第29話 ゴッドギフト

「っ!?」




 光山の姿が一瞬にして消えた。


 予備動作は無く音も無い。


 風の魔法で透明人間にでもなったのかと思ったが、存在感そのものが目前から消失していた。




「ユウト! 後ろ!」


「っ……!」




 ドールが叫ぶ。


 その意味を察し、反射的に体をひねって魔鋼鉄の剣を盾の代わりに突き出した。




 バキイイイイッ!




「ぐあっ……!」




 直後、重たい一撃が入った。


 交通事故にでも遭ったかのような衝撃。


 魔鋼鉄の剣は粉々に砕け散っていた。




 紙みたいに吹き飛ばされ、ドールとイルザ様が立っている場所まで転がる。


 奇跡的だが、致命傷は受けてない。




「ユウト!」


「ぐ……あ……っ!」


「あ、あれは一体……何なのですか……!?」




 何を見たのか、激しく動揺しているイルザ様。


 視線を上げるとそこには––––光。


 黄金の輝きを放つ光山流星が立っていた。












「どうだい、素晴らしいだろう? これが光属性の『帝』級魔法……『ゴッドギフト』さ」










 帝級魔法と、奴は言った。


 光山の全身から眩い光が放出されている。


 纏っている魔力も尋常ではない。




 生物としての各が違う。


 あの姿を見て、何故かそう思ってしまった。


 本能が警告を鳴らしている。




 あれは、ヤバいと。




「この魔法は、オレのあらゆる能力を底上げする究極のパワーアップ形態だ。凡人が編み出した魔力操作法なんて児戯に等しい」




 奴が消えた理由は単純だった。


 ただ、物凄い速さで動いただけ。


 俺が反応できない速度で。




「くく、帝級魔法にも種類があるけど、この魔法が一番万能感を感じる。オレとその他を別ける決定的な要因だからかな?」


「あ、あれが、伝説の力……」




 イルザ様が力無く崩れ落ちた。


 震えながら光山を見ている。


 魔法に少しでも詳しい者なら、あの姿がどれだけ規格外で超人的なのか、分かってしまうのだろう。




「さて、そろそろオレも王を始末しに行きたい。矢野、お前とのゲームは中々楽しかったぞ?」


「……は、もう勝ったつもりかよ」


「勝ったつもり? 何言ってんだ?」




 光山はさも当然のように言う。




「オレの勝利は、最初から決まっていた」


「っ!?」


「じゃあな、矢野」




 フッと、またも姿を消す光山。


 動いて撹乱するしかない!


