第8話 変わり果てたクラスメイト

 ある日のこと。

 俺は昼休憩を貰い、昼飯を買う為王都の中でも露天販売がメインの通りを歩いていた。


 左右に分かれて様々な店が立ち並ぶ。


 さながら日本のお祭りだった。

 住民の顔立ちは全員外国人っぽいからアンバランスな感じで妙だけど、楽しいものは楽しい。


 案外人が考えてやる事なんて、人種や世界が違えどそう変わりないのかもしれない。


 なんて風に考えながら、何の肉が使われているのか分からない串焼きを数本買う。

 この世界、動物の肉は勿論魔獣の肉も食される。


 全ての魔獣が食用というワケではないが、種類によっては通常の動物肉より家庭では定番なんだとか。


 俺がこの前酒場で食べた蒸し鶏。

 実はあの肉も鳥の魔獣らしい。

 今度ベリーに詳しく聞いてみよう。


 で、串焼きを携えながら歩くこと数分。

 噴水のある広場へやって来た。

 適当な所に座って食べようかと思ったが。


「ここも賑わってるなあ……」


 かなりの人で溢れていた。

 カップルが多そうに見えるのは俺の偏見か?


 やたらと距離が近い男女が居る。

 こんな昼間から、けしからん。

 けしからんが、羨ましい。


 割り込んで雰囲気ぶち壊してやろうかな。

 ……冗談だ。


「お、あそこ空いてるな」


 迷子のように困りながら彷徨っていたら、ようやく空席のベンチを見つけた。


 幸運に感謝しながら素早く腰掛け……ようとしたが、既に先客が一人居たと気づく。

 人に隠れて見えなかった。


 水色の髪に、似合ってない眼鏡。

 記憶の底からどんな人物だったか思い出す。


 この前、冒険者ギルドで出会った少女だ。

 名前は確か……ドール。

 店長の知り合いだったんだっけ。


 一瞬、声をかけるか迷う。

 俺は対人能力に優れているワケじゃない。


 だがいつまでも串焼きを持ちながら棒立ちしているのもおかしいので、よく考えずに座る事にした。


「よっ、隣座っていいか?」

「……」


 ドールは俺に反応する事なく、本を読んでいた。

 無視されているのを勝手に肯定と受け取り、戸惑う事なく隣へ腰掛けた。


 すると、チラっと横目で睨まれる。

 嫌なら直接そう言えばいいのに。

 まあ、もう面倒だから退かないけど。


「いただきます」


 一本目の串焼きを口へ運ぶ。

 これは、豚肉に近い味だ。

 味付けはシンプルに塩。


 食べやすいのであっという間に完食した。

 そして二本目を食べる前に、俺は無駄だと分かっていながらドールと意思疎通を図る。


「けど、驚いたな。俺、店長––––ジャムレイさんの所で最近働き始めたんだけど、二人が顔見知りだったなんて」

「……」


 変わらぬ無表情。

 だけど、一瞬だけ指先がピクッと反応した。

 完全に感情が無いなんて事はなくてホッとする。


「えーと、なんて呼べばいい?」

「……好きに呼んで」

「じゃあ、ドール。名前は店長から聞いた」

「そう」


 おお、受け答えしてくれた。

 絵面はナンパみたいで複雑だけど。

 何故か無性に嬉しかった。


「ドールは何してたんだ?」

「読書」

「そ、そりゃそうか」


 会話初心者か、俺。


 見れば分かる事を聞いてどうする。

 しかし今までの人生、女の子と二人で話す機会なんて数える程しかなかった。


「あー、どうして広場で読書を? もっと静かな場所とか好きそうな感じだけど」

「……風が気持ち良いから」


 短く簡潔に纏まった答え。

 それ以降はもう俺に対して興味を失ったのか、何度話しかけても無視された。


 なので串焼きを食べて立ち去る事にする。


「読書の邪魔して、ごめん。もしかしたらまた仕事で会うかもな……じゃあ、また」


 それだけ言い残して黒色冠に戻る。

 ドールは最後まで無表情で顔も動いてなかったけど、ちゃんと『人間』という事は分かった。




 ––––数日後。


 今日は黒色冠の休業日だ。

 なので王都の散策に出ていた。

 王都は広く、全て見て回るのには時間がかかる。


 とくに目的も無く歩いていると。


「おい! さっさと歩けよノロマ!」

「す、すいません」

「ちっ、ほんと役立たずだなお前!」


 若い男の怒鳴り散らす声が聞こえた。

 いつもなら素通りして終わりだが、その声に聞き覚えがあったので様子を見てみる。


 そして、驚いた。


「まじかよ……」


 声の主は俺のクラスメイトだった。


 どうやら従者と思われる人間に沢山の荷物を持たせているようだが……その従者もクラスメイト。


 確か鮫島と木村だ。

 二人とも、世間話くらいはした事がある。

 だけど……あんな性格だったか?


