第6話 冒険者ギルド

【黒色冠】に来て一週間ほど経った。

 仕事に関してはまだまだ慣れないが、信頼に報いる為一生懸命に働いている。


 まだ貰ってないが、給料は一ヶ月で20000ヴィナス前後だとジャムレイ店長は言っていた。

 部屋代がタダなのでかなりの収入になる。


 店長は別に自宅を持っていて、普段働いている時以外はそっちで家族と過ごしていると言う。

 店舗の二階も元々は倉庫なので、あの部屋寝るだけなら問題ないがキッチンなどの設備は無い。


 文句なんて口が裂けても言えないが、日本に居た頃はたまに料理をしていたので、少し恋しくなる。

 いつかはキッチン付きの家に住みたいと思う。


 それにいつまでも借りているのは申し訳ないので、まとまった金が手に入ったら出て行くつもりだ。

 当分の間は世話になるだろうけど。


「坊主、これ地下に運んでくれ」

「はい」


 売れ残った商品が入った木箱を店長から渡される。

 それなりに重いが、運べない重量ではない。

 足元に気をつけながら階段を下り、一週間前店長と話したあの地下室へ降りる。


「ここ、色んな物が置いてあるなあ」


 木箱を所定の位置に置く。

 その際にぐるりと部屋全体を見渡した。

 所狭しと箱が積み上げられている他、鞘に入ったままの剣や錆び付いたそこら辺に転がっている。


 廃棄予定の品物も混じっているようだ。

 鞘に入ったままの剣を拾って、抜いてみる。


「何だこれ?」


 しかし、刀身部分が半分辺りで折れていた。

 これじゃ武器ですらない。

 刃も所々錆びているし、かなり酷いな。


 ……部屋に散らばっている廃棄品をよく見ると、用途不明のヘンテコな物が沢山あった。

 色々見て触りたい衝動に駆られる。


 って、こんな所でサボってちゃダメだ。

 急いで一階へ戻る。

 店長はとくに怒ったりはしてなかった。安心。


「おう、ご苦労さん」

「いえ。それより次は何をすれば?」

「はは、やる気があるのは良い事だ」


 サボりかけていた後ろめたさを隠すように、次のやるべき事を店長に聞く。

 彼は「そうだ」と言わんばかりに手を叩いた。


「そういえば、ギルドに素材採取の依頼を頼んでいたな。よし、報酬の支払いと素材の受け取りを頼む」

「分かりました––––あの、ギルドってもしかして冒険者ギルドですか?」

「ああ、そうだが」


 店長の言葉を聞いて、内心喜ぶ。

 もう冒険者になる理由は無くなったが、それでも冒険者ギルドには大いに興味があった。


 結局まだ一度も行けてないし。


「坊主は最初、冒険者志望だったな。いいのか? 俺のところで働いてて」

「冒険者が危険なのは理解してますから」

「英断だな、あそこは命がいくつあっても足りねえよ。ま、そういうワケあり連中の為の場だから、仕方ねえなかもしれないがな」


 店長は渋い顔をする。

 やはり冒険者に対して良い印象は無いようだ。

 その彼は一体どんな依頼をギルドにしたのか。


「店長はどんな依頼を出したんです?」

「ある魔獣から採れる素材だ、今度新しい武器を作るのに必要でな」

「へえ……」


 店で売っている装備の殆どは仕入れ品だが、一部は店長自らの手で作成されている。

 あとはオーダーメイドとかで細かい注文がある時も作っていたな、と思い出す。


 もしかして、倉庫に転がっていた妙な装備の数々は店長の失敗作だったりするんだろうか。

 聞く勇気は無いので心に留めておく。


「ギルドの場所は大通りを抜けた先だ。ガラの悪い連中もいるから気をつけろよ?」

「はい、それじゃ行って来ます」

「おうよ、頼んだぞ」


 接客用のエプロンを外し、外へ出る。

 王都は相変わらずの賑わいようだ。

 世界の危機に陥っているとは到底思えない。


 まあ中心部である王都にまで影響が出ていたら、国家としてかなり危うい状況になるのだろう。

 そうなる前に手を打ったのだから、当然か。


 王都から離れた地域は大変なのかもしれない。

 今の俺には、もうあまり関係無いけど。

 そういえば……クラスメイト達はそろそろ、危機の解決の為に各地へ派遣される頃だろうか。


 異世界に召喚されてまだ一ヶ月ちょっとしか経ってないのに、もうずっと会ってないような感覚だ。

 ……意図的に考えないようにしてたけど、元の世界の日本では俺達、どんな扱いなんだろう?


