第10話 初依頼

 ある日。


「坊主、ちょいといいか?」

「今行きます」


 仕事の最中に店長から呼び出しを受ける。

 ミスをした覚えは無いが。

 とにかく言われた通り裏側のスタッフルームへ。


「え?」

「……」

「ま、手短に済ますから楽にしてくれ」


 部屋へ入ると、ドールの姿がそこにあった。


 この前広場で遭遇した時と違い、しっかり黒色のローブをてっぺんからつま先まで着込んでいる。


 傍らには杖と本。

 サイズの合ってない眼鏡が目立つ顔は、いつも通りに無表情だった。


「店長、これは一体?」

「安心しろ、全部説明するからよ」

「は、はい」


 俺も着席する。

 対面に店長、その隣にドール。

 まず始めに店長が口を開いた。


「そうだな、分かりやすく言うと坊主、お前に仕事を頼みたい。だがそれは断ってもいい」

「どうしてですか?」

「ちと危険だからだ」


 店長から仕事を与えられるのは日常茶飯事だ。

 しかし今回は受けるも断るも自由。


 一体どんな内容なんだ。


「どんな仕事なんです? それにもよります」

「おうよ。実はこの前、こっちのドール嬢ちゃんに指名依頼を出したんだ。内容はクリスタルタートルの『コア』を出来る限り採取すること。だがそうなると当然、嬢ちゃん一人じゃコアを持てる量に限界がある、そこでだ」


 一旦区切る店長。

 だけど、そこまで話せば誰でも分かる。

 要は––––


「荷物持ち」

「そういうこった」


 ドールがポツリと呟く。


 成る程、確かに彼女の小さな体では、いくら魔法が使えてもコアを所持出来る個数は制限される。


 店長は沢山の数のコアが欲しいみたいだから、それじゃ依頼を出しても望む結果を得られない。


 何度も依頼を出すのも面倒なんだろう、その度にギルドへ手数料を払うのだから。


「クリスタルタートルそのものは、そこまで強くない魔獣だ。嬢ちゃんの腕前なら一人を庇いながらも、充分に依頼を達成できる、だが」

「何事も絶対は無い、ですか」

「そうだ。何であれ相手は魔獣、いつどんな危機に陥っても不思議じゃねえ」


 店長は真剣な顔で言う。

 いつどんな危機には、当然死も含まれる。

 クリスタルタートルがどんな魔獣なのか俺は詳しく知らないが……舐めていい相手では無いのだろう。


「それに依頼は日を跨ぐ事になるだろうな。どうだ坊主、やってみるか? 勿論給料とは別に安くない報酬を出す」

「……」


 店長はリスクを全て先に提示した。

 これで死んでも、誰にも文句は言えない。

 だが……好奇心を刺激される仕事だ。


 冒険者稼業にはずっと興味があった。

 これも何かの縁かもしれない。

 俺は店長に答えを出した。


「その仕事、受けさせてください」

「は、坊主ならそう言うと思ったぜ」


 豪快に笑う店長。


 ドールは相変わらず無反応。

 彼女と日を跨ぐ依頼か……どうしよう、やると言った後に不安になってきた。


「でも、どうして俺に荷物持ちを?」

「あん? そりゃお前、荷物持ちも信用できる奴じゃなきゃダメなんだよ」


 嫌な出来事を思い出したのか、渋い顔になる店長。


「荷物持ちなんて言っときながら、ギルドへ素材を提出する前に懐へ隠しちまう奴らがいるのさ」

「それは……ひどい話ですね」

「ああ、その点坊主が信用できるのは、数ヶ月一緒に働いて分かった事だ」

「店長……!」


 彼の信用が嬉しい。

 これまでの頑張りを認められたみたいだ。


「んじゃ、早速準備しないとな。坊主、お前今日はもう上がっていいぞ」

「はい!」

「嬢ちゃん、あとは頼んだぜ」

「……」


 無言で頷くドール。

 準備と言っても、何をすればいいのやら。

 なんて考えていたらドールが立ち上がった。


「来て」


 それだけ言って部屋から出て行ってしまう。


「ああっ! ちょっと待てよ!」

「ははっ! あいつは気難しい奴だが、まーうまくやってくれ!」


 俺は慌てながらドールのあとを追いかけた。




 ◆




「ここ、冒険者ギルドじゃないか」


 黒色冠から出たドールの目的地はギルドだった。

 彼女はチラリと俺を見てからギルドへ入る。

 えーと、ついて来いって意味だよな?


