第7話 運命

 俺は少女の顔をジッと見る。

 何故か見覚えがあったからだ。

 初対面なのは確実なのに。


「退いて」

「あ、ごめん」


 彼女も受付に用があったのか、さっき俺が話してた受付嬢の人に何かを渡す。

 依頼でも出していたのだろうが。


「……はい、討伐部位の確認終わりました。依頼達成、おめでとうございます」

「えっ!?」

「……」


 受付嬢から報酬を貰う少女。

 つまり彼女は依頼主ではなく、魔獣を討伐して報酬を貰う側の『冒険者』だという事になる。


 信じ難い事実だった。

 あの華奢な体のどこに、そんなパワーが秘められているのか……とても気になる。

 そこで杖の存在を思い出した。


 杖は魔法使いの触媒としてポピュラーで、所持するだけで魔法の成功率や効果を高める。

 彼女が魔法使いなら、あの小さな体でも魔獣と対等以上に渡り合える事が出来てもおかしくない。

 人は見た目によらないとはよく言われるが、異世界エデンではそれが顕著になるって事か。


「じろじろ見ないで」

「あ、はい……」


 なんて考えていたら、少女が顔を向けずに声だけで俺を非難する言葉を飛ばしてきた。

 全くその通りなので、直ぐに視界から外す。


 あらぬ疑いをかけられる前にその場から去る。

 俺はノーマルだ、ロリコンではない。

 可愛い子だとは思うけどさ。








「戻りましたー」

「お、帰って来たか」


 黒色冠へ戻ると、店長が出迎えてくれた。

 客は一人も居ない。


「これ、素材です」

「おう。んじゃちょっと確認するぜ」


 店長は素材の入った箱を開ける。

 中には銀色の鱗と爪が十個ずつ入っていた。

 これがフルメタルリザードの鱗と爪なのだろう。


「おし、ニセモノじゃねーな」

「そんな事あるんです?」

「タチの悪い冒険者だと、ニセモノを納品として素材を懐に入れちまうんだ。ま、バレた瞬間に冒険者資格を永久に抹消されるから、滅多にいないがな」


 そういう事もあるのか。

 もし俺にフルメタルリザードについて知識があれば、その場で確認しても良かったかもしれない。


 ここで働く以上、今後も魔獣の素材は取り扱う事もあるだろうし……ちゃんと勉強しないと。


「それで、坊主は初めてのギルドはどうだったよ」

「絡まれるかと思いましたが、何も起きませんでした」


 すると店長は大声で笑う。


「ははっ、そりゃそうだ! 一般人に手を出しても冒険者資格は剥奪されるからな!」

「厳しいんですね、冒険者も」

「そりゃあお前、自由と無法は違うからな」


 さらりと言う店長の言葉に納得した。

 冒険者は自由な職業だが、だからと言って何をしても許されるなんて事は無い。

 その辺りの管理はギルドもしっかりしてるようだ。


 冒険者の信用低下は、ギルドの不利益にも繋がる。

 組織として大きくなりすぎたから一度の違反で資格剥奪等、規則も厳しくなっているのだろう。


 俺のようなか弱い小市民からしたらありがたい。

 ギルドに居た連中、怖そうなのばっかりだったし。

 なるべく関わり合いは避けたい。


「ああ、そういえば」

「どうした?」

「一人気になる冒険者と会って……」


 水色髪の少女が脳裏に浮かぶ。

 人形のように愛らしく、一切変化のない顔。

 彼女について店長に話す。


「まだ子供の冒険者が居たんですよ、しかもその子一人で依頼を受けていたみたいで。どれだけ凄い魔法使いなのか、検討もつきませんよ」

「ん……? 子供の冒険者だと?」


 店長が食いついた。

 顎に手を添えながら言う。


「そいつ、女で水色の髪をしてたか? 似合ってねえ眼鏡も付けてたろ」

「え……そ、そうですけど」

「やっぱりなあ、ここら辺じゃ子供の冒険者なんて、アイツしかいねーからな」


 がははと笑う店長。

 どうやら彼の知り合いだったようだ。

 もしくは冒険者界隈の有名人?


