訳ありません……」

 ローザは座り込んだまま、落ち込んだ様子でうつむいた。

 魔力を全力で放出したせいで立ち上がる力も残っていなそうだった。

 ジョセフが駆け寄り、ローザを立ち上がらせる。

「…………」

 しょんぼりした顔で訓練場の脇に退場するローザをダンとハロルド教官はじっと眺めていた。


「はあ……」

「はい、お嬢様、水を拭いてください」

 水を一番被ったのは彼女だった。

 ジョセフは懐からハンカチを取り出してローザに手渡した。

「ありがとう……あ、ダンが訓練に向かうわ!」

「あはは……まあ、魔法の訓練でスパイも何もないのでは?」

 ローザが頭を拭きながら、ダンの一挙手一投足を見守るのを、ジョセフは複雑な顔で見守っていた。


「ダン、お前は……、この魔力量で魔法をものにするには魔法技量を磨く必要がある」

「は、はい!」

 嘘である。

 ダンの魔法技量は最高練度だ。少ない魔力量でも十二分に火力を発揮することができる。

 ハロルド教官は疑わしげな目でダンを見た。

「……魔法技量を磨くには鍛錬あるのみだが……お前も魔法で遊んでこなかった口か?」

「遊びはしていましたが……」

 ダンは必死に言い訳を考える。

「俺は……ええと……どうも大雑把みたいでして……」

「では、第一小節詠唱、水の魔法で的に届くことを目標にしろ。お前の魔力量に普通の魔法技量ではこの距離を届かせることは……できない

「はい!」

(めっちゃ疑われてる……まあ、あれはしょうがないよな……)

 しかもここにはハロルド教官と訓練生のみならず、魔法騎士の目もあるのだ。

 下手なことはできない。

(ええと、魔力出力をなるべく抑えて……)

 魔法技量は磨いてしまえばなかなかごまかすことはできない。使っていないと衰えることはあるが、ダンは訓練を欠かしてはいなかった。

 忙しい書類業務の合間を縫って魔法の訓練にも剣の訓練にも時間を費やしてきた。

 となれば、コントロールできるのは魔力量である。

(ああもう、しち面倒くさい! やっぱ、試験の時に俺、魔法の天才でしたーってやっとけばよかった!)

 そう悔やみながら、的に手をかざした。

「火の精よ、我に力を」

 シンプルな第一小節詠唱。ダンの指先から小さな火の玉がポンと現れ、そして数メートル浮遊すると落下した。

「……難しいっすね!」

「……そのようだな」


 それをローザとジョセフは見ていた。

「……しょぼい」

 ローザはきっぱりと断じた。

「……や、やっぱりあいつがすごいやつだったなんて……偶然だったんじゃ」

「それはありえません。あの時の……試験の時の魔法能力は専門職の魔法騎士と比べても遜色ないものでした。今がごまかしているのでしょう」

 ローザは冷静だった。

「…………そう、ですかねえ」

「そうですよ」

 ふたりがそう囁きあっていると、ハロルド教官から大声が飛んで来た。

「おい、ジョセフ! 次はお前だ!」

「あ、は、はい! いってきます」

 ジョセフはローザがうなずくのを確認すると、転がるようにハロルド教官の元へと駆けていった。

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