第22話 帝級の力

 ––––押している。




 ジャイアントオーガが現れた時はどうなるかと思ったが、ダブレイドの活躍で戦線は維持できていた。


 それどころか若干魔獣を押し返している。




 これなら光山が来るまで耐えられそうだ。


 俺も次々と魔法を撃ち込む。




「君、休まなくてもいいのか?」


「はい。大丈夫です」


「むう、それなら構わないが……」




 騎士らしき男に心配される。


 俺はさっきから一度も休まずに魔法を使っている。


 周りの連中は魔力切れでドンドン控えに交代していたが、俺の魔力はまだまだ無くなりそうにない。




 底が見えないとはよく言ったものだ。


 俺の唯一の勇者らしい才能である。




「君の働きは立派だ。それにその魔力量……どうだ、もしよければ騎士団に––––」




 騎士風の男は、その先を口にできなかった。




「え」




 何故なら、上半身が吹き飛んだから。


 残った下半身もぐしゃりと潰れる。


 外壁に血の池ができた。




「……は?」




 目前の光景が理解できない。


 騎士風の男は死んだ。


 それは理解できる。




 不可解なのは、何故死んだのか。


 ここは外壁の真上だ。


 敵に飛行戦力が皆無なのは調査で分かっている。




 なら、どうして。




「ぎゃっ……!?」




 男が短い悲鳴をあげながら死んだ。


 その隣に居た者も死んでいる。


 何かに抉られたような死体。




 もしやと思い、下の戦場を見る。




「っ、あいつら……!」




 正体はオーガ達。


 ジャイアントオーガほどの巨体と怪力は無いが、それでも人間とは比較にならない。




 そのオーガ達が、ナニカを投擲していた。




 あり得ない、オーガにそんな精密なコントロールができるとは到底思えない。


 俺達だって真上という陣地をとっているから、魔法による遠距離攻撃を可能としている。




 なにかカラクリがあるはずだ。


 投げる瞬間を注意深く観察する。


 オーガは『弾』を探してキョロキョロと辺りを見渡し……笑いながらソレを掴んだ。




 ソレはアイボールという魔獣。


 見た目はサッカーボールサイズの眼球で、それがフワフワと浮いている。




 浮くと言っても、地上から2メートル程度。


 飛行能力とは到底呼べない。


 だが––––




(来る……!)




 俺は咄嗟に魔力操作法を使った。


 身体能力と視力を強化し……寸前で、オーガが投擲したアイボールを避ける。




「そういう事か!」




 アイボールは浮くだけの魔獣。


 だけど、空中を移動できる。


 恐らくオーガに投げられて空中にいる間に、僅かでも動いて軌道を修正していると考えられた。




「魔力操作法で強化しろ! 狙われているぞ!」




 大声をあげるが、後衛は次々と射抜かれていく。


 魔獣の異変……それによりオーガやアイボールの能力も向上しているからできる芸当。




 これが『世界の危機』の一端なのだとしたら……ああ、確かに世界を揺るがす未曾有の災害だ。


 それから俺は投擲攻撃を避け続ける。




 半数以上の後衛部隊が命を落としていた。


 残った者達も自分の身を守るのが精一杯で、前衛の援護に回せる力はとてもじゃないが無い。




 魔法による援護が無くなった前衛部隊は、押しているムードから一転、ジリジリと後退していた。


 戦線が崩壊するのも、最早時間の問題。




 これまでか––––と、その時。




 一陣の稲妻が走った。


 雷は雨のように降り注ぎ、魔獣達を貫く。


 直ぐに死骸の山が出来上がった。




 そして前衛部隊が引き上げられる。


 戦いを諦めたワケじゃない。


 彼らと交代するように……勇者が、現れた。








 ◆








 ようやくオレに相応しい舞台が『完成』した。


 あとは低脳共に見せつければいい。


 この世界、真の支配者は誰なのかを。




「世界を作りし九の神よ……今、我が手に宿りその力を発揮せん––––ファイア、アクア、ランド、ウインド、エレクトロ、アイス、シャイニング、ダークネス……ヴィナス・ワールド」




 オレの構築した魔法は、帝級の中の帝級。


 一つの極致とも呼べる完全な魔法。


 さあ驚け、そして跪け!




