第21話 戦場

 そして、現在。


 魔獣の軍勢は目前まで迫って来ている。


 あと数分もすれば開戦だ。




 作戦内容をもう一度反復する。




 連合軍の役目は、時間稼ぎだ。


 勇者リュウセイ……光山は丁度別件で王都から離れていたらしく、今こちらに向かって来ている。




 奴が到着するまで、外壁を守り切れば勝ちだ。


 あとは帝級勇者が全てを蹂躙する。


 問題は、それまでにこちらが持ち堪えられるか。




 部隊は大きく二つに分けられた。


 魔獣の軍勢を進行を防ぐ前衛部隊。


 外壁の上から魔獣を狙う後衛部隊。




 俺は外壁の上に立ちながら思う。


 前衛が少しでも崩れたら、敗北は決定する。


 どう考えても一万の魔獣に外壁は耐えられない。




 外壁の上に陣取っている俺達後衛部隊も、壁を破壊されたら崩壊に飲まれて死ぬだろう。


 俺達に出来るのは、前衛を信じ魔法を唱え続けて少しでも魔獣の数を減らす事。




 小難しい戦術も必要ないから楽だ。


 ただひたすら、砲台のように魔法を使う。




「……来たぞ!」




 後衛の部隊長が声を張り上げた。


 部隊長の合図で、魔法を撃つ。


 既に初発分の詠唱は終えていた。




 ––––ドクン、ドクンッ




 心臓の鼓動がやけに大きく聴こえる。


 冷や汗もさっきから止まらない。


 気を抜けば震えてしまう。




(……ドール!)




 愛おしいと感じた少女の名を心の中で叫ぶ。


 彼女はもっと危険な部隊に配属されている。


 なのに俺が泣き言を言ってどうする!




 そうだ、俺の魔法で少しでも敵の数を減らす事が出来れば、彼女の負担だって軽くなる筈。


 逃げるな、臆するな。




 戦え……! 俺は、勇者だろ!




