第9話 修行

 鮫島の暴走から暫く。

 あの日から俺はより訓練に集中している。


 鮫島やドールの圧倒的な魔法が、良くも悪くも俺に新たなモチベーションを与えていた。


「はっ!」


 今は徒手空拳の型を反復している。


 武器も魔法も使えないような状況を想定した王国流格闘術で、実戦訓練が大好きだったロマノフ団長が休憩中に(休ませろよ)教えてくれた。


 と言っても本格的な技は未習得で、基本的な突きや蹴りの型、あとはちょっとした小技をいくつか。


 お互い消耗した状態だと、そういう小技が意外に勝敗を決めたりすると言っていたっけ。


 だから魔法や剣技と並行して練習している。


「……ふぅ、まあこんなもんか」


 流した汗を拭き取りながら呟く。

 徒手空拳は活かす機会が少ないだろうし、そろそろやめにして魔法の訓練に入ろう。


「……」


 荒い呼吸を整える。

 魔法は良くも悪くも精神力に左右されるからだ。


「荒ぶる風よ、俺に従え……『ウィンド』!」


 風の低級魔法を唱える。

 通常は洗濯物が乾きやすくなるくらいの風力。


 そこに追加の魔力と詠唱を加える。

 風は確かに威力は増したが、中級には届かない。


 相変わらず中途半端なままだ。

 やはり何かが欠けている。


「うーん……」


 一度地面に座って気持ちを整理する。

 夜の広場なので、周りには誰も居ない。

 日本と違ってまだまだ娯楽が少ないこの世界は、一番の都会である王都の住民でさえ眠るのは早めだ。


 営業しているのは酒場くらいで、そこでは昼夜を問わずどんちゃん騒ぎが起きているかもしれないが、その辺りの店と広場はかなり離れている。


 誰かに見つかって通報される可能性は限りなく低い……筈なので、多分大丈夫だろう。


 外壁の外に出れば気にする必要は無くなるが、魔獣や盗賊と遭遇しても勝てる自信が無い。


 安全性を考慮した結果、深夜の広場が適切だった。


「……アプローチは間違ってない筈だ」


 再び思考を魔法に戻す。


 低級魔法に過剰な魔力を注ぎ、呪文詠唱で安定性と指向性を甘えて中級魔法を再現する。


 この技術を俺は『スペルブースト』と名付けた。


 やってる事は二度手間どころか完全に無意味だが、中級魔法が使えない俺にとっては革命である。


 変わり果てた鮫島を思い出す。

 今後どんなトラブルに巻き込まれるか分からない。


 出来る事を増やし、いざという時に備える。

 これは決して無駄な事ではない。


 半分自らに言い聞かせるように思考を纏めた。

 出来る事を増やす……か。


 今の俺が使える魔法を脳内でリストアップする。




 ・シードフレア


 火属性。指先に乗るサイズの小さな火を生み出す。


 ・ウォーター


 水属性。マグカップ一杯分の水を生み出す。


 ・ペブル


 土属性。小石を生み出す。


 ・ウィンド


 風属性。洗濯物が乾きやすい程度の風を吹かす。


 ・スパーク


 雷属性。静電気くらいの電気を生み出す。


 ・ライト


 光属性。明かりを発する光球を生み出す。


 ・フリーズ


 氷属性。冷気を放出して水気のあるモノを凍らす。




 合計七つの魔法。

 と言うか低級魔法はこの七つしかなかった。


 魔法属性は八つだが、闇属性だけは低級魔法に無く中級魔法から追加される。


 この七つの魔法が、俺に配られた手札。

 今更だけど、やっぱり心許ない。

 平行してた剣の修行も続けよう。


 店長から借りた片手剣を手に取る。

 これ一本で80000ヴィナスだ。

 真っ当な品だと一番安い。


 武器は高く、おいそれと手が出せなかった。

 だから今は借りている。


 いつかはキチンと買うつもりだ。


 閑話休題。


 多分、低級魔法をただ使うだけじゃダメだ。

 殺傷能力が低いのは分かりきっているのだから、一つ二つ工夫を凝らす必要がある。


 例えば––––


「『ペブル』『ウィンド』」


 土と風属性の魔法を同時に発動する。

 生成された小石は、風に乗って吹き飛ばされた。


 だが大した距離は飛ばす、速度も無い。

 スペルブースト込みならどうだろうか。


「我が手に集え『ペブル』……風よ吹き荒れろ『ウィンド』!」


 小石の数が一つから三つに増える。

 多少風力が上がったウィンドは、三つの小石を軽々風に乗せて前方へと撃ち出す。


 小石はそれなりの速度で木にぶつかった。

 当たったら怪我くらいはするだろう。

 顔に向けて放てば牽制として充分作用する。


