第5話 王都
「ここが、王都……」
歩いて数時間後。
王都と呼ばれるフェイルート王国の首都に到着したが、活気の良さに圧倒されていた。
所詮は中世レベルと侮っていたが、日本の東京を思わせる人口密度で多くの人々が行き交っている。
人の多さに比例するかのように、当然店も多い。
何処から見て何をすればいいのか、一瞬戸惑う。
棒立ちのままは危ない。
それにこれは東京でもあるが、田舎から来たばかりの若者を狙う怪しい商売だってある。
当初の予定通り、黒色冠を探そう。
だが……
「何処にあるんだ……?」
王都は広い。
とりあえず歩いてみるが装備屋なんて無数にあり、客引きを巻くのに苦労する。
キャッチャー防止条例は無いのか? 無いか……
仕方ないので、しらみつぶしに探す。
ついでに今夜泊まる宿や、働くことになるであろう冒険者ギルドも見つけたい。
冒険者については事前に調べていた。
身元が不確かな者でも働くことができるが、その代わりに危険な仕事が多い。
例えば凶暴な魔法生物の討伐とか。
未開拓地の調査や、巨大な迷宮攻略等々。
命知らずの集まりだとロマノフ団長は言っていた。
ただ世間とのシガラミは少なく、自由に生きたい者にとっては天職だとも言っていたな。
まさに俺のようなワケありにはピッタリだ。
冒険者ギルドはなんと国際組織で、どの国にも干渉しない代わりにあらゆる王族貴族からの命令を守る義務が存在しないトンデモ機関である。
多くの貴族はそんな冒険者ギルドに反感を持っているが、既にギルドは巨大な組織で、そう簡単に潰す事のできない規模になっていた。
噂では運営にある国家が関わっていて、だから他の王族や貴族が手を出せないとか。
だから追放されて目を付けられている俺でも、他の職業に比べたら安心できると思う。
そういう理由で冒険者を志していた。
「あっ……もしかして、アレか?」
暫く経ち、いよいよ迷子になるかどうかの瀬戸際で、ようやく装備屋【黒色冠】を見つける。
店舗そのものはあまり大きくはないが、客入りは中々のようで冒険者らしき格好の人が多く居た。
足踏みしてる時間も惜しい。
ササッと店内へ入る。
まず目に入ったのは、目玉商品とばかりに展示してあった刀身が黒い片手剣。
ただの剣では無さそうだ。
値段は100万ヴィナス
日本円に換算して百万円。
とてもじゃないが買える代物では無かった。
因みにこの国の貨幣単位は神の名であるヴィナス。
大体1ヴィナスで1円相当。
城にいる間に貨幣価値は覚えた。
目玉商品は一旦頭の隅に置き、他のを見る。
剣や盾、ナイフが商品数としては一番多い。
鎧や槍は少ない、冒険者向けの店舗なのだろうか。
「よお、坊主。冒険者には見えねえが、なんか入り用か? ナイフくらいならあるぜ」
するとガタイの良い男性に話しかけられた。
この店の店主を……だろうか?
右目に傷がある、厳つい顔だ。
「いえ、冒険者志望です」
「なんだ、それなら冒険者っぽく見えねのも無理ねえか。さて、それじゃ何が欲しい? 装備にケチるのはおススメしないぜ」
「あ、その前に––––ロマノフ団長って人、知ってます?」
「ロマノフだと?」
反応する店主。
「はい、その人の紹介で来ました」
「また懐かしい名前だな、オイ。そうか、あいつの知り合いか……」
厳つい顔から一転、哀愁漂う表情をする店主。
昔馴染みというのは本当のようだ。
けど、不思議だな。
ロマノフ団長は王族の護衛も務める、エリート中のエリート……きっと名高い貴族家出身だ。
王都のいち装備屋さんとは、どんな関係だろう?