「放てえええええええっ!」


「おおおおおおっ! 『ウィンド』!」




 部隊長の合図で、後衛部隊の魔法攻撃が一斉に魔獣の軍勢へ降り注いだ。


 その中には俺のウィンドも混じっている。




 多種多様な輝きを放つ無数の魔法は、ここが戦場である事を忘れてしまうくらいに綺麗だった。


 だが数秒後、その魔法で沢山の血が流れる。




 ––––着弾。




 魔獣の軍勢の動きが止まった。


 小型の魔獣は一瞬で消し炭になる。


 中型の魔獣は半身を残して死んだ。




 唯一生き残った大型の魔獣も深手を負っている。


 その隙を突き、前衛部隊が大型の魔獣に狙いを定めて次々と命を刈り取り始めた。




 魔力操作法で視力を強化する。


 すると前衛の戦場がよく見えた。


 殆どの戦士達が槍を振るう中、一人だけ異彩を放つ男が誰よりも戦果を挙げている。




 二刀流のダブレイドだった。




 彼は二本の剣を巧みに操り、まるでダンスパーティーで踊るかのように舞っている。


 一振りする度に魔獣の首が飛んでいた。




 全身を血に染め上げながら、殺し続けている。




「火よ、敵を焼き尽くせ! 『シードフレア』」




 俺も負けじと魔法を唱える。


 火属性の低級魔法は弱々しい種火ではなく、大型の魔獣を飲み込む巨炎へ姿を変えた。




 高所からの一方的な攻撃。


 結局これが一番強い。


 魔獣は次々とその数を減らす。




 戦いは順調と言えた。


 このまま何事も無く終わってくれ。


 誰もがそう願った。




 しかし、ここは戦場。


 そんな甘い願望は、通用しなかった。




「ゴガアアアアアアアアアアアアアッ!」




 突如、地の底から響くような声音が轟く。


 空気が揺れているのを肌で感じ取れた。


 質量のある『咆哮』。




 その主は、戦場のど真ん中に居た。




「ジャイアントオーガ……!」




 ジャイアントオーガ。


 それは通常のオーガよりも巨大な個体。


 真っ赤な肌をした鬼人だ。




 ジャイアントオーガは剛腕を振るう。


 それだけで前衛が何人か吹き飛んだ。


 そして信じられないが、大きく跳躍する。




「ガアアアアアアアアアアッ!」




 着地点は、前衛部隊の比較的後方辺り。


 突然の会敵に動揺を隠せない戦士達。


 その間に何人もやられていく。




 魔法で援護をしたいが、出来ない。


 今撃てば味方にも当たるからだ。


 彼らに頑張ってもらうしかない。




「ゴガアアアアアアアッ!」




 自らの強さを誇示するかのように叫ぶオーガ。


 まるで暴走した戦車だ。


 誰にも止める事が出来ない。




 ––––否。




 ジャイアントオーガに立ち向かう戦士がいた。


 ダブレイドである。


 彼は体格差を利用し、ヒットアンドアウェイを繰り返し確実に傷を蓄積させていく。




 オーガの一撃は確かに凄まじい。


 だが、それも当たればの話。


 ダブレイドにとってはただの読みやすい大振りの攻撃なのか、徐々にオーガの真紅の肌に血の色を与え、遂には膝を折らせる事に成功する。




 あともう一押し。




「ゴアアアアアアアアアアッ!」




 ジャイアントオーガが叫ぶ。


 そして地面を思い切り砕いた。


 大地はひび割れ、足場は不安定に。




 その影響はダブレイド側にも。


 彼は地割れに巻き込まれ、転んだ。


 直ぐに立ち上がるが……チャンスをみすみす逃すほど、オーガも甘くはない。




 巨体を活かしたタックル。


 ダブレイドは吹き飛ばされた。


 彼ほどの達人なら魔力操作法も鍛えられているだろうが、それでも大きなダメージは免れない。




 追撃とばかりに、近くに転がっていた戦士の死体を拾って投げつけたジャイアントオーガ。


 べしゃりと、死体が粉々に飛び散る。




 死を弄ぶ行為。


 オーガは愉快に笑っていた。


 自分こそが強者であると。




 ––––だから、負けた。




「放てえええええええい!」


「ゴアアアアッ!?」




 ジャイアントオーガの背中に命中する魔法。


 オーガの皮膚は硬く魔法にも耐性があった。


 だが、立て続けに受ければ限界を迎える。




「ガアアアアアアアアアッ!?」




 魔法の集中砲火を受けるオーガ。


 何故だ? と言わんばかりの表情を浮かべる。




 答えは単純。


 奴はダブレイドに集中しすぎて、周りの戦士達が徐々に離脱していた事に気付いていなかった。




 誤射の心配が無ければ、魔法は撃てる。


 オーガの油断は敗北に直結していた。




「……ガ、アアアアアアアアアッ!」




 オーガは咆哮と共に集中砲火を抜け出す。


 凄まじい肉体の耐久力だ。


 ドスドスと、音を立てながらとオーガは走る。




 撤退しているようだった。


 けれどあの巨体ではそこまでの速度は出せない。


 何よりあの男が逃亡を許さなかった。




 逃げるオーガの前に現れる、死の影。


 全身が血で真っ赤に染まったダブレイドだ。


 二つの赤色は再び対峙する。




 オーガは「退け!」とばかりに駆けた。


 豪腕をデタラメに振り回す。


 沢山の石飛礫と死体が飛び交う中……ダブレイドはトドメを刺すべく、静かに舞った。




 二本の剣が曲線を描く。




「っ……!?!?!!」




 息も吐かせない連続攻撃。


 片方の刃で斬りつけたと思ったら、既にもう片方の刃がオーガの肉を傷付ける。




 一度撤退を考えていたオーガは、再び戦うかそれとも逃亡を続けるか……数秒間迷った。


 その迷いの間に、勝負は決まる。




 二本の剣が、心臓を貫いた。


 それまで意識的に守っていた心臓。


 迷った事で、その防御が疎かになっていた。




 混沌を極める戦場で……血の華が咲いた。


 その者は返り血を浴び、なお美しい。


 最後に立っていたのは––––ダブレイド。




 彼は見事、勝ち切った。




 戦いは続く––––

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