低級魔法を極めし者
トラップ
第1話 召喚
––––大変なことになった。
それは今の俺の、嘘偽りない心境。
まだ十七年間しか生きてない小僧だが、それでもこの先同じ事は二度と起きないだろう……そんな風にさえ思えてしまう事態に、俺は––––いや、俺達二年四組の生徒は直面していた。
「勇者様方、どうかこの世界をお救いください!」
目の前で、白衣を纏った老人が頭を下げている。
周囲には似たような衣服を着た人物が沢山居て、全員が俺達を値踏みするかのように眺めていた。
あまり心地良い視線では無い。
そもそもどうしてこうなった?
俺––––
今日はただの火曜日だった。
いつも通りに登校し、朝のホームルームを受けてから一時間目の授業の準備をする。
授業は難なく進み……やがて、三時間目へ。
数学の教科書を開いていたと思う。
パラパラと教科書をめくりながら、ぼんやりと、どうでもいい事を考えながら過ごしていた。
だけど突然、教室全体が輝く。
誰かのイタズラかと思ったけど、光は徐々に強まり、気づいたらクラスメイト達と光に飲まれていた。
そして、ここに至る。
「……分からねえ」
直前の出来事を探っても事態解決の糸口は掴めず、むしろ謎が深まるばかり。
こんな事ならもっとシャーロック・ホームズの本でも読んで、推理の勉強をしておけばよかった。
「皆んな、まずは落ち着くんだ! 騒いでいたら、解決出来ることも解決できない!」
パニック一歩手前のクラスメイト。
それを止めたのは一人の男子生徒だった。
高い身長と茶髪が特徴的な彼は、教員生徒問わず学校中の誰もが知る有名人。
名を、
光山は圧倒的なカリスマで皆をまとめ上げる。
瞬間、白衣の老人の目が細まり、まるで待っていたとばかりに彼を見ていた。
……リーダーの存在を確認したのか?
あいつらの目的は何なんだ、一体。
考えたところで、何も解決しないけど。
「貴方達の目的は、何ですか?」
なんて思っていたら、光山が正面から言う。
誰もが聞きたかったことなのでありがたい。
白衣の老人はさらりと返す。
「その話も含めて、説明させて頂きます。ここは話し合いの場には不都合ですので、移動しましょう」
確かにここは……石室?
壁も床も石で作られた空間だった。
お世辞にも居心地は良いと言えない。
「分かりました。皆んなも、良いよな?」
断る理由も無い。
全生徒が頷き、石室を出る。
そういえば、教員はどうした?
室内をぐるりと見渡す。
しかしその姿は何処にも無かった。
彼は最初から居ない、もしくは……考えたく無いけど、俺達が目覚める前に連れて行かれた、か。
全員で石室を出て数分後。
意外にも早く別室……客間のような所へ到着する。
どうやらあの石室は地下にあったようで、ここは何らかの巨大な施設のようだ。
部屋を出る際に階段を登ったから間違いない。
薄暗く湿っていたのも、それが理由か。
で、全員が用意されていた席に着くと、白衣の老人は街頭演説のようにスラスラと事の経緯を話した。
長かったので、自分の中である程度整理する。
前提として、今俺達が生きているこの国は日本ではなく、それどころか世界そのものが違うようだ。
地球に存在しない国家、別世界。
つまりは––––異世界。
どんな因果か、教員を除く二年四組全員が地球を離れこの異世界【エデン】へと召喚された。
それも世界を救う使命を帯びた勇者として。
まるでアニメやゲーム、ライトノベルのようだ。
俺もその手の作品はいくつか知っている。
だけどまさか、自分がこうして実際に体験するなんて夢にも思わなかった……
無事に帰れたら誰よりも早く自伝本を出版しよう。
閑話休題。
俺達を召喚したのはフェイルート王国だ。
文明レベルの詳細は不明だが、着ている衣服や部屋の装飾などを見る限り、地球の中世ヨーロッパと似ている部分が多々ある。
あくまで似ているだけで、大元は違うだろう。
何せこの世界には魔法がある。
白衣の老人が信用を得る為いくつかの魔法を披露してくれたから、恐らく本当なのだろう。
現実感はあまり無いけど。
いつまでも逃避を続けるワケにはいかない。
人間が何に対しても慣れる生き物で助かった。
……またしても考えが逸れた。
えーと、なんだっけ。
ああそう、フェイルート王国が俺達を召喚した理由をまだ纏めていなかった。
簡潔に言うと、世界救済。
どうやらこの世界は現在、未曾有の危機に陥っているらしく年間多数の死者が出ているようだ。
危機とやらは様々で、凶暴な獣の暴走だったりあり得ない気候変動、過去封印されていた怪物の封印が突然解けたり……危機そのものは形を持たず、様々な姿で人間に害を与えている。
そんな脅威から人々を守る為、世界各地へ赴き事件を解決してほしい……というもの。
ハッキリ言わせてもらうと––––なんで?
