第3話 王妃との出会い

 魔法適性を調べた日から、一週間が経つ。

 俺は一人で王城内をフラフラ歩いていた。

 クラスメイト達は今頃訓練に励んでいる。


 俺は仮にも創造神に選ばれた勇者。

 本来ならこんな所で暇を潰していい筈が無い。

 だが、それも低級魔法使いなら話は別。


 訓練する事が無いのだ。

 もっと言えば、騎士団から教わることが無い。

 低級魔法は魔法の素質があるなら誰でも使える本当に基本中の基本、初歩の中の初歩だ。


 だからか、殺傷能力が極端に低い。

 およそ戦闘に使える代物では無かった。

 では何に使える? と問われたら、生活を豊かにするとしか言えない。


 火を起こしたり、暗い場所を照らす灯りだったり。

 発動も用意で、ただ一言魔法名を言うだけ。

 それも低級魔法である必要は無い。


 どれも中級魔法の応用で出来ることだ。

 中級魔法以降の練習用魔法でしかない……それが世間一般の、低級魔法に対する考え方。


 そしてその認識は恐らく正しい。

 この一週間、俺も何か出来ることは無いかと色々と試してみたが……何をしても中級の劣化になる。


 そんな低級魔法使いである俺に回す時間は無く、必然的に追い出されるカタチになった。

 ロマノフ団長だけは最後まで訓練に付き合ってくれたが、彼も忙しく俺だけに構うことは出来ない。


 クラスメイト達の反応は……何もなかった。

 皆んな自分の魔法に夢中で、俺の事など心の底から眼中にない雰囲気だったのを覚えている。


 光山なんかは既に中級魔法をマスターし、上級魔法の練習に着手しているようだった。

 他のクラスメイト達も彼ほどでは無いが、この世界の常識に比べ遥かに早く上達している。


 ––––俺だけ。


 俺だけが、何の才能も無い落ちこぼれだった。

 もし、本当に創造神ヴィナスが存在するなら……どうして? と小一時間問い詰めたい。


「はあ……」


 ため息を吐く。

 無いものねだりはやめよう、虚しくなるだけだ。

 なんて考えながら歩いていると……


「おお、凄いな」


 いつのまにか、中庭のような所に立っていた。

 立派な花壇が何個も並んでいる。

 地球に咲いていたモノと似たような花もあれば、まるで知らない花も咲いていた。


 暫くの間、中庭でぼーっと過ごす。

 花なんて興味が無かった筈なのに、不思議と眺めていて飽きる事は無かった。


「お隣、よろしいですか?」

「どうぞ」

「では、失礼します」


 誰かやって来たようだ。

 広いのにどうして俺の隣に座る。

 適当に返事をしたけど、相手は誰だ?


 気になって横を向く。

 ––––隣には美しい女性が居た。

 鮮やかな水色の髪と瞳は記憶に新しい。


「……え」

「……? どうかしました?」

「も、もしかして––––王妃様?」


 あの日、謁見の間で見た女性。

 間違いない……王妃様だ。

 彼女はニコリと微笑む。


「はい、王妃です」

「も、もももももも申し訳ございません!」


 ズザザッと王妃から離れる。

 彼女はこの国で二番目に強い権力を持つ。

 低級魔法使いの俺など、例え勇者であっても片手で握り潰されてしまうだろう。


 チラッと辺りを見回す。

 遠くの方から、王妃の護衛らしき人物が居た。

 抜刀ならぬ抜杖されてないという事は、まだセーフでいいのだろうか。


「貴方は勇者なのですから、もっと楽にしてください。ロマノフとは随分と砕けた関係だと聞いていますが、私にも同じ態度でけっこうですよ?」

「そ、そんな滅相も無い……」

「離れていたら、お話も出来ないわ」

「お、お話し……?」


 王妃は俺との会話をご所望のようだ。

 正直言って何を考えているのか分からない。

 分からないが、小市民はただ従うだけだ。


「で、では」


 さっきと同じ場所へ座る。

 意識すると、急にドキドキしてきた。

 もちろん心臓に悪い意味で。


「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「特には無いわ。この庭園へ来たら、貴方が楽しそうに花を眺めていたから、つい」


 小悪魔のように笑う王妃。

 思わず年齢を詮索してしまう。

 や、可愛いには何の定義も無いけど。


「今年で三十六歳です」

「!?!!?!?」


 心を読まれた!?

