第14話 お姫様と指南
ダンもそつなく馬の試験をこなし、乗馬の指南はダンたちも教師側に立つことになった。
「ローザ様!」
すばやくジョセフがローザに近付く。
「乗馬を教えてください!」
「え、ええ……」
ジョセフの勢いにローザは少し苦笑いをした。
「ほら、怖がってはいけません。馬は繊細なのです。あなたが怖がっていては、馬も怖がってしまいますわ」
「は、はい……!」
「まだ声が震えています。まずは深呼吸なさいな」
ローザがジョセフに指導してるのを横目にダンは頭を抱えていた。
「…………すまん」
ダンの横でフレッドが気まずそうな顔をする。
「謝ることはないけど……」
馬は二メートルの長身のフレッドでも乗せられるだけの力はある。
しかしながら、フレッドの醸し出す威圧感に馬が逃げていってしまう。
まず彼らは馬探しから難航していた。
「……ハロルド教官ー」
「なんだ」
数人にまとめて指導を行っていたハロルド教官が厳しく答える。
「……フレッドが乗れるような肝の据わった馬いないですか?」
「ここにはいない……いるとしたウィーヴァー隊に……いや、もうウィーヴァー隊ではないのか、めんどうだな……」
「んー」
さっきの今で借りに行く、というわけにもいかなそうである。
(王宮騎士団の訓練された馬なら問題はないんだけどな……)
ダンは心中ぼやく。
結局、この時間、皆が乗馬の訓練をするのをフレッドはただ眺めて過ごした。
一方、ジョセフ少年は馬に何とか跨がり、歩き出せるようになっていた。
「の、乗れた! 乗れました!!」
「こら、大声を出したら……!」
ジョセフの大声に驚いた馬が少年を振り落とす。
「もう……」
ローザはため息をついた。
他の訓練生も似たり寄ったりだった。
途中で振り落とされる者、そもそも乗るのに足腰が震えてどうにもならない者、馬にいきなり噛みつかれる者……。
そもそもフレッドなどスタートラインにも立てていない。
前途が思いやられた。
「……くっ、テラメリタの民ともあろうものがここまで馬を乗りこなせないだなんて……!」
馬は建国の立役者だ。王家の人間として思うところがあるのだろう。ローザは拳を握り締めた。
「ごめんなさい……」
泥だらけになってジョセフがうつむく。
他の経験のない訓練生も似たり寄ったりで訓練場のあちらこちらで泥にまみれていた。
「よし! 本日の乗馬訓練はここまで! 夕食の準備前に水を浴びてこい!」
「はい!」
馬の訓練は中途半端なまま、解散となった。
男性陣は井戸に集まって冷水を頭から浴びる。
訓練生寮には入浴施設もあるが、寒い時期にならないと開放されない。
この春の暖かさでは開放してもらえないだろう。
女性陣は手足だけを拭いていた。
「水の入ったバケツ、屋根裏部屋まで運ぼうか? 体も拭きたいだろう?」
フレッドがそう声をかける。
「あら、紳士」
「お言葉に甘えちゃう?」
リリィとキャサリンが楽しそうに笑う。
「お願いいたします」
ローザが折り目正しく頭を下げた。
王宮では毎日湯浴みをしているだろうに、これに耐えるとはなかなかに忍耐力のあるお姫様だと、ダンは感心した。
「あ、じゃあ、僕も……」
ジョセフが彼女らに近寄る。
「いや、お前の体格じゃバケツ持つのも大変だろ、それにお前には夕食の準備の方に取りかかってほしいしな」
「うう……いや、フレッドさんだって調理の即戦力ですよ!」
ジョセフの反論にフレッドは納得する。
「あー……それはそうだけど……よし、ダン、バケツ頼んだ」
「……頼まれた」
今朝の惨事を思い出し、ダンは素直にバケツを持ち上げた。
「ありがとうございます、ダン」
「どういたしまして、使い終わったバケツは廊下に出しといてくれ、夕食後に取りに来る」
「はい」
ダンがバケツを置いて階下に去って行く。
「いやあ、助かるね」
「優しいよね、フレッドもダンも」
そう言いながらキャサリンとリリィは服を脱ぐ。
バケツに布を浸し、体を拭いていく。
「髪も洗いたいけど、さすがにそうもいかないよね」
「乾かす時間ないもんね」
「ローザちゃんは大丈夫?」
「ローザちゃんくらいになるとやっぱりお家にお風呂ありそう」
「ええ、まあ……慣れますわ。慣れませんと」
ローザは微笑んだ。
「立派な騎士になるために……がんばります」
ローザたちが階下に降りる頃には、料理の工程は半分ほどが終わっていた。
「何手伝うー?」
キャサリンがまっさきに調理場へ飛び込んでいく。リリィもそれに続く。
ローザはおとなしく隅っこで皿を数えているダンの元へ駆け寄った。
「……ジョセフはすっかり調理場で輝いてるわね」
どこかすねたようにローザはつぶやいた。
「ジョセフは元々料理してたんだろう?」
ダンはそう尋ねてやる。
「……ええ、いついかなるときも生き延びられるようジョセフは教育されていますから」
正しくはローザ姫を生き延びさせられるように、なのだろう。
皿を磨きながらダンは思う。
「まあ、あれだ、それぞれ得意不得意があるのが人間だし、それを助け合うのが騎士団ってもんだろう」
「知った風な口をききますわね」
「……ま、まあな! ほら、俺は西の国境出身だから騎士団への憧れは強いんだよ!」
「だったら、やっぱりダンもダニエル騎士団長のことを尊敬している?」
「……どう、だろう」
ダンは複雑に笑った。
「会ったことのない英雄より、身近な配給をしてくれた騎士たちの方が……俺は……」
「そうね、戦場に近かったなら、そうもなるのかしら……」
ローザはダンの顔に確かな寂しさを見た。
その表情は真に迫っているように見えた。
やはりスパイではないのだろうか、いいや、この話が他国の兵士の話をそれっぽく話している可能性だってある。
ローザは気を引き締める。
二人は黙々と皿を拭き続けた。
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