「坊主、そいつは見た目は幼いが、歳はお前とそう変わねーぞ」

「ほんとですか!?」

「おう、ドールって名前の女だ。仕事の手際が良くてな、何度か指名依頼で世話になってる」


 これはまた意外な繋がりだ。

 世間は広くて狭い。

 彼女とは偶然会っただけなのに。


 妙な縁があったものだ。


「いつか仕事で会うかもな」

「あー……その時が楽しみですね」

「何だ、なにかやらかしたのか?」

「どうでしょう、向こうは多分俺のことなんて既に忘れていると思います」


 あの冷たい眼差し。

 まるで世界そのものに飽いてるようだった。

 実際何を考えているかなんて分からないが。


「ま、そんなもんだろ。そろそろ仕事に戻るぞ」

「はい!」


 話したい事は一通り吐き出せた。

 これで憂いなく仕事に集中できる。

 それから三十分もすれば、ドールという名の少女冒険者の事は頭の片隅に追いやられていた。



 ◆



 その噂は少しずつ……だけど確実に広がっていた。

 世界の危機に立ち向かう為、創造神ヴィナスによって導かれし救世の勇者。

 世界各地に現れては、颯爽と問題を解決する。


 噂には尾ひれがつきものだが、こと勇者に関しての偉業は尾ひれがつく隙も無かった。


「なあ、勇者の噂を聞いたか?」

「もちろん。今度は魔獣の軍勢をたった一人で一掃しちまったんだろ?」


 ここはとある酒場。

 庶民に愛される憩いの場。

 得てしてこういう所にこそ、根も葉もない噂の発生源は生まれ世間に流れる。


 言わば噂の源。

 今日も新たな『ネタ』がやって来る。

 俺は度数の低い酒を飲みつつ、耳を傾けた。


「あ? 俺が聞いたのは封印が解かれた悪魔を瞬殺した話だぞ?」

「いや、俺が聞いたのは––––」


 こんな感じで、様々な勇者の噂が乱立している。

 そして恐らく……その全てが真実だ。

 どうやら一般市民に対しては勇者の数を公表してないようで、一人の勇者の偉業として語られている。


 これはある程度、意図的なものだろう。

 各地に派遣されその力を振るうクラスメイト達。

 危機の解決は人伝に広まり、やがては王都に集中して『勇者個人の武勇伝』として定着する。


 そうすればより、民衆の支持を得られるからだ。

 勇者の正式なお披露目は、支持が盤石になった時に行われると予想している。

 まあ、既に俺には関係ない事だけど。


「はい、お待たせしました!」


 ドンッと、勢い良く料理がテーブルに置かれる。

 鶏肉を蒸し焼きにした一品だ。

 黒っぽいソースは醤油に似た香りがする。


「……注文した覚えないけど」

「ふふ、サービスです」


 顔を上げると、俺と同じ年頃の少女が居た。

 セミロングの茶髪で今はエプロンを纏っている。

 彼女はくすくすと面白がるように笑っていた。


「いつもお父さんがお世話になってますから」

「世話になってるのは俺の方だよ」


 彼女の名はベリー。

 あの店長の娘さんだ。

 この酒場の店員をしている。


 ちょっと前に店長から紹介された。

 紹介と言っても、男女のそれでは無い。

 ベリーが偶然黒色冠に訪れていたからだ。


 可愛い子だなー、と思って声をかけたら、店長にものすごい形相で睨まれたっけ。

 その瞬間に手を出す気概は消え失せた。


「でも最近、勇者様の噂で持ちきりですねー」

「まあ……それまで未解決だった『世界の危機』を次々と解決してるらしいからな」


 フォークで蒸し鶏を突き刺しながら言う。


「ユウトさんは、あまり好きそうじゃないですね」

「何が?」

「勇者様の噂です」

「……」


 中々ど直球だな、この子。

 誤魔化すついでに蒸し鶏を口へ運ぶ。

 しっかり咀嚼して飲み込む……うん、美味い。


「別に、俺とは違う世界の話だからさ」

「えー、そうですか? まあでも確かに、世界の危機って言われてもピンときませんねえ」


 うーん、と唸るベリー。

 俺も同意見だった。

 世界の危機。


 結局具体的に何なんだ?

 ロマノフ団長もよく分かってないみたいだし。

 俺達は何と戦うために、召喚されたんだ。


「おかわり頼む」

「はーい、こっちはお金取りますからねー」

「分かってるよ」


 追加で酒を頼む。

 かなり度数が低いから、まあ大丈夫だろ。

 飲酒なんて、日本に居た頃じゃ考えられない。


「お待たせしましたー」


 ベリーが持って来た酒を一気に飲む。

 世の中は分からない事だらけだ。

 この瞬間くらいは、何も考えたくない。

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