第27話 私の勇者様

「ユウトさん、無事かしら?」


「はい、何とか」


「ふむ……貴殿は随分と腕が立つようだ」




 イルザ様、タイダル殿下、ルピールが戻って来た。


 三人は気絶している羽島を見た後、ほぼ無傷で平然と立っている俺を見比べて驚く。




「ユウト殿は低級魔法使いと聞いていましたが……とても優秀な戦士なのですね」




 中でもタイダル殿下は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっていたので、少し面白かった。




「イルザ様のおかげですよ」


「あら、私?」


「はい。だって諦めるなと教えてくれたのは、イルザ様じゃないですか」




 イルザ様と初めて出会ったあの日。


 一人だけ低級魔法使いだった事実に不貞腐れ、全てを諦めていた俺に希望を与えてくれた人。




「私はただ、キッカケをあげただけです。ユウトさん自身が頑張ったから、ですよ」


「勇者の強さは単純なランク分けでは計れない……大変勉強になりました」




 過大評価されているようで恥ずかしい。


 沢山の人に助けられたおかげで、今ここにいる。


 一人ではこの強さは絶対に得られなかった。




「羽島はどうします?」


「僕の魔法で縛ります。氷よ、彼を閉じ込めろ『フリーズバインド』」




 タイダル殿下が魔法を唱える。


 羽島の体は一部凍結された。


 氷属性の拘束魔法だろうか。




「これで目覚めても、暫くは動けないかと」


「ありがとうございます」


「では、参りましょうか」




 イルザ様の言葉に頷く。


 四人で隠し通路を進む。


 そこから先は門番も罠も無かった。




「ここか……」




 通路の終点に、白い扉がポツンとあった。


 それ以外は何も無い。


 この先に、いよいよ。




「俺が開けます。部屋の中に敵が潜んでいる可能性もありますから」


「ならば私が周りを警戒しておこう」




 三人にそう言ってから、ドアノブに触れる。


 とくに何か仕掛けられている様子は無い。


 そのままガチャリと、扉を開けた。








 ◆








「エデンの勇者はお姫様に言いました。大丈夫、この先ずっと、僕が守ってみせるから」




 私は機械的に本を読む。


 読書は好きだ。


 世界観に没頭している間は、自分を忘れられる。




「お姫様は泣いて喜びました。そして、エデンの勇者に愛していると伝えます」




 愛。


 私の人生を狂わせたモノ。


 自分には必要無いと思っていた。




 だけど、彼と出会ってからは違う。


 正直、第一印象は良いとは言えない。


 誰と見間違えたのかは知らないが、初対面の相手を舐め回すように視るのはよろしく無いだろう。




 それからも何故か度々出会い、彼は私に無視されているにも関わらず話しかけ続けた。




 次第に私が根負けして、少しだけ話すようになる。


 決定的に変わったのは……二人で依頼を受けた時。


 彼の作った食事が美味しかった。




 事故とは言え、露出した下半身を見られた時は死にたくなるほど恥ずかしかったが……今思えば、あの時も彼は私を助けようと駆けつけてくれている。




 ジュエルクローラーとの戦いでもそう。


 愛想の無い女を、どうしてか気にかけていた。


 魔法をあえて暴走させるという、危険な事までやって私を助けてくれた。




 一つ一つは些細な出来事。


 だけど、全部が繋がって。


 魔獣の軍勢と戦う前夜、互いに手を伸ばして抱きしめ合った時……私は愛を欲していた。




 彼に、愛されたい。


 今もずっと渦巻いている。


 だけどそれは、もう叶わない。




 どうしてだろう。


 自分がこの世で一番不幸なんて言うつもりは無いが、それにしたってタイミングが悪すぎる。




 何を間違えた。


 いつ何処で私は失敗した?


 私はいつも、お母様と、彼と……愛する人と、ただ平穏に暮らしたいとしか願ってないのに。




「……エ、デンの……っ、ゆ、うしゃ、は」




 ボロボロと涙が零れる。


 止まらない、止められない。


 彼を想えば想うほど、涙は流れた。




「……あ、ああ、うああ……っ!」




 本に涙が滲む。




「たすけて……! だれか、たすけて……!」




 届かない叫び。


 助けを呼んでヒーローが、勇者がやって来るなら、この世はこんなに残酷じゃない。




 分かっていた。


 分かっているから絶望した。


 自分は助からない。




 知らない国、知らない男の愛人になって、飽きるまで体を弄ばれ続ける。


 清い体だけはずっと守ってきたのに。




 それならいっそと、暗い考えが頭に浮かぶ。


 私が死ねば、あの王は困るだろうか。


 私が死ねば、なにか変わるだろうか。




 私が死ねば、誰か泣いてくれるだろうか。




「あ、あっ」




 舌を、動かす。


 口を開けて外へ。


 噛みちぎるのは女の力でも足りる。




 勇気だけだ。


 勇気さえあれば、この地獄から抜け出せる。


 だから、だから……!