「ったく、特級魔法使いの俺が、どうしてこんなガキのお使いみてーな依頼をやらなくちゃならねーんだ!」


 鮫島は荒々しい言葉で周囲に当たり散らしている。

 彼はお調子者気質だったが、暴力や暴言を好んで振り回すような人間では無かった筈。


 そんな鮫島に木村はすっかり萎縮しているのか、同じ教室で勉強していた中なのに、まるで奴隷のように荷物運びの仕事をさせられていた。


 二人とも、まるで別人のようだ。

 これは一体何が起きている?

 衝撃的な光景を見て、軽いパニック状態に陥る。


「うわっ……!」


 そんな時、木村が抱えていた荷物を派手に撒き散らしながら盛大に転ぶ。


 視界が塞がる程の量を運んでいるのだから、転んだのはある意味必然だったのかもしれない。


 だが、鮫島にとっては違ったようだ。

 憎悪が宿った瞳で木村を見下ろす。

 木村は直ぐに土下座した。


「す、すみません鮫島さん! すみません!」

「……ああ、もういいやお前」

「……え?」


 鮫島は、右手を天へ掲げた。


「役立たずは死ね! 俺の気分を害する事しかできねえ無能野郎はよおおおっ!」

「た、助け––––」

「火よ、コイツに紅蓮の拘束を! 『フレアメイル』!」


 それは魔法の詠唱だった。

 木村は逃げようとしたが、遅い。

 その身は一瞬で真っ赤な炎に包まれた。


「ひ……ぎぎゃああああああっ!?」


 炎に焼かれる木村。

 周囲の野次馬は悲鳴をあげながら逃げ出した。


 辺りは騒然となる。


「あ、が、あがついいいいいっ!?」

「ははは! 最初からこうすりゃよかったんだ! 上級魔法使いの勇者なんて必要ねーんだよ! 世界の危機は俺達特級魔法使いが救ってやるよ!」


 鮫島は笑いながらその場を去る。

 何をしてるんだアイツは!?

 俺は木村の元へ駆け寄る。


「おい、しっかりしろ!」

「あ、う……」

「くそ……! 『ウォーター』!」


 水属性の低級魔法で消化を試みる。

 が、あっという間に蒸発してしまった。

 最低でも中級魔法でないと消えないだろう。


「こ、これは何の騒ぎだ!」

「人が魔法で焼かれたんだ!」

「な、何だと!?」


 誰かが通報したのか、兵士がやって来た。


「中級以上の魔法使いを呼んでくれ! でないとこの火は消えない!」


 鮫島が詠唱したのは上級魔法のフレアメイル。

 対象を火炎で包み込む凶悪な魔法だ。


「居るには居るが、直ぐには呼べないぞ!」


 兵士も焦りながら叫ぶ、そりゃそうか。

 こうしてる間にも、木村の命は削られている。


 俺があの技術を完成させていれば……!

 無力な自分に怒り、拳を握る。

 木村とは特別親しくはなかった。


 こっちに来てからも交流は殆ど無い。

 しかしだからと言って簡単に見捨てられる程、俺の心は冷徹ではなかった。


「ああああああっ!?」

「こうなったら、今ここで成功させてやる……!」


 燃え続ける木村。

 俺は呪文詠唱に入ろうとしたが––––


「退いて」


 いつか聞いた時と、同じ声が響いた。


「水よ、彼の者に癒しを与えて––––『エイドウォータースフィア』


 真上から、大量の水が降り注ぐ。

 そして水は球体に変化し、木村を包み込むとフレアメイルの炎を綺麗に消し去った。


 同時に火傷も治癒している。

 水属性の上級魔法だ。

 一体誰が……


「早く治療院に運んだ方がいい。私がやったのは、応急処置程度」

「ドール!」


 現れたのはドールだった。

 彼女が魔法を使ってくれたのか。


「ありがとう。だけど、どうしてここに?」

「偶々近くを通りかかってた。騒がしくて様子を見に来たら、貴方が居た」


 彼女らしく、聞きたい答えが全て返ってきた。

 運が良かった……もしドールが居なければ、今頃木村は確実に死んだいただろう。


「この人、貴方の知り合い?」

「まあ、そんなところだ」

「そう」


 くるりと背を向け、フードをかぶり直すドール。

 丁度救護の兵士がやって来た。


「本当にありがとう、助かったよ」

「……」


 彼女は魔法を使って空を飛び(恐らく風の上級魔法)、あっという間に姿が見えなくなった。


 その後、俺は兵士から事情聴取を受けたが、とくに何か言われる事もなく帰される。


 それから暫く鮫島の起こした事件が噂になるが、王国側が情報統制したのか、噂は直ぐに鎮火した。


 何故、あんな暴挙を王国は許している?

 木村への扱い方もそうだ。


 鮫島が特級魔法使いの勇者だから、だとして……それ程までに強力な存在なのか、特級魔法使いは。


 確か二年四組に特級魔法使いは十人居た。

 残りの九人も鮫島のように変貌しているとは考えたくないが……


 とにかく特級のクラスメイト達には気をつけよう。

 次は俺が火達磨にされるかもしれない。

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