第11話 歩み寄りたい
クリスタルタートル討伐依頼の当日。
俺は全ての準備を整え外壁付近に居た。
王都の外に出るのはこれが初めてなので、仕事が荷物持ちだったとしても緊張してしまう。
大丈夫、無難にやれば危険は無い筈。
それに後から調べて分かった事だけど、予想通りドールは冒険者の中でもかなりの実力者だった。
冒険者にはそれぞれランクが設定される。
ランクとは冒険者の実力を示すもので、依頼の達成数やギルド側からの信頼性、純粋な戦闘力など……様々な項目から判断される評価だ。
ランクは色によって区別されている。
俺のように登録したばかりの初心者はホワイト。
そこからグレー、ブロンズ、シルバーと上位のランクで、最高位はゴールド。
ドールはシルバーランクの冒険者だった。
単純に考えて上から二番目の位置。
これがどれだけ凄いのか説明すると、まず殆どの冒険者がブロンズランクで引退する。
初心者のホワイトから新入りのグレー、中堅のブロンズまでは早くても二年か三年で上がれるが、そこから先は真に才能のある者しか辿り着けない。
ゴールドは異次元の領域だとしても、シルバーだって長い年月をかけなければ到達できないと言われているが、ドールは十代でもう上り詰めている。
十年後にはゴールドランクに至る可能性があるとまで言われている、期待の若者だったのだ。
強そうなオーラは本物だった事になる。
そんな彼女がいるのだから、まあ大丈夫だろう。
他力本願ってワケじゃないけど、今回の俺はただの荷物持ちなんだし、気負う必要も無い。
それから待つ事数分。
ドールがいつも通りの姿でやって来た。
彼女の荷物も俺が持っている。
予め渡されていた。
「おはよう」
「……おはよう」
普段は無視される事も多いが、出発前の挨拶くらいは彼女でもしてくれるようだ。
なんて考えていたらドールはさっさと歩いて行く。
「待てって!」
既視感を覚えながら、俺は初めての冒険に出た。
◆
クリスタルタートルの住処は【結晶山】という山で、王都からは歩いて二時間かかるかどうか。
故に日が昇り始めたタイミングで出発した。この分なら今日中に帰れるかな? と考えていたが……甘かった。
あくまで何事もなければ二時間で着くというだけで何も無いなんて誰も保証してない。
現に、俺達は出発してから何度も魔獣と遭遇した。
「––––『ダウン・レイン』」
詠唱を終えたドールが魔法を唱える。
彼女は頭上で杖をくるりと回すと、魔獣達の真上に雨雲が現れ雨を降らせた。
雨水に触れた魔獣の動きが、明らかに鈍くなる。
動作を遅延させる魔法なのだろうか。
ノロマと化した魔獣の前で、ドールは新たな呪文詠唱を始め魔法の構築に取りかかる。
「風よ、幾百もの刃と化して吹き荒れろ『ハンドレッドエアカッター』」
無数の風の刃が発生し、魔獣達へ放たれる。
逃れようにも先程の魔法で動きが鈍い魔獣では対処できず、一匹残らず細切れにされた。
「凄え……これが本物の魔法使い」
彼女の手腕に、俺は終始圧倒されていた。
上級魔法の威力は低級魔法と比べ物にならず、またドール自身の技術も巧み。
これがシルバーランクの実力。
今の俺ではどうあがいても届かない世界。
これで上級魔法使いなら、特級や帝級なんてクラスメイトの奴らはどうなっちまうんだ。
鮫島を思い出す。
特級魔法使いの彼は自分の力に魅入られてしまったのだと予想したけど、間違い無いな。
俺だってこんな力を手にしていたら、自分がどんな風になっていたかなんて想像もできない。
現実は低級魔法だけどさ。
「少し、遅れてる」
ドールが出発してから初めて口を開いた。
「え? ああ、なんかやたらと魔獣と遭遇してるからなあ。いつもこうなのか?」
「そんなことない」
違うようだ。
「ここからは飛ばして行く」
「まさか走るのか?」
「違う––––『スカイウォーク』」
ドールが魔法を詠唱する。
するとふわりと、彼女の体が浮いた。
飛行の魔法か? 芸達者だなあ。
「にぎって」
「お、おう」
浮いた彼女から手を差し伸ばされる。
触れると、白く細い指が絡んだ。
想像以上に小さくて、ギュッと握り込んでしまう。
「なあ、これから何を––––」
「『エアスフィア』」
「ちょ、待っ」
「『トルネード』」
立て続けに魔法を行使するドール。
風の塊に包まれたかと思うと、猛烈な竜巻に飲み込まれそのまま前方へ進んで行く。
「うおおおおおおっ!?」
まるでジェットコースターに乗った気分。
飛ばすって、文字通りの意味かよ!
事前に一言くらい言ってくれ!
突っ込みたい気持ちで溢れていたが、不用意に口を開けたら舌を噛みそうなので黙るしかない。
俺達を巻き込んだ竜巻はぐんぐん進む。
二十分後には結晶山へ到着していた。
「死ぬかと思った……」
その場で膝をつく。
長時間宙に浮いたのは初めての経験だ。
平衡感覚に狂いが生じないといいけど。
「っ……」
「おい、大丈夫か!」
すると、突然ドールがふらりと倒れそうになる。
直ぐに駆け寄って彼女の体を支えた。
華奢な体にはまるで力が入ってない。
「もしかして、魔力切れか?」
「まだ残ってる。けど、少し休ませて……」
「も、勿論だ」
あれだけ魔法を長時間行使したのだ。
魔力の消耗に加え、体への負担も大きい。
考えてみれば、こうなるとは当然だ。
幸い、周囲に魔獣の気配は無い。
だけど一応、片手剣を用意して警戒する。
あと鞄から魔力回復薬を出してドールに渡す。
回復薬は紫色の液体で、味は苦くて不味い。
即効性のある品は高いが、時間経過で少しずつ回復する品は平民でも買えるくらい安かった。
今回のはドールが用意していた前者の薬。
「でも、なんでそこまで無理して早く来たんだ?」
「……その方が、効率が良い」
ドールは魔力回復薬を飲みながら言う。
いや、確かにそうだけどさ。
俺は納得できなかった。
「自分の体を壊したら、意味無いじゃないか」
すると、彼女は。
「……どうでもいい」
「え?」
いつも以上に平坦な声で言った。
まるで子供が飽きた玩具を捨てるように。
世界に対しての関心が、一切無かった。
「私がどうなろうと、どうでもいい」
「それ……どういう意味だよ」
「そのままの意味」
自分がどうなろうと、どうでもいいだって?
なんでそんな事を言う。
冒険者にとって、自分の身の安全が最優先だ。
死んだら報酬を貰えないのだから。
命あっての物種だ。
だけど彼女は本気で言っているような気がする。
「安心して。あなたの事は守るし、可能な限り依頼達成も優先するつもりだから」
その言葉には冒険者としての矜持が見られたが、どこか空虚で寂しかった。
彼女の言う守る範囲に、自らの身が入ってない。
まるで一本の糸だけで動かされている人形だ。
しかもその糸はボロボロで、今にも千切れそう。
「もう大丈夫」
スクッと立ち上がるドール。
早速回復薬が効いたのか、調子は良さそうだ。
大丈夫とだけ言った彼女は、クリスタルタートルを見つけるため先へ行ってしまう。
その後ろ姿を、俺は慌てて追いかけた。
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