第12話 大切で嫌いなもの
結晶山はゴツゴツとした岩肌の面積が広い。
山と聞いていたから森林を想像していたが、緑色の自然は少なく、大きな岩がそこら中にあった。
お目当てのクリスタルタートルは直ぐに見つかる。
見た目は地球の亀とそう変わらない。
甲羅の部分が結晶化しているくらいか。
あとは大きさだが、個体によって結構違う。
犬猫サイズもいれば自転車くらいの大きさも。
ただ、巨体であればあるほど動きは遅い。
「『ハンドレッドエアカッター』」
ドールの唱えた魔法が繰り出される。
風の刃はクリスタルタートルの結晶化されてない部分を的確に貫き、一瞬で命を奪う。
死んだクリスタルタートルは驚く事に、体のある部分だけを残してあとは溶けて消えてしまった。
どのタートルも同じ末路を辿っている。
で、その残された部分が『コア』だ。
白い宝石で、ビー玉くらいの大きさ。
すかさず拾って鞄に仕舞う。
「つぎ」
「おう」
これで十匹目。
まだまだ目標の数には達してない。
今日はこれから日が沈むまで狩りを続け、また明日早朝から狩猟を再開。
昼過ぎには結晶山から退散する予定だ。
しかし、まあ……ドールは凄い。
あれから息切れしないで戦い続けている。
クリスタルタートルも一撃で倒していた。
彼女にとっては雑魚でしかないのだろう。
店長が太鼓判を押すだけある。
一応何かあった時の為に、直ぐ魔法を撃てるようにしていたが徒労に終わりそうだ。
「『アイスランス』」
またしてもドールの魔法が炸裂する。
風で切り裂き、水で沈め、氷で貫く。
作業を眺めているに等しかった。
––––数時間後。
オレンジ色の光が辺りを染めつつある。
そろそろ野営の準備を始めた方がよさそうだ。
最後に休憩したのは昼の時だったので、荷物持ちと言えど疲労感は拭えない。
戦っていたドールはもっと疲れている筈だ。
なので野営の諸々は俺が準備する。
この手の技術もロマノフ団長から教わっていた。
「今日はもうやめにしよう、もうじき暗くなる」
「……分かった」
素直に応じてくれて安心する。
倒れるまで続けると言われたらどうしようかと思っていたが、流石にそこまで常識外れでは無いようだ。
「野営に向いてる場所はもう目星をつけてる、完全に日が暮れるまでに行こう」
無言で頷くドール。
彼女は杖を両手で抱えた。
顔にも疲労の色が濃く現れている。
丁度良いタイミングで安心した。
最低限の余力は残してあるようだが、コアをかなり集めたしこれ以上続ける意味も無い。
俺達は野営地に向かって歩き出した。
◆
野営地に選んだのは、洞穴。
入り口の穴は成人男性が余裕を持って通れるくらいの大きさで、横幅は身長180センチの俺が足を伸ばして仰向けになれる程には広い。
その周辺には緑も多く、気持ち空気が良い。
あと、草木の茂みが多いと用を足す時に隠せる。
生物なのだから、出すものは出す。
同行者が女性なので、そこら辺も配慮した。
「んじゃ、晩飯の準備でもするか」
「……?」
道具を一通り出し揃えて言う。
するとドールが不思議そうな顔をした。
一見は無表情だが、微妙に違う。
彼女の表情を読み取る謎スキルを手に入れてしまったが……まあ、今はいい。
「何か変な事言ったか?」
「これがある」
言いながらドールは携帯食料を手に持つ。
「だってそれ、不味いし。どうせなら美味いもの食べよーぜ。材料は持って来たし」
こいつは何を言っているんだ? 的な顔をされるが、美味しい食べ物はそれだけで心を癒す。
野営で料理するのがご法度でもあるまい。
とは言え、作れるものは限られてくる。
俺が選んだメニューは……鍋。
手間をかければより美味しくなるが、手早く作ってもそれなりに美味しさを保てる品だ。
「『シードフレア』」
集めた木の枝に魔法で火を付ける。
木は多少湿っていたが、魔法で生み出された火は魔力の通ってない物体なら大体燃え移るから問題ない。
火を付けたら五徳を用意し、その上に鍋を置く。