 授業中に集団失踪とか、シャレにならない。

 数学教員が疑われているかもしれないな、あの人の授業中に俺達は召喚されたのだから。


 だとしたら少し不憫だ。

 あとは……家族。

 父さんや母さんは、元気にしているだろうか?


 ホームシックはある。

 時折実家を思い出して泣きそうになるが、その度に泣いてる暇なんて無いと自らを鼓舞してきた。


 俺にそんな余裕は無い。

 級友達に比べて、何もかも足りないのだから。

 理不尽だとは思うが、人生は配られたカードで勝負するしかないと誰かが言っていた。


 その手札が絶望的すぎて、一度は諦めたけどさ。




 ◆




「ここが––––冒険者ギルド」


 黒色冠を出て暫く。

 俺は三つの剣が重なっているような看板が目印の建物……冒険者ギルドの前に立っている。


 一見すると大きな洋風の館で、所々修繕の跡が目立つ年季の入った建物だ。

 てっぺんに掲げられた旗には、やはり三つの剣が重なる模様がトレードマークのように刻まれている。


 場所が大通りから外れた通りだからか、行き交う人々の雰囲気は若干悪い気がした。

 武器を携帯している人の多さも目立つ。


 緊張しながら、扉を引いて中へ入る。


「ど、どうも〜」


 小声で挨拶をする。

 ギルド内は屈強な男達で溢れていた。

 一瞬だけ俺に視線が向けられる……なんて事は無く、ただの来訪者としてとくに絡まれる事も無い。


 ま、そりゃ一々やって来た奴に因縁つけるほど、冒険者も暇じゃないか。

 少し安心しながら足を進め、素材の受け取りと報酬の支払いができる所を探す。


「あそこかな……」


 受付らしき場所を発見する。

 銀行や郵便局の窓口みたいだ。

 この時間帯は空いているようで、整理券のような物を見た感じ配られてはない。


 とりあえず一番端の受付へ向かう。

 受付嬢が美人なのは、世界共通らしい。

 俺が受付へ座ると笑顔を見せながら言う。


「はい、今日はどんな御用でしょうか?」

「あの、依頼を出した者の関係者です。代理で報酬の支払いと、依頼の成果を受け取りに来ました」

「では代理人と証明できる物の提出と、その後にこちらへサインを」

「はい」


 予め店長から渡されていた書類を差し出す。

 依頼を受けたの証明書のようだ。

 受付嬢はザッと目を通す。


「ジャムレイさんの代理ですね、確認しました。ではこちらにサインを」


 当たり前だが、手続きは何事もなく進む。

 受付嬢が俺に一目惚れする、なんて夢のような展開も何もなく、全てが事務的に淡々と済む。


 気づいたら報酬の入った皮袋を渡し、代わりに依頼の成果である魔獣の素材を受け取っていた。

 フルメタルリザードと呼ばれる、全身が金属のように硬い鱗で覆われた魔獣の体の一部らしい。


 店長はそれを手に入れる為ギルドに依頼を出した。

 どうやら魔獣から採れる素材は一般では中々流通せず、だからこうして冒険者に依頼するとか。


 魔獣は通常の動物よりも遥かに凶暴で、複数人で対処したり魔法が使えないと戦いにすらならない。

 ……俺、よく冒険者になろうとしたな。


「ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。ジャムレイさんは頻繁に依頼を出してくれるお得意様の一人ですから」


 最後に受付嬢がそう言う。

 さてと、用は済んだし……帰るか。

 受付から離れて立ち上がろうとした時。


「うわっ」

「……っ!」


 近くに居た人とぶつかってしまう。

 倒れなかったが、相手は転んでしまった。

 俺は慌てて謝りながら手を伸ばす。


「すみません! 大丈夫ですか?」

「……平気」


 その人は俺の手を払いのけ、自ら立ち上がる。

 ……が、随分と背が低い。

 視線を下げて、姿を見る。


 ––––驚いた。


 ぶつかった相手は女性で、しかもまだ子供。

 身長は目視で140センチくらい。

 短めの水色の髪に、同じく水色の瞳。


 眼鏡をかけていたがサイズが合ってないのか、イマイチ似合っているとは言えない。

 服は真っ黒なフード付きのローブを羽織っていた。


 左手で自らの身長よりも高い杖を握り、右手で一冊の本を抱えている。

 少女は人形のように整った顔立ちで……それこそ人形のように感情の揺らぎが感じ取れなかった。

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