第3話 騎士団長、剣を取る
魔力試験が終了した。
一度騎士候補たちは整列する。
その整列はとてもではないがベテラン騎士たちの隊列の美しさには及ばない無秩序なものであった。
「よし! では次に剣技の試験に移る! 適当な者とペアを組み、剣を打ち合え! これは決して勝ち負けだけを見るものではない! 相手を打ち負かせば良いというものではないから、あまり躍起になるな! 例年これで酷い怪我をするものが出るからな……」
試験監督官は後半、ちょっと呆れたように言った。
怪我人が出るような試験方式は改めた方が良いのではないだろうか。
ダンは脳内の『アリアに報告することリスト』に書き付けた。
もちろんそのリストの最重要事項にはローザ姫のことが書かれている。
(ローザ姫……いったい何故このようなむさ苦しい危険な場所に……?)
騎士候補たちは各々木剣を手に取り、ペアを組む。
大体同じ年頃、背格好の者と組んでいるようだ。
ローザ姫のことを考え込んでいたダンはペアを組むのが遅れ、残っていたのは背丈が二メートルを優に越える大男だった。
大男はスキンヘッドに眼光鋭い銀の目をしている。
「よろしく」
ダンは握手のために手を伸ばした。
「ああ」
大男はにやりと笑うと握手に応じた。
見た目通りの握力で、ダンの手が強く握りしめられた。
「おいおい、さっきの暴発魔法のやつ、フレッドにあたったぜ」
「荒くれ者のフレッド……ここいらじゃ有名な乱暴者じゃないか。何を目的に騎士団に……」
「可哀想に……」
周りからそういう声が漏れ聞こえる。
(そういうタイプか。ふむ。いや、それよりローザ姫は……)
探せばローザはジョセフと組んでいた。
ひとまず胸をなで下ろす。
(二人は知り合いのようだったからな。差し詰め王宮の下働きか乳兄妹か……。何にせよジョセフ少年がローザ姫を痛めつけるってこともないだろう。よし、俺はこのフレッドとやらに集中する)
「用意!」
ペアが組まれたことを確認し、試験監督官が声をかける。
試験官たちは方々に散って、騎士候補たちは四方八方から試験官たちの目にさらされていた。
「はじめ!」
一斉に声を上げ、剣の打ち合いが始まる。
大男フレッドは木剣を高く持ち上げ、力任せに振り下ろした。
木剣で受ければ木剣が折れる。
それが分かる剣速に、ダンは一歩後ろに下がった。
しかしフレッドの剣の勢いは止まらない。
地面がえぐれ、土が舞い飛ぶ。
(見た目通りの剛力!)
フレッドは地面に打ち下ろした剣を引っこ抜くと再び上段に構えた。
足の長さを生かしてダンとの距離を即座に詰めてくる。
今度は走りながら木剣を振り下ろす。
木剣が風を乱暴に切る音。
しかしダンはまたこれを避ける。
最小限の動き。
今度はフレッドも避けられることを想定していたのか、木剣は地面に当たる前に止まった。
そしてフレッドは再び木剣を振り上げる。
「それじゃあダメだ、フレッド」
「あん?」
「そう大ぶりでは当たる物も当たらん」
「試験中に他人にアドバイスとは、余裕だな!」
フレッドはそう叫んで今度は木剣を横になぎ払う。
「他人ではない。お前たちは俺の部下……候補だ」
「…………?」
ダンの返答に怪訝そうな顔をしながらフレッドは木剣を振り続ける。
「だから、指導も俺の仕事だ」
その呟きは小さくフレッドには届かない。
ダンは木剣を構えた。
そして彼はフレッドが力任せに左右に振る木剣ではなく、フレッドの体を見据えた。
「剣の動きに目がくらむほど、未熟ではなくてな」
ダンは剛速球で振り回される木剣をかいくぐり、フレッドの腹に木剣を突き刺した。
もちろん訓練用の木剣である。体を貫通するようなことはない。
しかしあまりに鋭い衝撃にフレッドの体はくの字に折れ曲がる。
「ぐはっ!」
腹を押さえてフレッドが膝をつく。
「フレッド……君の膂力はすばらしい。是非騎士団にほしい。しかし力にばかり頼るな。相手を見る目と戦略を練る頭を鍛えろ。そうすれば君は騎士団でも上に行けるはずだ……」
ダンの声を遠くに聞きながらフレッドは気を失った。
ダンはフレッドに駆け寄り抱き起こす。
重たい体を軽々と抱き起こし、地面に横たえた。
フレッドは気を失っていたが呼吸は正常だった。
「ふう……」
ダンはほっと一息ついた。
「ダン!」
「うお!?」
大声に振り向くと、試験監督官がダンの後ろに近寄ってきていた。
(フレッドに気をとられていたとはいえ音もなく……! さすがベテラン! さすが手練れの試験監督! これが暗殺者だったら危なかった!)
ダンは脳内で試験監督官を褒め称えた。
「す、すみませんフレッド気絶させちゃいました……」
「構わん。一発で済ませたのだからマシな方だ」
試験監督官の言葉に周囲を見渡すと、相手をタコ殴りにして試験官や他の騎士候補に止められているものが数名いた。
他にも積極的に打ち合えずジリジリと構えあっているだけのものもいる。
ローザとジョセフもこちらであった。あれでは実力を見せるにも及ばない。
試験監督官がフレッドの脈を確認する。
待機していた救護班を呼んで、試験監督官は再度ダンに話しかけてきた。
「ダン、この試験は何を見ていると思う?」
「……剣の腕前」
違うと分かっていながらダンはそう答えた。
「もちろんそれもある。しかしこの試験はそれぞれの素質を見ている。フレッドのように闇雲に剣を振るもの、あいつらのようにやり過ぎるもの、あの少年少女のように積極的に打って出れないもの……すなわち騎士団に入団した後にこいつにはどういう指導をすれば良いのかを見極めたいのだ」
「なるほど」
ダンにも覚えがあった。
確かにアリアの剣技の試験を見た時思ったものだ。
こいつは冷静だが慎重すぎる、と。
その冷静さを高く評価しつつ、時には大胆に打って出ることをアリアに教えたのはダンだ。
おかげで彼女は頼りになる副官に成長してくれた。
「というわけでダン……お前はまだ見せていない。素質のすべてを」
「そう、でしょうか……」
ダンは冷や汗をかく。
別に抜きたくて手を抜いたわけではない。
全力を出す前にフレッドが倒れてしまっただけだ。
「構えよ、ダン。お前の素質を見抜かせてもらう。俺が相手だ」
試験監督官が木剣を構えた。
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