第19話 騎士団長と一仕事
ダンには悩む暇はなかった。
次々と盗賊たちが小屋から出てくる。
「……裏手に出さないでほしいんだけどなあ」
音を聞きつけてダンはぼやきながらも小屋の裏手に走った。
森の向こうに走り去ろうとする背中が見えた。
「四大精霊よ、目覚めたまえ。地の精よ、我に力を!」
逃げている男の付近の木が蠢き、枝が伸びて男を縛り上げた。
「うわあああ!?」
状況の理解できていない男の悲鳴が聞こえたが、ダンは無頓着にそのまま木の枝で男の体を締め上げた。
男ががくりとうなだれたのを確認したダンの頭が、思いっきり殴られた。
「いてっ」
この感触は木の棒か何かだ。
そう思いながら、前のめりに倒れ、即座に地面で転がる。
上を向けば棍棒を構えた盗賊がいた。
「うらっ!」
足を蹴り上げ、顎を狙う。
反撃がすぐ来るとは思っていなかったのだろう。油断しきった盗賊の顎をダンの足先は綺麗に捉えた。
盗賊が倒れ伏す。その首筋にはやはり刺青があった。
「ったく……いてて、血出てる、これ」
後頭部を擦ると血が手にべったりついていた。
「光魔法は履修してないんだよな……」
魔法は主に四大属性だが、特殊属性として光魔法と闇魔法がある。
光魔法は治癒魔法で、騎士団でも重宝されている。アリアはこれが使える。
西の国境戦ではよくせわになったものだ。
アリアレベルになると千切れかけた腕くらいなら、繋ぎ止めることができる。
闇魔法についてはダンはよく知らない。
使い手に会ったこともない。
「さて……」
血をそのままにして、ダンはフラフラと小屋の周りを歩く。
自分が倒した盗賊たちを眺めていると、オリバー副隊長補佐たちが盗賊団を引きずりながら小屋から出てきたところだった。
「……あ、オリバー副隊長補佐」
「お疲れ、ほとんど済んだ……。だ、大丈夫か、その頭」
ダンがダラダラと流す血に気付き、オリバー副隊長補佐の顔が引きつる。
「大丈夫です。棍棒で殴られました」
「……そうか、キドニア! 手当てしてやれ」
「はい!」
「カール、魔法封じの縄を持ってこい!」
「はい!」
地面に座り込んで、キドニアの手当をおとなしく受けながら、ダンはキドニアに尋ねる。
「あの、キドニアさん」
「なんだ、痛いか? すぐ手当てするから我慢しろ」
「いえ……盗賊団、皆刺青してましたよね?」
「してたな。場所はそれぞれだったが……それがどうした? ごろつきが同じ刺青するくらい珍しくないだろう」
「まあ、そうなんですが……ええと……あの、俺、ここに前に王都に見学しに行きまして」
「ほう?」
「そうしたら、王都って新聞貼り出されているんですね、それにこのマーク載っていたんですよ」
「何?」
「南部暴動の主犯格グループのものでした」
「……なんで、そんな奴らがここに……いや、そいつらとウィーヴァー元隊長がつながってた……?」
キドニアは戸惑いながらも手当てする手を止めなかった。
「……終わったぞ」
「ありがとうございます」
「……とりあえず、オリバー副隊長補佐に報告して指示を仰ごう」
「はい」
おそらくウィーヴァー隊の一同はウィーヴァー元隊長の盗賊団との繋がりを見逃していたことを隠すつもりだったのだろう。
しかしそれが南部暴動の主犯格グループと関わりがあるとなるとそうもいかなくなってくる。
「……めんどうなことになったな」
キドニアがポツリとつぶやいた。
盗賊団のアジトの外では、オリバー副隊長補佐とカールが盗賊団をひとまとめに縄で縛り上げているところだった。
その数合計十六人。全員目は覚ましていた。
「よし、このまま牢獄まで連れて行く、ほら、お前ら立て!」
「オリバー副隊長補佐、ちょっと」
「うん?」
キドニアがオリバー副隊長補佐に囁く。
「……ダン、それは本当か」
オリバー副隊長補佐が険しい声でダンに声をかける。
「はい、間違いありません」
「…………」
オリバー副隊長補佐は苦渋の表情をした。
「ど、どうします? 副隊長補佐」
キドニアの問いに、オリバー副隊長補佐はようやく答えた。
「……こうなっては副隊長に判断を仰ぐほかないだろう」
「そう、ですよね……」
「とにかく詰め所に戻るぞ」
一人蚊帳の外のカールがきょとんとしながら縄を引っ張る。
カールが先導、キドニアが後ろの縄を掴み、オリバー副隊長補佐とダンが盗賊団の左右に並んで同じく縄を持つ。
(何人かは外に逃がしたとは言え、ざっと十人を三人で……まあ、性格のわりに実力はあったな)
ダンは素直に感心しながら森の出口に向かう。
街道が見えてきた。明かりが差してくる。
その瞬間だった。
「逃げるぞ!」
盗賊の中の誰かが叫んだ。
カールが後ろから蹴られる。
「あ、くそ!」
相手は十六人、本気で同じ方向に逃げようとしたら力負けは必須だ。
「…………」
オリバー副隊長補佐が無言で剣を抜いた。
「片っ端から……叩き切る」
「ま、待ってください!」
キドニアが叫ぶ。
「それではこいつらの素性がわからなくなるかも……」
「町に逃げ込まれる方が最悪だ!」
正しい。
森のすぐ側には住人がいる。人質にでも取られたらたまらない。
仕方ない。ダンも剣を抜いた。
「……虫けら共があ!」
オリバー副隊長補佐がそう叫んで手近な盗賊に斬りかかろうとした、ちょうどその時だった。
「四大精霊よ、目覚めたまえ。地の精よ、我に力を。肥やし、栄えよ。対象を、包み込め」
魔法詠唱。それと同時に、ダンたちの足元の地面が、大きく崩れた。
「うおっ!」
ダンは慌てて飛び跳ね、崩れていない地面に着地した。
しかし、盗賊団十六人とオリバー副隊長補佐たちは崩れた大地の中に消えていった。
「だ、大丈夫か!?」
「い、生きてはいる!」
オリバー副隊長補佐からは返答があった。
「誰だ! こんな乱暴なことするやつは!」
「私、私。オリバーがちゃんとお使いできたか迎えに来たの。……まあギリギリ合格って感じかしら」
「……こ、この声は」
それは、嫌というほど聞き覚えのある声だった。
「はあい! ダニエル騎士団長……あなたこんなところで何やってるの?」
それはハキハキしながらも小さな声だった。地面の下のオリバー副隊長補佐たちには届いていないだろう。
「エミリア副隊長!」
「はあい! オリバー、カール、キドニア、生きてる? 生きてるかしら?」
「な、なんとか……」
「よかったよかった」
森の外、陽射しを浴びながら快活に笑う黒髪黒目の女、かつて西の国境戦でダニエルたちとともに戦ったエミリアがそこにはいた。
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