第24話 人形のお姫様(別視点)

「うっ……」




 ドールが目を覚ます。


 そこは王城にある隠し部屋の一つだった。


 窓は無く、四枚の壁に囲まれた室内。




 あるのは簡易的なベッドとトイレだけ。


 囚人を閉じ込める牢獄と殆ど変わらない。


 傍らにあるのは、一冊の本だけ。




 その本は少女がいつも持ち歩いていた『エデンの勇者』というタイトルの児童書。


 他には何もない、杖は没収されたようだ。




「……」




 ––––油断した、と少女は自らを叱咤する。




 遊撃部隊に所属していた彼女は、作戦終了後真っ先に戦場を離れ黒色冠へ向かった。


 自分を待ってくれている少年の元へ。




 だが少女は何者かの襲撃に遭い、黒色冠へ辿り着く前に意識を闇へ落とした。


 彼女は少年––––ユウトとの約束を思い出す。




 彼の事を想うと、胸が熱くなる。


 この気持ちはきっと、そういう事なんだろう。


 だが少女は嬉しいと思う反面、愛に怯えていた。




 実の父の暴走。


 その発端が愛だからだ。


 母である妻を愛しすぎた故、娘の自分すらも嫉妬の対象でしかなかった、哀れな王。




 もし、彼がそうなってしまったら。


 父の狂乱は特異なケースなのは分かっている。


 それでも幼少期に向けられた父の視線。




 あの、憎悪に満ちた視線を、もし彼が私の子供に向けてしまったら––––私はどうするのだろう、と。




「……っ! 私は、何を……!」




 そこで少女は頰を赤く染めた。


 彼と私の子供なんて……想像が飛躍しすぎている。


 第一、彼が私をどう思っているかなんて、正直なところよく分かってない。




 少なくとも嫌悪はされてないだろう。


 好意があるかどうかは分からない。


 よく肉食獣のような視線で見られるが、それは私に限らず見た目の良い女性殆どに向けられているので、ただの性欲で好意では無いだろう。




 ……それは少し、イラッとしていた。


 私だけを見てほしい。


 私の全てを差し出すから、あなたの全てを私に費やしてほしい……だけどその思考は父と同じだ。




 結局、私にも父の血が流れている。


 血は争えないと実感した。




 父の考えていることは大体分かる。


 私を政略結婚の道具にでもしたいのだろう。


 勝手に捨てた癖に、随分と傲慢だ。




 王さまらしいと言えば、王さまらしいが。




「……エデンの勇者」




 少女は大好きで嫌いな本を指でなぞった。


 手にとって開くと、何度も読んだ跡がある。


 そして書いてある文章を朗読した。




「––––エデンの勇者は、魔王に攫われたお姫様を助けに魔王城へ行きました」




 私に、助けは来るのだろうか?


 いいや、そんなものはきっと無い。


 だって現実はいつだって厳しいのだ。




 もし、この世界が甘く優しいのなら、私はお母様と今も幸せに暮らしている筈。


 だけどそうはならなかった。




 ここは物語の世界ではなく、現実だから。




「––––へぇ、君があのバカ王の隠し子かあ」


「っ!」




 本を閉じ、瞬時に振り向く。


 そこに居たのは茶髪の少年だった。


 背中に剣を背負い、マントを羽織っている。




 少女は彼を知っていた。


 勇者リュウセイ。


 先の戦いを一瞬で終わらせた、英雄。




「どうして、あなたが」


「君の父親のバカ王に頼まれてさ。もし、君を取り返そうとする奴が現れたら阻止しろってね。全く偉そうな奴だけど……もうすぐオレの天下だ、焦る必要は無い」




 ニタァと、粘つく笑みを浮かべる光山。


 少女はぞわりとした生理的嫌悪感を抱く。


 この男は、敵だ。




 悪意を悪意とも思わない、真性の悪。




「……近付かないで」


「なんで? もしかして怖いの?」


「……」


「はは、可愛いなあ。大丈夫、オレは従順な女の子には優しいからさ」




 暗に、反発的な女は嫌いだと言っていた。


 父とは違う方向の傲慢性。


 これが、勇者?




 少女は失望した。


 このエデンの勇者に書かれているような、勇気と知恵を併せ持った男性こそが勇者に相応しい。




「私に何かしたら、舌を噛み切って死ぬ」


「……へえ」


「ほんき」


「…………チッ」




 光山は舌打ちして少女に背を向ける。


 少女の目が本気だったからだ。


 今彼女に死なれたら、王の対処が面倒になる。




 光山は王を殺すつもりだったが、今では無い。


 世界の危機を救い、勇者リュウセイの名が英雄として完全に広まった後に適当な嘘を流して、王を大衆の前で処刑するつもりだった。




 英雄と王。


 普段上流階級の人間に不満を抱えている民衆が、どちらの話を信じるかなど火を見るより明らか。




 それが光山のプランだった。




「ったく、無駄に貞操観念固い女はこれだから嫌いなんだ。オレが抱いてやるって言ってんのによ」




 光山は愚痴を零しながら部屋から出た。


 彼の退出を確認した後、少女は震える。


 もし乱暴されていたら抵抗など無意味だった。




「……助けて」




 少女は瞳から、一筋の涙を流す。


 縋るように本を抱きしめた。


 この本の主人公のような勇者に助けてもらいたい。




「ユウト……」




 ドールは……愛しい少年の名を口にした。

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