予めカットしてきた野菜と水を注ぎ、各種調味料を投入すればあとは温めるだけ。
かなり大雑把だけど、それでも食べられる味にはなるのが鍋の良いところだと思っている。
肉も欲しいけど保存に不安があったからやめた。
クーラーボックスに似た魔導具はあるけど、一部の貴族しか買えない超高級品なので手が出せない。
ドールの氷魔法で凍らす案もあったが、流石にそんな事で彼女の手を煩わせるのは気が引けた。
待つ事数十分、ぐつぐつと鍋が煮え始めた。
もうそろそろ食べ頃だろう。
湯気が昇る鍋が輝いて見える。
小皿を二つ出し、片方をドールに差し出す。
が、彼女は受け取らない。
仕方ないなあ……
「ほら、美味いから食べてみろって」
一人分よそってから手渡す。
彼女は渋々受け取り、小皿をジッと見つめる。
湯気で眼鏡が曇るみたいだ。
「それもう外さないか? 伊達メガネなんだろ? 外した方が可愛いと思うぞ俺は」
俺に眼鏡萌え属性は無い。
そもそも彼女の眼鏡はレンズの大きさが歪だし、視力を補う為に付けている物ではないのは明らかだ。
「––––創造神に感謝を」
「おう、いただきます」
ようやく口を付けたドール。
まずフォークで白菜に似た野菜を突き刺す。
そしてパクッと、口に入れた。
「っ!」
ピクンと、身震いするドール。
手元の小皿を思わずといった感じで二度見する。
一口、二口と野菜を口元へ運び––––
「おかわりだろ、ほら貸せ」
「おね、がい」
彼女は夢中で鍋を堪能していた。
具材は白菜やにんじん、きのこも入れてあり、同じ味でも食感が食材によって違うので楽しめると思う。
良い食べっぷりだ、作った甲斐がある。
なんて思いながら俺も食を進めていたが。
「んっ……じゃま」
(う……!)
鍋の熱気で暑いのか、ドールは来ていた黒いローブを脱ぎ捨て中着になった……だがその衣服が意外にも薄着で、肌の露出面積が広かった。
しなやかに伸びる手足は白く上品で、凹凸の少ないボディラインも未成熟ながら彫刻のように美しい。
……何を考えているんだ、俺。
まるで小さな子に欲情してるみたいだ。
断じて違う! と己の中で否定する。
これはそう、偶々だ……だってこっちの世界に来てから処理も中々出来てないし……
「ふう」
「え、あ」
視線を落とす。
沢山の具材で溢れていた鍋は、空になっていた。
その行き先は目前の少女の胃袋。
……もしかして、これがハニトラってやつか!?
「ぐっ……許さんぞドール……!」
「……?」
勝手に色香に惑わされた? 俺は、空腹を満たす為不味い携帯食料をもそもそと食べた。
◆
食事を終えた俺達は暫く起きていた。
ぼーっとしながら、空を眺める。
満点の星空が綺麗だ。
「この世界にも宇宙はあるんだな……」
ならばエデンも惑星という事になる。
もしかしたら別の世界にやって来たのではなく、同じ宇宙の気が遠くなるほど離れた所にある惑星に召喚された……なんて風に考える事もできるが、仮にそうだとしても『別の世界』という意味においては大した違いが無いな。
「ドールはそれ、いつも読んでるな。どんな内容なんだ?」
答えてくれないのを承知で聞く。
だが––––
「エデンの勇者は……世界に訪れた危機を解決する為現れた、異世界の勇者が世界を救う物語」
なんの気まぐれか、彼女は答えてくれた。
しかし異世界の勇者か。
一応俺の先輩になるのかな。
「へえ、世界の危機ねえ」
「危機も勇者も現実にあるけど、この本の物語は完全に創作」
「何でだよ」
「都合が良すぎる。とくに、ヒロインのお姫様」
彼女は創作物にまでリアリティを求めるタイプの読者のようだ……と思ったが、どうやらそれだけでは無いのが表情から察せられる。
「面白ければいいじゃないか」
「全然、つまらない」
「は? ならどうして読んでるんだ?」
その瞬間だけ、ドールは鉄仮面を崩し……とても悲しそうな顔を浮かべながら言った。
「母からの、贈り物だから」
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