「不思議か? 俺と奴がどんな関係だったのか」
「あ、すみません。顔に出てましたか」
「はは、誰だってそう思うから気にするな。来な、ちょいと話してやる」
俺は店主に連れられて店の裏側へ。
営業は店員に任せたようだ。
「ほら、座れよ」
「失礼します」
そこは倉庫のような部屋だった。
木箱が何個も積み上げられている。
その一つに座って、店主と話す。
「ロマノフとは、戦場で知り合った」
「戦場で?」
「ああ、最も俺は徴兵された兵士で、奴は貴族の騎士、偶然同じ戦場に居合わせただけだ」
店主は語る。
徴兵された若い頃の店主は、とにかく生き残ろうと混沌を極める戦地で戦った。
しかし魔法の使えないただの兵士には限界があり、仲間も皆殺され周りは敵だらけ。
まさに絶体絶命。
「––––俺を取り囲んでいた集団の一人に、ロマノフは居た」
「えっ!?」
「俺と奴は最初、敵同士でな。奴はフェイルート王国、俺はアルゴウス王国出身だ」
純粋に驚いた。
それに店主はフェイルート人じゃないのか。
ますます謎が深まる。
「俺は死を覚悟したが……近くで魔法を暴発させたバカがいてな。そいつの上級魔法が真上から降ってきて全員吹っ飛んだよ」
「……」
「生き残ったのは、俺とロマノフだけ。だがお互いに重傷で、まともに歩く事さえままならかった」
その後、店主は休戦をロマノフ団長に求める。
しかし当時の団長はまだ若く、貴族としてのプライドから受け入れようとしなかった。
直ぐに自分の仲間が助けに来る––––そう考えていたらしいが、日が沈んでも一人として助けは来ない。
見捨てられた事実に団長は絶望したが、そこに手を差し伸べたのが店主だった。
団長の傷は店主より深く、まともに動く事も出来ないが魔法ならまだ使える。
逆に店主は少しだけなら動けたが、当然魔法使いでは無いので出来ることに限りがあった。
「俺はただ、生き残りたいだけだった。こんな所で死んでらんねえってな。それはあいつも同じだったのか……直前まで殺し合ってた二人が、生きるって目的の為に手を取り合った」
食料を確保し、とにかく人が生活している地域まで少しずつでも歩いて前に進む二人。
その間に、色々と話したと店主は言う。
国、家族、戦争……協力を始めて一ヶ月も経った頃には、二人とも兄弟のように打ち解けていた。
「まあ、こんなところか」
「え、この後は一体?」
「これ以上はつまんねーよ。何とか町に辿り着いた俺達は助かった、それから暫くしてロマノフの野郎からフェイルート王国に来ないかって誘われてな。色々あってこうして店を構えている」
その色々が一番気になる、とは言えなかった。
他国の人間が王都に店を出すって、それなりに難しい事だと思うが……これ以上詮索するのも悪い。
「んじゃ、次は坊主の番だ。何であのロマノフと知り合いなんだ? 今じゃあいつ、騎士団の団長なんだろ?」
「ああ、はい。実は––––」
内心ドキリとしながらも、要所をボカしながらそれっぽい偽りの設定を店主は話す。
ロマノフ団長に指導を受けていた事は素直に話すが、俺が異世界から来た事等は話せなかった。
心苦しいが、迂闊に吹聴していい内容でもない。
そもそも俺が勇者であると証明できるものが何も無いので、話しても信じてくれるか怪しいが。
一通り聴き終えた店主は、暫く考え事をする。
そして「しょーがねえ」と言いながら立ち上がり、視線を店舗の二階へ続く階段へと向けた。
「ちょっと来い」
「は、はい」
言われた通りに二階へ。
二階も倉庫なのか、いくつも部屋があった。
その内の一つの部屋へ入ると、彼は口を開く。
「坊主がよければ、ここ使ってもいいぞ。仕事がねーならウチで雇ってやる」
「え!?」
「ま、無理にとは言わねーが」
うますぎる話が転がってきた。
調べたとは言っても、所詮は付け焼き刃の知識。
右も左も分からない土地なのには変わりない。
そんな中でキチンとした部屋に住め、尚且つ仕事もくれると店主は言っていた。
「ど、どうしてそんな親切に?」
「別に、これも何かの縁だろ。俺も伊達に客商売やってねえ。坊主が悪い奴じゃないって事くらい、一目で分かったぜ」
俺は思わず泣きそうになる。
身勝手な理由で異世界に召喚され、しかも低級魔法使いというだけで不当な扱いを受けて来た。
一度はこの世界を憎んだけど……ロマノフ団長やイルザ様のように、良い人だっている。
その事実に感動した。
「俺、矢野優斗っていいます、ユウトが名前です。あの……これからよろしくお願いします!」
「おう、よろしくな。俺はジャムレイ、まあ好きに呼んでくれや」
こうして俺は仕事と住む場所を手に入れた。
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