 ––––ガチャン




「……え?」




 舌を引っ込ませて口を閉じる。


 今、音が聞こえた。


 ドアノブに手をかけたような音。




 王か、あのニセ勇者か、それとも。




「だめ」




 期待しちゃ、ダメだ。




 ––––ドアノブが動く。




「だめ」




 何度も現実に裏切られた。




 ––––扉が動く。




「だめ」




 なのに、なのに。




 ––––扉が、開いた。




































「ドール!」




































 ◆








 衝動的に名前を叫ぶ。


 気づいたら走って彼女の元へ。


 そして、強く抱きしめて再び名を叫んだ。




「ドール!」


「あ、ああ、あっ……ユウ、ト……?」


「そうだ!」


「う、ああ、ああああああああああっ!」




 ドールは泣いた。


 それはもう大声で。


 人が本気で泣いている顔を初めて見た。




「助けに来た……! 仲間だって沢山居る! だからもう大丈夫!」


「仲間……?」




 多少落ち着いたドールが言う。




「大きくなりましたね、エルザ」


「お母様……!?」


「ええ、貴方の母ですよ。ああ、エルザ! また会えるなんて、ああ!」




 空気を読んで一旦ドールから離れる。


 するとイルザ様は彼女を抱きしめた。


 再び涙を流すドール。




「失礼、お三方。ここは敵地です、そろそろ行かねば王にバレるのも時間の問題かと」




 タイダル殿下が咳払いしてから言う。


 彼の言う通りだ。


 まずは安全な所までドールを送り届ける。




「行こう、ドール」


「うん……!」




 彼女はベッドから降りて立ち上がる。


 俺達四人は急いで隠し部屋から退室した。


 通路へ出ると、なんとロマノフ団長と出会う。




 俺は声をあげて彼の生還を喜んだ。




「無事だったんですね!」


「ふはは、教え子には負けんさ」




 ロマノフ団長は成島を無力化した後、王妃派に加勢しようとしたが彼らは俺達の力になってくれと頼んだらしく、こうしてやって来たようだ。




 それにしても、同じ上級魔法使いとは言え勇者の成島を倒すなんて流石ロマノフ団長。


 経験や技術なら勇者もまだまだって事か。




「お久しぶりです、エルザ様。昔会った時はまだ赤子のお姿でしたが」


「ごめんなさい、覚えてない」


「はは、当然ですな」




 彼は赤子のドールと会っていたようだ。




「タイダル殿下、この後はどうします?」


「そうですね、当初の予定とはズレますが……僕とロマノフで王を討ちに行くので、ルピールとユウト殿はイルザ様とエルザ様を安全な場所まで送ってください」


「王を討つ……?」




 タイダル殿下の言葉に混乱するドール。


 俺は事の経緯を話した。




「ごめんなさい。私の為にまた危ない事を」


「気にするなよ、俺も助けてもらってばっかりだし」


「……うん」




 そして今度はタイダル殿下と別れる。




「タイダル殿下、お気をつけて。ロマノフ団長も」


「ユウト殿も、ご武運を!」


「ユウト、お前は強い。だから自信を持て」




 それから四人で城内を駆け回る。


 あちこちで戦闘が多発していた。


 本格的な反逆戦争が起ころうとしている。




「ふふ、ユウトさんは娘と随分と親しいようですか、どの辺りまで? ナカには入れましたか?」


「お母様!」


「イルザ様! 王族ともあろうお方がなんて!」


「あら、大事なことなのに」




 こんな状況なのに下ネタを投下するイルザ様。


 ドールは顔を真っ赤にして否定している。


 久し振りに会った最初の会話がそれでいいのか……




「見えたぞ、あの大広間を抜けたら外に出れる!」




 そんなワケで出口は目と鼻の先。


 脱出まであと一歩。


 ––––しかし現実は、やっぱり甘くなかった。




「……ったく、成島と羽島は足止めも満足に出来ないのか。もう必要無い、あとで始末しよう」




 悠然と現れた、最強の男。


 伝説の帝級魔法使いにして真の勇者。


 光山流星が、そこにいた。

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