 てくてく進むドールに追従する。

 ギルドへ訪れるのは二度目だ。

 前回とは事情が少し違うけど。


 なんて考えながらギルドに入ると、ドールは迷いの無い足取りで受付に向かう。

 職員がニッコリと営業スマイルを浮かべた。


「ドールさん、今日はどんな用でしょうか?」


 彼女は顔を覚えられているようだ。

 もしかしてギルド内でも実力者なのか?


「この人に仮登録を」

「仮登録ですね、かしこまりました」

「ん? 仮登録?」


 勝手に話が進む。

 仮登録とはなんだ。


「すみません、仮登録って何ですか?」

「はい。仮登録とは主に冒険者のサポートをする人が行う手続きです。ギルドと無関係の一般人を依頼に連れて行くのは規約違反行為ですので、仮登録という形でギルドの管理下におかせていただきます」


 職員の説明は分かりやすかった。


 つまり勝手に冒険者について行って死なれても困るので、ギルド側で情報を記録しておきたいのか。


 荷物持ちも冒険者のサポートだから、ドールは俺に仮登録させる為に連れて来たと。


「いや、最初から話してくれよ、ドール」

「……」


 彼女は今も無反応、無表情だ。

 ちゃんと感情がある事が分かっているだけに、どうしてそんな態度を取るのだろうか。


「では、仮登録の手続きを」

「あ、待ってください。それ、普通の冒険者登録に変えてもらう事って出来ます?」

「ええ、出来ますけど」


 瞬間、今日初めてドールが反応を示した。

 ジッと俺を見つめている。


「俺、元々冒険者に興味があったんだよ。だからいっそのこと登録しようと思ってさ、構わないだろ? 荷物持ちに変わりはないし」

「すきにして」

「はは、ありがとな」


 仕事の相方にも許可を貰えた。

 店長にも不利益は無い。

 これで心置きなく冒険者登録ができる。


「それじゃあ、冒険者登録お願いします」

「かしこまりました。最初に登録料として10000ヴィナス頂きますが、よろしいですか?」

「はい」


 地味に高いなと思いつつ、財布を––––


「……さ、財布が無い」


 何度確認してもポケットは空っぽ。

 それもそのはずで、慌てて店から出たからロクな準備が出来てなかったのだ。


 苦笑いを浮かべる職員。

 非常に気まずい空気だ。

 仕方ない……金が無いなら、借りるしかない。


「ドール、悪いけど登録料貸してくれ」

「……」


 彼女は無言を貫く。


「も、元はと言えばお前が先に行くから!」

「別に今本登録する必要はない」

「うぐっ」


 それも正論だった。

 けれど財布を取りに帰るのも格好つかない。


 いや、見た目小学生のような女の子に金を貸してくれと頼んでる時点で格好もクソも無いけど。


「た、頼むよ……」

「……」


 一瞬呆れたような表情をしたドールは、ローブの中から銀貨を十枚取り出して受付に置く。


「ドール! 助かるぜ!」

「……ヒモ男」

「ぜ、絶対返すから……そんな事言わないでくれ」


 ボソッと呟くドール。

 そんな俺達のやり取りは全て職員に見られていた。


 今後、職員達の俺のあだ名は「ロリコンヒモ男」になる事だろう……不名誉すぎるな。


「えー、登録料も頂きましたし……登録に関するあれこれを説明します」

「お願いします」


 ま、まあ何はともあれ登録は出来るようだ。

 冒険者の規則や制度について細かく説明を受ける。


 ギルドに居た怖い連中も、登録の時にこの説明を聞いていたのだろうか? だとしたら少し面白い。


「––––以上です、最後にこちらへサインを」


 渡されたのは一枚の用紙。

 が、ここで一つ問題が発生した。

 俺は異世界の言葉を話せるし文字も理解できる。


 しかしその言語の文字を書けなかった。

 勇者の能力は意味の変換だけで、文字そのものを書けるようには出来てない。


 こればかりは自力で習得しないといけなかった。

 今まで文字を書く機会が無かったからな……


「すみません、代筆って可能ですか?」

「はい、お受けしています」

「それじゃあお願いします」


 この場は代筆で乗り切れた。

 もしダメなら今度はドールに土下座をするハメになっていたかもしれない。


 まあそんな感じで紆余曲折あったけど、俺が荷物持ちとして同行する手続きは全て整ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る