第30話 神を纏いし凡人

 残存していた魔力を全て解放する。


 同時に魔力操作法で肉体強度を上げた。


 体外に放出された魔力は行き場を失い、暴走。




 持ち主である俺に逆流した。


 暴走によって膨れ上がった魔力は体内で暴れ狂い、宿主を壊そうと身体中を駆け巡る。




 気が狂いそうな程の激痛。


 足の先から肉を切り刻まれるような拷問だ。


 ……だが、耐える。




 事前に上げていた肉体強度を信じて。


 耐えて、耐えて、耐え切って……至る。


 暴走した魔力を魔力操作法でエネルギーに変換。




 俺を殺そうとしていた力は、俺の壊れかけの体を突き動かす呪いの力へと変貌した。


 キッカケは、ジュエルクローラー戦。




 魔力操作法を使いながら魔法を暴走させた俺は、僅かな間だけで意識を保つ事が出来ていた。




 ならば、事前に幾重にも肉体強度を上げ意識を保ち、その間に暴走した魔力を魔力操作法でエネルギーに変換して身体機能を上げる事が出来るのでは、と。




 もちろん机上の空論だ。


 危険すぎて実験もできない。


 だから今日まで忘れていた。




「っ、何だ、この禍々しい魔力……?」




 ピタリと、光山が動きを止めた。


 視線はドールからその背後で倒れている俺に。


 一応、警戒している雰囲気だ。




「まさかな……あれだけオレの攻撃を受けたお前にはもう、体力も気力も残って––––」




 ––––ドクンッ




 瞬間。


 俺は……賭けに勝った。


 脈動する心臓に突き動かされながら––––跳ねるように飛び起き、その勢いのまま拳を振るう。




「ぶはあっ!?」




 ゴッドギフトとやらは解除されてない。


 にも関わらず奴を壁際まで吹き飛ばす。


 顔面を狙ったからか、鼻が折れて血を流していた。




「ユ、ユウト……?」


「……ああ」




 ドクン、ドクン。




 ドールの俺を見る目は懐疑的だ。


 今の姿は、いつもとはかけ離れているらしい。


 事実、確認出来るだけでも体は歪に変化していた。




 肌の色は毒々しい紫色に。


 筋肉は膨れ上がり、血管が蠢いている。


 心臓の鼓動はやけに早く、心音も凄まじい。




「ドール、俺の顔、どんな感じだ?」


「……こ、氷よ姿を写せ『アイスクリエイト』」




 彼女が魔法を唱えると、氷の鏡が出来上がった。


 言葉で聞くより分かりやすくて助かる。


 自らの目で確認する……想像以上に酷いな。




 顔は肌以上に濁った色。


 瞳は充血し、微妙に光っている。


 髪は逆立ち揺らめいていた。




 人型の魔獣と思われても仕方ない。




「安心してくれ」


「……?」


「俺はユウト……お前の、勇者だ」


「っ!」




 ポンと、ドールの頭を撫でる。


 それだけで彼女はうっとりしていた。


 純粋すぎて将来が心配になる。




 まあ……俺が悪意から守れば解決か。




「勝ってくる」


「うん、無理はしないで」


「出来る限りな」




 それは難しい相談だった。


 現に今、こうして立っているだけでも俺の体は刻一刻と破滅の道を進んでいる。




 この状態が長く続けば、確実に死ぬ。


 分不相応の力を、理から外れた方法で得たのだ。


 それでも……勝たなくてはいけない。




「や、矢野おおおおおおおおっ!」




 獣のように叫ぶ光山。


 顔の傷は既に治したようだ。


 光のオーラが何倍にも膨れ上がっている。




 俺はドールを下がらせ、構えた。








「––––いくぞ、帝級。脇役モブの力を思い知れ」


「調子に乗るな低級があああああああ!」








 大地を踏む。


 それだけであっという間に光山の元へ。


 驚異的な脚力だった。




 いや、脚力だけでは無い。


 ありとあらゆる能力が上昇していた。


 まるで奴の『ゴッドギフト』のように。




 もし、この力に命名するとしたら……『神纏かみまとい』。


 ヴィナス信徒からしたら侮辱的すぎる名称。


 だからこそ、似合う。


 神の贈り物に匹敵する力を、俺は自分の命を代償にする事で身に纏っているのだから。




「はあっ!」




 光山は高速で動き回り、俺の背後を取った。


 刹那、俺も動いて逆に奴の背後に陣取る。


 軽い意趣返しだ。




「こっ……のがはっ!?」