 パニックになりそうな精神を必死で鎮める。


「な、なにかの魔法ですか?」

「あら、私は自分の年齢を口に出しただけなのに。そんな事を考えていたの? 酷い殿方だわ」

「あ、いや、ちが」

「ふふっ、ご安心を。全て冗談よ」


 まるで少女のように笑う王妃。

 あっさり手玉に取られてしまった。

 これが大人の女性の余裕ってやつか。


「や、やめてくださいよ、王妃様」

「ごめんなさい。でも、緊張は溶けたみたいね」

「あ……」


 確かに、嫌な心音は消えていた。


「……ありがとうございます。王……いえ、イルザ様」

「ふふ、どういたしまして」


 頰が赤くなる、無性に恥ずかしい。

 母親にエロ漫画の所持をバレた時みたいだ。

 ……いや、それとはまた違うベクトルだな。


「貴方、お名前は?」

「ヤノ・ユウトです。家名がヤノで、名がユウトと申します」

「ユウトさん……良い名前です」


 初めて人から名前を褒められた。

 俺の名前を呼んでくれる人なんて、それこそ家族しかいなかったけど。


「それで、どうしたの? なにか悩みでもあるのでしょう?」

「はは、全部お見通しですか。敵いませんね」


 そう言うと、イルザ様は静かに呟いた。


「一年中貴族と腹の探り合いをしていますから、嫌でも身に付いた技術ですよ。オススメはしません」

「それは、やはり王妃は大変な仕事ですね」

「ええ、それはもう……あら、いつのまにか攻守逆転? 貴方も中々でなくて」


 俺は僅かに微笑んだ。


「すみません。ちょっと、色々ありまして」

「貴方方を呼んだのは、我が国です。出来る限りのサポートを約束している以上、王妃である私にも、その義務はあります。私でよければ、話してくださいね」

「実は……」


 気づいたら、自分の心情を吐露していた。

 自分だけ低級魔法使いで、訓練にも参加させてもらえず、挙句幼稚な夢を見ていたこと。


 全部、吐き出した。

 イルザ様は静かに聞いてくれる。

 聞き上手な人って、ほんとに居るんだな。


 そして全てを話し終える。

 彼女は……俺に頭を下げた。


「申し訳ございません、ユウトさん」

「え……?」

「イルザ様! 今すぐおやめください!」


 するとそれまで静観していた護衛が飛び出て来た。

 全員女性で、気の強そうな人達だなーと、場違いな事を考えるくらいには俺も混乱している。


「何処で誰が見ているのか、分からないのです!」

「それでも、私はこの方に謝りたいのです。この国の恥ずべき代表として」


 頭を上げたイルザ様は続けて言う。


「我が国の勝手な理由で召喚し、世界を救ってもらおうなどと考えている時点で傲慢ですのに……まさか王がそのような仕打ちを貴方にしているとは。誠、申し訳ございません」

「それは、まあ……確かに、許せません」

「貴様!」


 護衛の一人が杖を抜こうとする。


「ルピール、やめなさい」

「しかし、この者は無礼な––––」

「命令よ。やめなさい、ルピール。二度は無いわ」

「っ! も、申し訳ありません」

「私では無く、ユウトさんに」


 一瞬だけ、イルザ様から物凄い『圧』が流れた。

 体が勝手に震える。


「す、すまなかった……以後、気をつける」

「あ、ああ」


 ルピールと呼ばれた護衛は、他の護衛と一緒にイルザ様の声で下がらされた。

 また二人の時間が出来上がる。


「……きっと近い将来、貴方にはまた不条理な出来事が降りかかると思われます」

「……」

「ですが、どうか諦めないでほしいのです。私も出来る限りの助力はします、だから––––強く、生きて」


 イルザ様の言葉には、力があった。

 多分、この先ほんとうに何か起こるのだろう。

 力を貸してくれるだけありがたい。


 ……でも、それだけじゃダメなんだろうな。


「はい。俺自身も、やれるところまでやってみます」

「ユウトさん」

「訓練、明日から……いえ、この後からまた始めます。無意味かもしれませんけど、きっと何かの役に立つと信じてみます」


 イルザ様が笑う。

 それはまるで母親のようだった。

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