事件解決なんて自分達でやればいい。
そもそも自国の、引いては自分達の世界の問題を、どうして全く関係無い俺達に丸投げするのか。
だいたい危機って何だよ、危機って。
抽象的すぎるっての。
頼み事があるなら最低限、解決するべき案件について調べておくのが常識だろうが。
それに平和な日本で暮らしていた、タダの学生の俺達に世界救済なんて不可能だ。
こんなの子供でも理解できる。
クラスメイトも同じ考えだったのか、白衣の老人が一通り語った後、微妙な表情で彼を見ていた。
光山でさえ不安な顔色を浮かべている。
「––––以上です。申し遅れました、私の名はテイルド。フェイルート王国の神官長です」
「テイルドさん、質問いいですか?」
「勿論、何なりと」
光山が代表して、クラスの総意を伝える。
「期待していたころ悪いのですが、俺達に世界を救済する力なんてありません。全員ただの子供です」
「いいえ、あります」
テイルドは断言する。
冗談を言っている雰囲気は無かった。
あまりの気迫に一瞬言葉を失う。
「皆様を召喚したのは我らが崇める神、創造神ヴィナス様の神託によるものです。そして神託にはこうもありました、勇者様方は全員、こちらの世界へ来る際に世界救済を成し遂げるだけの力が授けられる、と」
恍惚とした表情で神託について熱弁するテイルド。
ああ、そういうことか。
彼らが俺達を召喚した、本当の理由。
神託を受けたから、ただそれだけ。
宗教が絡めば理屈なんて無意味だ。
神がやれと言った、だからやった……そこにあるのは論理的な思考ではなく、盲目的信仰だけ。
「皆様もお気づきではないでしょうか? 体に満ちるヴィナス様の神々しいお力が」
「……確かに、こっちに来てから妙に調子が良い」
光山がそんな事を言う。
プラシーボ効果か? 俺はいつも通りだ。
だが次々とクラスメイト達が調子が良いとか、力が漲るとか言い始める。
え、おかしいのって俺?
なーんにも感じねーぞ。
「勇者様方、どうか世界をお救いください!」
テイルドが再び、今度は光山に対して強く告げる。
光山は真剣な顔つきで思案していた。
「……元の世界へ帰る方法は、あるんですか?」
「無事に世界救済を成し遂げたその時には、ヴィナス様がどんな願いも叶えてくれるでしょう」
どんな願いも叶える。
その部分に、一部のクラスメイトが反応した。
え、どう考えても嘘だろ。
「皆んな、俺はやろうと思う。世界救済なんて大それた事は出来るか分からないけど、困っている人々を見捨てる事なんて、俺には出来ない。それに帰る方法がそれしか無いなら、どのみちやるしかない!」
ぐっと拳を突き上げる光山。
完全に自分の正義感に酔っていた。
元の世界でも偶にこういう事があったな。
光山とは中学が同じだった。
あの時の事件は、苦い思い出である。
彼の取り巻き達は賛同していたが、そうでない者からすれば良い迷惑だった。
だが、この状況で断ることもまた難しい。
右も左も分からない世界。
もし世界救済を断って、ならば必要無いと放り出されたら、果たして生きていけるだろうか?
困難を極めるのは容易に想像できる。
よって、ほぼ強制的に総意は決まった。
たった一つしかない選択肢を、選ばされる形で。
「テイルドさん、俺達やります!」
「流石は勇者様方、ありがとうございます!」
笑みを浮かべるテイルド。
その怪しい笑顔は、罠に獲物がかかったのを喜ぶ猟師のようだと思った。
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