 これは使えるかもしれない。

 この調子で色々試そう。

 いいぞ、頭が冴えてきた。


「『ウィンド』。更にもう一発『ウィンド』!」


 ウィンドを発動した直後に、新たなウィンドを重ねるように行使してみる。

 二つの風は混ざり合い、より大きな風へ。


「もしかして……!」


 期待に胸を膨らませる。

 魔法の重ねがけは盲点だった。


 今までは単発でより強い魔法をと注力していたが、そうか、別に複数に分けてもいいじゃないか。


 消費魔力が中級以降の魔法と比べ圧倒的に少ないのが、数少ない低級魔法の強みだ。


 一発で足りないなら二発三発と唱えればいい。


「『ウィンド』『ウィンド』『ウィンド』!」


 三連続の魔法発動。

 先程よりも、大きな風の渦が発生する。


 あともう何回かウィンドを唱えれば、中級の風属性魔法『サイクロン』に劣らない威力に––––


「がっ……!?」


 突如、激しい頭痛に襲われる。

 視界が点滅したと思ったら、身体中に炎でも流されたかのように熱が駆け回った。


「ぐ、あああっ……!? なんだ、これ……!」


 原因不明の激痛。

 俺はその場で崩れ去り、地面に這う。

 熱い……! 体が、熱すぎる……!


「う……あ」


 もがき苦しみながら、そういえばと思い出す。

 ロマノフ団長が言っていたような気がした。


 同じ魔法の重ねがけは危険が伴う。

 瞬間的に魔力を体外放出すると、魔力が逆流して人体に悪影響を及ぼす可能性がある。


 今の今まで忘れていた。

 だけど……これがダメなら、いよいよ手詰まりになってしまう。


 視界がゆっくりと暗転する。

 意識が遠退く中、俺はそんな事を考えた。


「う……」


 まぶたを開ける。

 いつのまにか、周りは明るくなっていた。

 既に朝日が昇っている。


「俺は……」

「なにしてたの?」

「へ?」


 頭上から声が聞こえる。

 視線を上げると、あのドールがしゃがみこみながら俺の顔を覗き込んでいた。


 しかも今日は黒いローブを羽織ってなかった。

 黒のミニスカートに白いシャツ。


 かなりラフな格好なので、普段着かもしれない。

 それでも杖と本は持っていた。


 普段ローブで素肌を隠していたからなのか、彼女の両足がやけに艶かしく見えてドキリとする。


 これはいけない。

 相手は見た目小学生だぞ?


「ああ、魔法の特訓をちょっとな」


 これ以上邪な気持ちを抱かない為にも起き上がろうとしたが、恐らく一晩中地面で眠っていたからか、体の節々が悲鳴をあげる。


「いてて……」

「魔法……貴方も使えるの?」

「まあな」


 言えない、低級魔法しか使えないなんて。

 話題を逸らす為にも彼女へ質問する。


「ドールは何でここに?」

「散歩」


 随分と早い散歩だな。

 多分まだ朝日が出てそんなに経ってない。

 農業関係者とかなら朝早く起きるだろうが、彼女は冒険者で生計を立てている筈。


 ……て、そんな事気にしてどうする。

 それより今日も仕事があるのだ。

 早く戻って諸々の準備をしなければ。


「俺、そろそろ戻るな」

「そう」


 痛みを堪えながら立ち上がる。

 彼女はまだ散歩を続けるのだろうか?

 と思っていたら近くのベンチに座り、抱えていた本を広げて読書を始めた。


 本を読むのが好きらしい。

 どんな本を読んでるのか、少し気になる。


「それ、何てタイトルの本なんだ?」

「……エデンの勇者」


 ドールは少し間を置いて話した。


「へえ、初めて聞いたなあ」

「子供向けの本。貴方が読んでもつまらない」

「そうか? 読んでみないと分からないだろ」


 娯楽に子供向けも大人向けも無いと思っている。

 何を面白いと感じるかは主観だ。


 子供向けの作品でも、大人が面白いと感じる事がおかしくないと、日本育ちの俺なら分かる。


 だが、それが意外だったのか。

 彼女は眼鏡の奥から俺を覗く。


「変な人」

「お、おう」


 変な人認定されてしまった。

 貶されはいないだろうが、別に褒められたワケでも無いだろう。


「っと、ほんとにそろそろ行かねえと……またな」

「……」


 小走りにその場を離れる。

 肌寒かったが、太陽の光が暖かい。


 魔法の訓練に関しては残念な結果だったが、魔法の組み合わせという新たな発見もあった。


 諦めずに精進していれば、必ず突破口は開かれる。

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