第4話 追放処分

 異世界に来て、一ヶ月が経つ。

 俺は相変わらずの低級魔法使いだった。

 だけど、それで終わるつもりはない。


「『シードフレア』」


 火属性の低級魔法を唱える。

 右手人差し指の先に、小さな炎が灯った。

 ロウソクのように揺らめいている炎は、吹けば飛んでしまうくらいには弱々しい。


 だから余計な魔力を流して強化する。

 通常、中級以降の魔法は行使に必要な量以上の魔力を注ぐとバランスが崩れ不発に終わるが、低級魔法に限りその常識は覆されるのを俺は知った。


 シードフレアに少しずつ、魔力を流す。

 段々と揺らめく炎が大きくなる。

 何度も繰り返すと、それなりに大きな炎へ。


「よし……」


 心の中でガッツポーズ。

 だが、まだ終わらない。

 ここから更に手を加える––––詠唱だ。


 本来低級魔法に呪文詠唱は不要。

 魔法名を唱えるだけで発動する、お手軽魔法だ。


 種火を生み出す魔法なら『シードフレア』。

 微風を吹かす魔法なら『ウィンド』。

 とまあこんな具合だ。


 なら、その魔法に詠唱を加えたらどうなる?

 そもそも呪文詠唱とは、魔法に安定性と指向性を与える為のオプションパーツのようなもの。


 例えば中級魔法の『フレアスフィア』。

 これは炎を野球ボール〜サッカーボールサイズへと変化させて打ち出す魔法だが、呪文詠唱の際に「炎を球体にして打ち出す」という意味を込める。


 そうする事でフレアスフィアという魔法が完成し、もし呪文詠唱が疎かならただの炎になってしまう。

 詠唱が魔法に安定性と指向性を与えるものなら、それは低級魔法にも作用する筈。


 俺はオリジナルの呪文詠唱を唱えた。


「炎よ、火球となりて敵を穿て!」


 ギュインッ!