 振り向く前に右脚で蹴りを叩き込む。


 ダメージを与えた感触がしっかりあった。


 帝級相手に、戦えている。




 その自信が余裕を生み、より俊敏な動きになった。




 左右の拳を使った連続攻撃。


 しかも一発一発が必殺級。


 光山は防御に徹しながら流れを断ち切ろうとしていたが、そうはさせないよう更に速度を上げる。




「チッ……! 風よ、幾千もの刃になりて我が敵を切り刻め『サウザンド・エアカッター』!」




 格闘戦では敵わないと悟ったのか、魔法を唱えて無数の風の刃を空中に生み出した。


 さっきとは違い、しっかり視認できる。




 だったら問題ない。


 俺は跳躍してから空中で一回転する。


 その余波で、全ての風を叩き落とした。




 イメージ通りに体が動く。


 手足が鉛のように重かったのが嘘のようだ。




「なっ……!」




 流石の光山も驚愕を隠せない。


 が、空中では身動きがとれないと気づき、直ぐに新たな魔法を詠唱した。




「––––永遠に燃えろ『エターナルフレア』!」




 地面に着地する手前で魔法を完成させられる。


 途端、全身に炎が纏わり付いた。


 青白い不気味な火炎は俺だけを焼いている。




「はははは! その炎は対象を焼き尽くすまで絶対に消えない無限の炎! 当たったら最期だ! 地獄の苦しみを味わいながら死ね!」




 死ね死ねうるさい勇者サマだ。


 あと、無限なのか永遠なのかハッキリしろ。


 それからもう一つ、物事に絶対は存在しない。




「『ウォーター』」




 水の低級魔法を唱える。


 直ぐに頭上から滝のような水が流れた。


 この状態は魔法の威力も底上げするようで、青白い炎はあっさりと鎮火する。




「は……?」


「『ウィンド』」




 呆けている光山に風の低級魔法を撃ち込む。


 奴は直撃され、何度もバウンドしながら傷付く。


 荒い息を吐きながら言った。




「そ、それが低級魔法……? 馬鹿な、そんな」


「戦いの最中だぞ、気を抜くな」


「ぐはっ!?」




 立ち上がりかけていた光山の顎をつま先で蹴り上げ、空中に浮いた両足を掴んで砲丸投げのようにグルグル回しながら地面に叩きつけた。




 そのまま馬乗りになって顔面を殴り続ける。


 何度も、何度も。


 奴が奪った命の分、徹底的に。




「ああああああっ!? 退けえええええっ!」




 光の量がまた増える。


 身体能力が上昇したのか、俺のマウントを外した光山はそのまま格闘戦を仕掛けてきた。




「このパワーとスピード、お前如きがついて来れると思うなよ!」


「力と速さだけじゃ勝てねえぞ?」


「うるせえっ! モブは黙って死ね!」




 光山の猛攻は続く。


 しかし子供の喧嘩のように腕を振り回したり、時折蹴りを織り交ぜるだけの単調な攻撃だった。




 薄々感じていた事を口にする。




「お前、まともな鍛錬した事無いだろ」


「鍛錬? はっ! 選ばれた天才のオレにそんなもん必要無いんだよ凡人が!」


「だろうな、俺もそう思う」




 鍛錬とは極論、力を身に付ける為の過程だ。


 既に力があるならする必要が無い。


 あれだけの力を持っているなら、確かに光山にとって鍛錬なんてのはそれこそお遊びに見えただろう。




 まあ、だから負けるんだけどな。




「おらおらおらおらああああああっ!」


「……ハアッ!」




 ロマノフ団長から習った王国流格闘術を思い出す。


 光山が放った右ストレートを、左手の甲で横から弾くように押し出して防いだ。




 人間、横からの力には案外弱い。


 力が拮抗してるなら尚更だ。


 バランスを崩してよろめく光山の右腕を掴み、こちら側へ引っ張って寄せる。




 ぐいっと引き寄せた勢いに合わせ、俺は毎日愚直に練習していた正拳突きを放った。


 拳が奴の体にめり込む。




「ぐほあっ!?」




 掴んだ右腕は離さず、何度も拳を打ち付ける。


 ある程度のダメージを与えたところで右腕を離し、回し蹴りを放って地面に叩きつけた。




「て、低級の雑魚が……モブ風情がこれ以上いきがるなあああああああああああああああああああっ!」




 起き上がった光山は、発狂しながら全身の光を凝縮させてボールのようなものを作り出し頭上に掲げた。

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