第28話 低級VS帝級

「光山……」




 光山はまるで散歩にでも来たかのような態度だ。


 自分が絶対的強者である事を疑ってない。


 日本ではあそこまでの自信は持っていなかった。




 帝級魔法の力が、彼を変えてしまったのか?




「矢野か。あの雑魚勇者二人はお前に負けたのなら、いよいよ廃棄決定だ」


「仲間じゃないのか?」


「仲間? それはどんなギャグだ?」




 アイツが成島と羽島を捨て駒としか思ってないのは予想していたが、改めて本人に聞く。


 少しでも時間を稼ぎ、隙を見つけたかった。




「オレは他の勇者にこの国から出て行けと言ったんだけどな、あの雑魚二人組がどーしてもオレの飼い犬になりたいって喚くから使ってやっただけだ」


「お前が勇者の亡命を進めたのか!」




 意外な事実が発覚する。


 でも、なんでそんな事を。


 光山は自分だけが知る情報を明かすのが楽しいのか、問い質さなくても勝手に口を開いた。




「勇者はオレ一人で充分なんだよ、そもそもこの国には勇者が多すぎた。最高最優、真の勇者であるオレが少しでも霞んで見えたら、それは世界の損失だ」


「……はあ?」




 コイツは何を言っている?


 ドールもルピールもイルザ様も困惑していた。


 だが、奴は次に衝撃的なカミングアウトをする。




「全員始末しても良かったが、流石に面倒でな。殺したのは鮫島だけだ」


「なっ……! 本当なのか!?」


「当たり前だろ? あんな低脳雑魚、生かしておく意味がまるで無い」




 サラリとクラスメイトを殺したと明かす光山。


 数ヶ月前、同じ教室で学んでいた間柄だ。


 それを……殺害した……?




「光山……お前、おかしいぞ」


「天才は常に理解されないものだ––––で、いつまで様子を伺っているつもりだ?」




 奴が俺達を睨む。


 明確な殺意が宿っていた。


 抵抗してもしなくても、殺される。




 確信めいたものを感じた。




「ユウト」


「大丈夫だ」




 ドールが不安そうに服の袖を掴む。


 帝級勇者と戦う。


 勝ちの確率はゼロに等しい。


 口では大丈夫と言えても根拠はどこにもなかった。




「ユウト殿、私が時間を稼ぐ」


「ルピール?」


「貴殿は王妃様達を連れ、行け!」




 瞬間、ルピールが光山に立ち向かって行く。


 真正面から堂々と。


 風の魔法を唱えたのか、竜巻が彼女の体を覆って尋常じゃない速度を出していた。




「ルピール!」


「っ!」




 彼女は決死の覚悟で特攻した。


 最優先事項は、二人の安全。


 俺の取るべき行動は––––




「二人とも、逃げるぞ!」


「しかしルピールが!」


「今は彼女の覚悟の為にも––––」




 グチャッ




 肉が弾ける音。


 ズルッと、何かが落ちた。


 ぽたぽたと水滴の音も聴こえる。




「覚悟が、なんだって?」




 光山を見る。


 奴は一切動いてない。


 だがその足元には、上半身と下半身を切り離されたルピールの遺体が転がっていた。




 ドロリと、血の池を作っている。




「は……?」


「そんな……ルピール……」




 フラリと倒れそうになるイルザ様。


 ドールが慌てて支えた。


 俺は呆然と立ち尽くしている。




「分かったか? これが真の勇者……いや、世界の王に相応しい男の力だ」


「世界の王……?」


「そうだ。オレは危機を完全解決した後は、この世界のあらゆる国を統一し、唯一王となる」




 ぐしゃりと、奴はルピールの顔を踏み抜いた。


 そして両手を広げながら声高に叫ぶ。




「世界統一国家の王、世界王! それがオレの夢だ! その為の準備はずっと進めている! 魔獣の異常発生を利用して、軍勢を王都に差し向けたりなあ!」




 どういう事だ。


 それはまるで––––魔獣の軍勢の侵攻が、光山が仕組んだ事のように聴こえる。




「そんな事、普通の人間には不可能だ! だけどオレは成し遂げて最強の力を見せつけた! オレこそが、この世界の主役なんだ!」




 そんな事の為に。


 お前のくだらない自己顕示欲の為、あの惨劇とも呼べる戦いを引き起こしたと言うのか?


 何人死んだのか分かっているのか?