 シードフレアで生み出した炎が、意思を持ったかのように動き球体へと変わる。

 そして目の前へ飛ぶ。


 ボフッと、オリジナルのフレアスフィアは訓練用の的に当たって消えた。

 だが、火力は悲しいくらいに低い。


 本物のフレアスフィアならあの的に焼き焦げを作るようだが、俺のオリジナルは的に焦げ一つ付ける事すら出来なかった。


「はあぁ〜! やってらんねええええっ!」


 バタッとその場に倒れる。

 ここは訓練場だが、今は俺以外の利用者は不在だ。

 故にこうやって好きに大声をあげることができる。


 まあ、そもそも他人にこんな残念な魔法を見せたくないので一人の時にしかやらないが。


「あと少しだってのに……」


 起き上がって反省する。

 今の目標は魔力の過剰供給と呪文詠唱で、低級魔法を中級魔法並みの威力に底上げする、というもの。


 形だけなら、それっぽくなった。

 だが肝心の中身がまるでダメ。

 何度やっても大した殺傷力は生まれない。


 だけどもう、時間が無かった。

 ロマノフ団長曰く、もう殆どのクラスメイトが上級魔法をマスターしつつある。


 やがて彼らは各地に派遣されるだろう。

 その時、俺はどうなる。

 世界救済に興味は全く無いが、今後の俺の立場は非常に危ういものになると容易に想像できてしまった。


 だから有用性を示すなり、一人でも生活できるよう強くなるなりしなくてはいけないのだが……最近は壁にぶつかり気味だ、それも大きく分厚い。


 こういう時は気分転換だ。

 俺は素振り用の木剣を手にとって立ち上がる。

 そして上段から下段へ振り下ろす。


 次に左から右へ、右から左へ薙ぎ払う。

 これを何度も繰り返す。

 剣士の真似事だが、やらないよりマシだ。


 この一ヶ月、魔法の訓練以外にも手を出している。

 まだ城に居られる間に蔵書室へ行き本を読んで知識を蓄えたり、こうして剣の訓練をしたり。


 とにかくやれる事は全てやった。

 素振りのおかげで身体もある程度鍛えられている。

 以前の俺では考えられない勤勉ぶりだ。


 それだけ危機感を抱いているという事だけれど。


「はあっ!」


 体を動かすのは好きになった。

 これまでは体育の授業等で、嫌々運動していたから、多分好きになれなかったのだと思う。


 でも今は、自分に必要な糧として積極的に取り組んでいる……意識一つで人はここまで変われる、それは俺が得た数少ない価値あるものだ。


 なんて考えながら素振りをしていると、訓練場の入り口からロマノフ団長がやって来る。

 時刻は既に深夜へ突入したにも関わらず。


「ここに居たか、ユウト」

「ロマノフ団長? こんな時間にどうしたんですか」

「ああ、実は言わねばならない事があってな」


 ざわりと、背筋に悪寒が走る。

 本能で悟った。

 この先はきっと、よくないことが起きると。


「すまない……最後まで反論していたのだが、お前の追放処分が遂に決定してしまった」


 悔しそうな表情で、ロマノフ団長は言った。




 ◆




 ––––二日後。


 いつかはそんな日が来ると思っていた。

 想定していたより、ずっと早かったけれど。

 しかし、それこそ遅いか早いかの違いでしかない。


「ロマノフ団長、今までお世話になりました」

「私こそ、お前との訓練は新しい発見がいくつもあった。こちらの世界の都合で呼び出しておいて、こんな事を言うのは間違っているが……楽しかったぞ」


 追放処分。

 それが俺に下された決定。

 いよいよ完全な役立たずと判断された俺は、穀潰しと言わんばかりに城を追い出される。

 勝手に召喚しといて、だ。


 だけど声をあげたところで何も変わらない。

 むしろ自由に行動できると喜ぶか。

 城を出た後に暗殺でもされないかと不安に思っていたが、昨夜イルザ様から手紙を頂いた。


 手紙には謝罪の文と共に俺を様々な方面から守るとの旨が書かれていたので、きっと直ぐに殺される事は無い……と、思いたい。


 こればっかりはイルザ様頼りだ。

 俺にどうこう出来る領分を超えている。

 更に彼女は暫くの生活費までくれた。


 身勝手な理由で召喚した事のお詫びだそう。

 有り難く頂いておく。


「そう言ってくれると、俺もあの一ヶ月が無駄じゃなかったって思えます」

「無駄なものか、ユウト、胸を張れ。お前は立派な人間だ、だから絶対に生きろ」

「……はい」


 生きろ、という言葉に力強さを感じる。

 やはり外の世界は一筋縄ではいかないようだ。


「王都に出たら、黒色冠という装備屋に行くといい。俺の昔馴染みが店主をしているが、気の良いヤツだからきっと助けになってくれるぞ」


 貴重な情報までくれるロマノフ団長。

 黒色冠だな、よし覚えたぞ。


「じゃあ、そろそろ」

「ああ、元気でな」


 見送りはロマノフ団長だけだった。

 イルザ様は立場上来るのは不可能だが、クラスメイトが一人も来ないのはどうなんだろうか。


 俺、そんな浮いてたっけ?

 普通に話してた奴も居た筈だ。

 だから少しだけ悲しい、少しだけな。


「さようなら」


 最後にそう言ってから城を背にする。

 だが––––


「矢野」

「……光山?」


 意外だった。

 背後から光山に声をかけられる。

 こいつ、来てたのか。


「何か用か? 悪いが急いでいるんだ」

「別に、何でもない」

「はあ?」

「あばよ」


 いつもの光山からは考えられない冷たさ。

 俺の答えを待たず、彼は城へ戻って行った。

 やれやれといった雰囲気で光山を見ながら、ロマノフ団長も城へと戻る。


 何の為に来たんだ、あいつ。

 ワケ分かんねー、最後に悩みの種を増やすなよ。


「さて、と」


 ここから王都まで歩いて行くとそれなりに時間がかかるので、さっさと行動する。

 まずは黒色冠に行き、その後に宿を取ってから、噂の冒険者ギルドに行ってみよう。


 城の使用人達からこの国の一般常識を学んでおいてよかった、早速活用できそうだ。


「……じゃあな」


 一ヶ月世話になった城へ向けて言う。

 嫌な思い出の方が多いけど、ロマノフ団長やイルザ様と出会えた事だけは感謝している。


 この先もきっと良い出会いが待っていると、何故か確信していた––––出来れば、女の子希望。

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