 この! オレの力に!








 ◆








 その光景は、まさしく世界の終焉だった。


 天地はひっくり返り、魔獣の軍勢はあらゆる災害に飲み込まれ虚無へと還る。




 人間の脳では、およそ知覚できない現象。


 なにが起きているのか、理解できない。


 いや、理解するのを拒否している。




 それを知った時、きっと正気でいられないから。




 とにかく魔獣の軍勢は姿を消した。


 跡形も無く、一切の存在証明を失って。


 まるで最初からそこには何も無かった……そんな風に思えてしまうが、仲間達の遺体がそれを否定する。


 戦いは、確かにそこで起きていたのだ。




「勝った、のか?」




 誰かが言った。


 波紋は徐々に広がり、次第に連合軍全域へ。


 そこで初めて、彼らを勝利を確信した。




「我々の勝利だあああああああああっ!」


「うおおおおおおおおおっ!」


「おおおおおおおおおおっ!」




 絶叫で包まれる。


 絶望的だった戦局。


 それをたった一人が変えた。




「勇者リュウセイ、バンザーイ!」


「異世界の勇者は本物だったんだあああっ!」


「勇者! 勇者! 勇者!」




 勇者コールが続く。


 光山は笑顔で応えていた。


 汗一つ流してない、余裕の表情。




 あれが伝説の力、か。


 凄すぎてよく分からなかった。


 だが単独で一万近い魔獣を一瞬で殲滅したその力は、最早誰も疑う余地は無い。




 勇者リュウセイの名はこれを機により轟くだろう。




「……はぁ〜」




 どさっとその場で座り込む。


 緊張が解けて、力が抜けた。


 後半はずっと避けるのに集中していたからか、疲労感が肉体のダメージ以上にある。




 チラリと横目で仲間達の遺体を見る。


 俺も一歩間違えたら、こうなっていた。


 生き残っているのが奇跡のように思える。




「……ごめん、俺も自分の身を守るので精一杯だったんだ。助けられなくて、悪かった」




 意味の無い独り言。


 でも、どうしても言いたかった。


 この戦いの英雄は光山だろう。


 でも、彼が到着するまでの時間を稼ぎ、命を落とした者達も––––英雄だ。




 前衛も後衛も、被害は甚大。


 何人もの人々が犠牲になっている。


 これが、本当の戦い。




 よく漫画やアニメで『戦いが好き』なキャラクターがいるけれども、俺は彼らのように楽しむ余裕を持つ事など出来なさそうだ。




 いや、そんな事はどうでもいい。


 今心配なのは……ドールの安否。


 彼女なら心配ないと思う一方で、もし何かあったらどうしようと恐れる自分がいる。




 けど約束通りなら、黒色冠に来てくれる筈。


 そして皆んなで祝勝会だ。


 店長とベリーが準備をしてくれている。




 今日は目一杯楽しもう。


 酒も飲んで大騒ぎだ。


 酔った勢いで一夜の過ちを犯してしまうかもしれないが……過ちだから仕方ないよね。




 それにドールも満更でも無いようだし。


 彼女と抱き合った昨夜を思い出す。


 あの時の俺と彼女は完全に通じ合っていた。




 ……イケる、イケるぞ俺!


 いよいよ脱童貞だ!




「生存者の確認だ! 今から名前を読み上げるから、生きている者は反応しろ!」




 生存者と戦死者の確認作業が始まる。


 死んだことにされないよう気をつけなければ。


 そんなワケで後始末は別の部隊に任される。




 実戦部隊の役目は終わり。


 ゆっくり休んでくれと言われた。


 特別報酬も出るらしいし。




 生き残った喜びから、浮き足立ってしまう。


 汚れを落としてから黒色冠に向かった。




「坊主! 生きてたか!」


「店長!」




 店長が笑顔で出迎えてくれた。




「ま、お前はそう簡単に死ぬようなタマじゃねーか! はははっ!」




 俺の生存を自分の事のように喜んでくれる店長。


 そんな彼を見て涙が出そうになる。


 まだ泣いてはダメだ。




 涙は、ドールが戻って来るまで取っておこう。








































 ––––しかし。
















 一日、二日、三日と待っても。


 ドールは現れなかった。

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