 いいや、分かってない。


 目の前で野望を語るコイツの目には、良心も倫理観の欠片も無いのが分かる。




 ––––殺さないと。


 コイツは、生きてちゃダメだ。


 生まれて初めての殺意を抱く。




 ここで止める。


 これ以上、アイツの身勝手で犠牲者を増やさない為にも……今ここで、殺す!




「おおおおおおおっ! 光山あああああ!」


「ダメ、ユウト! 殺される!」




 魔力を全身に張り巡らす。


 視力も極限まで強化した。


 見切れ、アイツの動きを。




「矢野、お前は主役ヒーローの前に立ち塞がるヴィランですらないモブだ。それを今から分からせてやる」


「何を言って––––っ!」




 奴に斬りかかろうとした瞬間、急停止する。


 俺の鼻先数センチ先で、何かが通った。


 後ろに下がって様子を伺う。




「へえ、避けたか。まあそれくらいは出来ないと、オレの遊び相手としては不十分だ」


「……風の刃か」


「正解だ」




 正確には、不可視の風の刃。


 光山の周りには無風の風が渦巻いているが、遠目からでは形は見えないし音も聴こえない。




「『クリアネス・エアブレード』。不可視無音の風の刃を生み出す特級魔法さ」




 光山は得意げに話す。


 特急魔法は初めて見た。


 奴は「そうだ」と何か思いつく。




「まずはこの魔法を攻略してみろ。無理なら……そうだな、先にあの女二人を殺す」


「っ!」


「ほら、本気になれるだろ?」


「お前……」




 ニヤニヤと笑みを浮かべる光山。


 脅しでは無いだろう。




「お前達には多少感謝してるよ、反逆のおかげで王を始末する手間が省けそうだ」


「やっぱりそういう事か」


「だからもう、そこの女を捕らえる命令も聞く必要が無い。オレの暇潰しとして存分に利用させてもらう」




 光山はドールを見ながら笑う。


 ふざけやがって。


 今すぐにあの顔をぶん殴りたい。




 だけど、落ち着け。


 冷静さを欠いて勝てる相手じゃない。


 頭に血が上れば羽島の二の舞だ。




 クリアネス・エアブレードについて分析する。


 射程範囲は奴の周り1、2メートルくらい。


 範囲に入った瞬間即座に攻撃はされないで、僅かな間タイムラグが発生する。




「……よし」




 一応の突破法を考える。


 かなり強引だが、複雑な魔法が使えない俺にはあの特級魔法の攻略は危険が伴うものばかりだ。




 だが成功すれば大きなチャンス。


 それに光山は完全に慢心している。


 強者を殺す毒はいつだって油断だ。




 ここでやらなきゃ皆んな死ぬ。


 何よりアイツは、ルピールの命を奪っている。


 まだ出会ってごく僅かな時間しか共にしてないが、同じ志を持った仲間である事に偽りは無い。




 彼女の仇を討つ為にも、必ず勝つ!




「はああああっ!」




 魔力操作法で限界まで肉体を強化する。


 そして大広間を縦横無尽に移動した。


 壁や床が移動速度に耐えられず徐々に崩壊する。




「おいおい、シャトルランでもやってるつもりか? 学校の体育館じゃ無いんだぞここは」




 余裕の態度を崩さない光山。


 俺のやっている事に気付いてないようだ。


 いいぞ、そのまま見下してろ。




 大広間を駆け回りながら時折、クリアネス・エアブレードの射程範囲ギリギリまで近づく。


 それを何度も繰り返し––––




(ここだ!)




 準備は整った。


 魔鋼鉄の剣を、思い切り振りかぶる。


 クリアネス・エアブレードを気にせずに光山に突っ込み、弧を描くように振り払った。




 風の刃の追撃は無く……そのまま光山の喉元まで魔鋼鉄の剣が迫る。


 俺は無駄に大広間を走り回っていたワケじゃない。




 高速で移動しつつ、射程範囲ギリギリまで近づき魔鋼鉄の剣で不可視の刃を一本ずつ無効化していた。


 その場に留まって刃を叩き落とそうとしても、その前に俺の体が八つ裂きにされる。




 だから慎重に一本ずつ無効化した。


 見えはせずとも、剣の先だけを射程範囲に入れれば勝手に追尾してぶつかってくる。




 そして剣を射程範囲内に出し入れして、何も起こらなかった瞬間に全ての力を注いで光山を狙う。


 それが俺の、唯一の勝ち筋だった。




「やるじゃないか」




 光山の喉まで、あと数センチ。




「ラウンド2、開始だ」




 瞬間、奴の姿が消失した。

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