第13話 ハプニング

「もう朝か……」




 登り始めた太陽の光が眩しい。


 闇色だった周囲は、段々と元の色を取り戻す。


 交代で見張りをしていたので若干眠いが、正直ここで熟睡できるか? と問われたら首を振る。




 チラッと依頼の相方を見る。


 彼女は膝を抱えながら目を瞑っていた。


 傍らには杖が立てかけてある。




 浅い眠りなのは寝息で分かった。




「……」




 昨晩の出来事を思い出す。


 いつも読んでいる本が母からの贈り物と言った時、ドールはとても悲しそうな顔をしていた。




 流石に詮索するつもりは無い。


 色々と事情があるようだし。


 俺だって自分の過去を意図的に隠している。




 人間、知られたくない事は一つ二つあるだろう。


 だけど、彼女のあの顔が忘れられない。


 不安と諦観が混じったような顔つき。




 何があったのかと、想像してしまう。




「……」


「おはよう」


「ん、おはよう」




 ぱちりと、ドールのまぶたが開く。


 数秒間はウトウトしていたが、直ぐに覚醒した。


 杖を持って立ち上がると、周囲に気を配る。




「見張りの最中は何も無かったよ」


「そう」


「ほい」




 彼女に携帯食料を投げ渡す。


 流石にこれから料理はできなかった。


 もうすぐここから出て行くし。




「で、これからどうする?」


「昼頃までコアを集める」


「分かった、最初の予定通りだな」




 それから手早く野営道具を仕舞って撤収準備。


 元々荷物は最小限に抑えていた。


 身軽な方がなにかと楽なのは言うまでもない。




「じゃ、行くか」


「待って」


「うん?」




 出発しようとするのをドールが制止する。


 彼女は視線で茂みの奥の方を見ると、若干もじもじしながら駆けて行った。




 俺はラブコメ主人公のように鈍感では無い。


 仮にこれが漫画の一幕なら、彼女にどうした? なんて聞いて無神経と非難される場面だろう。




 紳士は静かに待つものだ。


 ……だが、その数分後。




「ギギアアアアアアアッ!」


「……魔獣の鳴き声!?」




 不快な声が辺りに轟く。


 しかも近い、発生源を推定すると––––ドールが駆けて行った先にあたる。




「っ!」




 片手剣を持って走った。


 彼女なら大丈夫だろうが、万が一って事もある。


 世の中に絶対は無いのだ。




 全力で走ったのでそこへはあっという間に着いた。




「ドール! だいじょ……」


「『エアカッター』」


「ギギアアッ……!?」




 ドールの頭が見えた瞬間、風の刃が吹き荒れて魔獣と思われる存在を切り刻んだ。


 断末魔が血と共に流れる。




「よかった、流石ドールだ……な……」




 彼女の姿を見て硬直する。


 ここから先は完全に推測だが、恐らくドールは用を足してる最中に魔獣の襲撃に遭い、迎撃した。




 つまりまあ、必然的に下半身は露出してるワケで。


 しかも魔法を撃った時にバランスを崩したのか、後方へ尻餅をつくように倒れていたので、その……見えちゃいけないものがよく見える体勢になってて……




「ふ、不可抗だ。無罪を主張する」




 彼女の足元の地面が、徐々に濡れて染み込む。


 その過程をばっちり目撃してしまった。


 俺にもラブコメ主人公の素質があったようで、嬉しいやら悲しいやら。




「っ……! や、闇に染まれ!『ダーク』ッ!」


「うわっ!?」




 頰を赤く染めたドールは反射的に魔法を唱えた。


 すると突然、俺の視界が真っ暗になる。


 視力を奪う魔法のようだ。




「……暫く、そうなってて……!」


「は、はい」




 珍しく取り乱した彼女の声は、新鮮だった。








 ◆








 結論から言うと、俺は無罪を勝ち取った。


 最初こそ羞恥から混乱していた彼女だったが、きちんと事情を説明したら理解してくれた。




 狩りの最中、若干距離を置かれているけど。


 しかし……衝撃的な光景だった。


 仮に俺が記憶喪失になったとしても、アレだけは絶対に忘れる事は無いと謎の自信がある。




「なにを考えているの?」


「べっ、別に何も!?」


「そう」




 妄想に耽っていたら、ドールが無垢な眼差しでジーッと俺を見つめてくる。


 糾弾されているようで心苦しい。




 こんな一幕もあったが、コアの確保は順調だった。