 限界以上の力をだし、前へ。




「風の鎧よ俺を守れ『ウィンド』!」




 そして風の魔法で防御を固める。


 だが––––




「まさか低級魔法を本当に使うとは……才能が無さすぎて可哀想だ」


「がはっ……!」




 目前に現れた光山が、拳を振るう。


 たったそれだけでウィンドは解除され、俺は再び吹き飛ばされ……転がる地点に奴が先回りしていた。




 そのまま前蹴りを受ける。


 技術も何もない、雑な攻撃。


 腕を揃えてガードしたが、果たして意味はあったのか––––逆方向の壁に激突した。




「あ……が……」


「まだ生きてるのか、ゴキブリ並みの生命力だな」


「う、おおおおおおっ!」




 ほぼ精神力だけで立ち上がる。


 溢れ出る魔力に身を任せ、暴走も厭わずに魔法を弾幕のように唱え続けた。




「七つの魔法よ、俺に力を! 『シードフレア』『ウォーター』『ウィンド』『ペブル』『スパーク』『フリーズ』『ライト』!」




 火が、水が、風が、石が、雷が、氷が、光が束になって光山を囲むように展開し、放つ。


 七つの魔法は全て着弾したが。




「……何かしたか?」


「そん……な……」




 何事も無かったかのように光山は立っていた。


 防御も回避もしていない。


 悠然と仁王立ちしていただけ。




 なのにかすり傷一つ負わせる事も出来なかった。


 限界まで質を高めた低級魔法。


 その全てが、帝級の光の前に塵と化した。




「オレが手本を見せてやるよ、いいか? 魔法ってのはこう使うんだ––––」




 詠唱を始める光山。


 避けなければ。


 なのに体の動きがとても鈍い。




「『ゴスペル・ジャッジメント』」




 それは光の集合体だった。


 熱を帯びた光の線が俺を焼き殺そうと迫る。


 回避行動は間に合わない。




 魔力操作法、全開。


 一瞬だけ膨大な魔力を放出する。


 本来なら暴走して自爆するが、その前に光が直撃して魔力が盾のようになってくれた。




「くく、まさに『虫』の息だなあ、矢野」


「……」




 かろうじて意識は残っていた。


 だが、もう体が言う事を聞かない。


 どれだけ脳が命令しても、手足は動かなかった。




「しかし、低級魔法にしては良い質だったが……石ころをどれだけ磨いて綺麗にしても、石ころである事に変わりはない。宝石の輝きには届かないのさ」




 反論する余力も無かった。


 どうすれば、この局面を打破できる。


 どれだけ必死で考えても、思い至らない。




「ここまで楽しませてくれた礼だ、一瞬で殺してやるよ、矢野。世界王の慈悲に感謝しながら死ね」


「させない!」




 小さな影が俺の前に現れる。


 ドールだ。


 彼女は俺を庇うように立つ。




「……や……め、ろ……に……げ、る……んだ」


「エルザ……! おやめなさい……!」


「逃げない。あなたは殺させない」




 俺とイルザ様の声も聞かないドール。


 彼女は頑固だ。


 一度決めたら動かない。




 でも、頼む。


 お願いだから……今だけは逃げてくれ。




「なんだ、お前の女だったのか、こいつ」


「……」


「そうだ、ならゲームをしよう。ああ、こいつは名案だ! やはりオレは天才すぎる!」




 奴は心底楽しそうに言った。




「女、オレは今からお前を殺す。だが死ぬまでに一度も悲鳴をあげなかったら、矢野と王妃は助けてやる、どうだ?」


「……!」




 ふざけるなふざけるなふざけるな……!


 この野郎、ドールを殺すつもりかっ!




「……う、が……光山あ……!」


「エルザ! そんな事はしなくてていいわ! お願い、逃げて……! お願い……!」




 ドールの返答をニヤニヤしながら待つ光山。


 彼女はゆっくりと口を開いた。




「……分かった、やる」


「エルザ!」


「断ったら、全員殺されるだけ、なら」




 ドールは俺の方を向いて……笑った。


 恐怖に引き攣った顔を強引に歪ませて。


 自分は大丈夫だと、虚勢の仮面を被った。




「ユウトは、死なせない」


「あ……あ……ドール……ああ……!」




 なんで、だよ。


 なんでそんな顔をする。


 確かに俺はドールの笑顔が見たかったけど……こんな状況で、そんな作り笑いは見たくない!




「くく、良い女だなあ、矢野。お前には勿体ないくらいだ……オレが遊んでやるよ……!」




 凶悪な笑顔を見せる光山。


 奴は殺害方法までは縛ってない。


 殺すに至るまで、何をしようが自由。


 彼女の体を弄びその果てに命を奪う事だって……




 どうして。


 どうして神は、こんな奴に力を与えた。


 世界の危機を救う為?




 多くの人にとっては、この勇者の皮を被った悪魔の存在の方がよっぽど危機だ!


 憎い、光山も弱い自分も。




 力が欲しかった。


 何でもいい、どんな代償だって払うから。


 俺に……大切な人を守る、力を……!




「さあて、どう調理しようか」


「……ぁ」


「震えちゃって……可愛いじゃないか」




 ……分かっていた。


 都合良く力をくれる存在なんて現れない。


 頼ろうが縋ろうが、神はいつも無慈悲だ。




 なら、自分で成し遂げるしかない。


 方法は……無い、ワケでも無かった。


 出来るかどうかは完全に賭け。




 おまけに勝っても負けても死の危険が伴う。


 ただの自傷行為で終わるかもしれない。


 でも、僅かでも可能性があるなら。




 弱くても選択肢を選べない凡人は……いつだって自分の命を賭け金にして戦うしかない!


 愚かでも、醜くても。




 愛する人を、救う為なら––––!












「……がああああああああああああああっ!」












 この命、無意味に雑に––––使い潰す!

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