「そろそろ鞄に入り切らないぞ……」




 背負っていた大きめの鞄には、クリスタルタートルを乱獲して入手したコアが敷き詰められている。


 こんなに狩って生態系に影響が出ないか心配だ。




 まあ、魔獣は世界に漂う魔力で自然発生する防ぎようの無い災害みたいだから、大丈夫だろうけど。




「もう、充分」


「だよな」




 最後に一匹だけ仕留め、コアを拾う。


 これだけあれば店長も満足するに違いない。


 報酬っていくらぐらい貰えるのだろう。




 俺はもう王都に着いた後のことを考えていた。


 油断、という二文字が浮かぶ。


 帰るまでが遠足だと、幼稚園の先生から言われた記憶が突如波のように押し寄せた。




 依頼だって同じだ。


 実際にギルドへ着いて始めて、依頼は達成される。


 なんだか……嫌な予感がした。




「止まって」




 ピタッと、ドールが歩みを止める。


 杖を構えて周りを見渡した。


 俺も慌てて彼女の側へ。




「……来る」




 直後––––




 地面が、割れた。




「なっ!?」


「っ!」




 意識の外からの奇襲。


 直前まで予兆は一切無かった。


 俺達はロクな防御も出来ずに吹き飛ばされる。




「風よ……! 『ウィンドベール』!」


「俺達を受け止めろ! 『ウィンド』!」




 二人で風属性の魔法を唱える。


 背後の岩肌に激突する直前、風の塊がクッションになって衝突を防いだ。




「一体何が……」


「風よ、幾百もの刃で吹き荒れろ––––」




 ドールは再び魔法の詠唱に入る。


 地中から現れた奴を『敵』と認識したようだ。




「『ハンドレッドエアカッター』!」


「グモオオオオッ!」




 風の刃が降り注ぐ。


 だがソイツは両腕を交差して魔法を防いだ。


 僅かに傷を与えるが、致命傷には足りない。




「グモ、モオオオオ……」




 土煙が消え、ようやく全貌が明らかになった。


 ソイツは巨大なモグラだった。


 灰色の体毛で、瞳は真っ黒。




 体長は大型トラック並に大きい。


 鼻をヒクヒク動かしながら、こちらを睨んだ。




「体があんなにデカければ、地中だろうが動くだけで音がするだろ! どーなってんだ!」


「それが、ジュエルクローラーの特性」




 ジュエルクローラー。


 ドールは確かにそう言った。


 それがあのモグラもどきの名前らしい。




「一部の魔獣は、魔法に似た力を使う。ジュエルクローラーの場合は、無音移動。地中を移動するに限り、自らが発するあらゆる音が消滅する」


「とんでもない能力だな……」




 彼女の解説に辟易する。


 場所は限られるが、奇襲をするのにこれ以上ないほど便利な能力と言えた。




「でも、なんで今になって……」


「どういう事だ?」


「……説明は、あと」


「グモオオオオ! オオオオッ!」




 ジュエルクローラーが迫り来る。


 ドールは魔法の詠唱をしながら駆けた。


 通常なら自殺行為だが。




「グモッ!」




 彼女はジュエルクローラーの頭上へ『跳躍』した。


 何の魔法も使ってないにも関わらず。


 獲物が目の前から突然消えたジュエルクローラーは一瞬戸惑うも、直ぐに状況を立て直した。




「やっぱあいつも使えるのか」




 ––––魔力操作法。




 肉体に魔力を張り巡らせ、身体能力、肉体強度、治癒速度などを向上させる技能。


 達人が扱えば自らの身体能力を3〜4倍にまで底上げするとロマノフ団長は言っていた。




 この世界で戦うなら必須技能の一つ。


 だが、俺はどうもこの魔力操作法が苦手だった。


 魔力を肉体に浸透させるのも時間がかかるし、身体能力も1.5倍程度にしか上げられない。




 とにかくあらゆる才能から俺は嫌われていた。


 だからと言って、傍観はできない。


 ドールの雰囲気からして、ジュエルクローラーはクリスタルタートルよりも圧倒的に強そうだ。




 コアが入った鞄を置く。


 深く深呼吸してから、魔力操作法を使う。


 苦手なりにずっと練習していたので、始めて使った時よりも速く魔力が浸透した。




「やるぞ……」




 ––––考えてみれば。




 これが俺の初めての、戦闘らしい戦闘だった。

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