第20話 大量発生
「これは、想像以上だな……」
外壁の上から見下ろす景色。
地上には魔獣がこれでもかも勢揃いしている。
小型から大型までレパートリーに長けていたが、飛行型の魔獣がいないのはせめてもの救いか。
それにしたって想像を絶する程の数だ。
偵察部隊によると、その数は一万に届くかどうか。
気が遠くなる数字だ。
俺達冒険者と騎士団の連合軍の役目は、勇者リュウセイが到着するまでの時間稼ぎ。
勇者の帝級魔法ならば、どれだけ頭数を揃えようと無意味だと上司達は考えている。
実際その通りだろう。
だが、果たしてそれまでここは保つのか。
外壁を破壊されたら、王都の住民達は一人残らず魔獣に食い殺されて蹂躙されるだろう。
そうなればまさに地獄絵図。
全てはここの踏ん張り次第だ。
スケールが大きすぎて未だに実感は無いが、王都市民の平和は連合軍にかかっている。
負けられない戦いを前に、俺はドールと交わした約束を噛み締めながら思い出した。
◆
その日ギルドに行くと、妙に騒々しかった。
職員が慌てながらあちこち走り回っている。
しかもほぼ全ての冒険者が勢揃いしていた。
それもそのはずで、俺達冒険者は今朝方発令された『緊急招集』に応じて駆けつけている。
ギルドの規約の一つで、所属冒険者は緊急招集に必ず応じなければならないとあった。
「ドール、これから一体何が始まるんだ?」
「じきに分かる」
するとギルドの二階から老人が現れる。
白髪で髭も生えていたが、強者特有のオーラを纏っている活力に溢れた人物だ。
老人は声を何倍にも大きくする魔導具を使い、ギルド内全域に己の声を轟かせる。
「ワシはギルドマスターのマルクトスだ。今回の緊急招集に応じてくれたこと、感謝する。してその内容だが––––現在、推定一万体の魔獣が王都に向かって来ている」
どよめく冒険者達。
数字のデカさに面食らっていた。
一万って……異常だろ。
「み、見間違いでは?」
「何度も確認した結果だそうだ」
一人の冒険者の質問はサラリと覆される。
ドッキリでここまで人は集めないだろう。
即ち一万体の魔獣も、現実の出来事。
「最近、魔獣の異常な大量発生が各地で起きていた事は諸君らの記憶にも新しいと思う。その結果が、これだ。各地で大量発生した魔獣は他の魔獣と合流し、一つの軍勢と化しておる」
結晶山へ向かう道中、やけに魔獣が多いとドールが言っていたのを思い出す。
いつもこうなのか? と聞いたら、彼女は「違う」とハッキリ答えていた。
あの地域以外にも魔獣は大量発生していて、各地の群れが合流した結果軍勢となってしまったとギルドマスターは言いたいのだろう。
「先程フェイルート王国騎士団団長と相談したが、これよりギルドと騎士団は連合軍となり、魔獣の軍勢を迎え撃つ。魔獣は一匹足りとも王都へは入れさせない」
ギルドマスターの言葉を聞いて静まる冒険者達。
血の気の多い普段の彼らなら「やってやろうじゃねえか!」と騒いでる場面だろうが、今回ばかりは相手が悪すぎるとしか言えない。
「む、無理だろ……」
ポツリと誰かが漏らす。
その一言は、全員の心情を代弁していた。
だが––––ギルドマスターは否定する。
「無理でも、不可能でもない。何故ならワシらには、異世界の勇者がついておる」
一瞬だけドキリとする。
が、直ぐに自分の事では無いと分かった。
ギルドマスターの言う異世界の勇者、それは。
「勇者リュウセイ。彼の持つ伝説の帝級魔法があれば、魔獣の軍勢の殲滅など容易いと聞いておる」
先日お披露目されたばかりの勇者の名があがる。
伝説の帝級魔法。
皆、噂くらいは聞いた事があるようだ。
「し、信じていいのか、その勇者を!?」
「伝説の帝級魔法なんてお伽話じゃねーか!」
「んな夢物語信じられねーよっ!」
反発する冒険者達。
しかしギルドマスターは予想していたのか、すらすらと説得の言葉を紡ぐ。
「だが、それしか方法は無い。もし他に一万の魔獣を倒す方法があるのなら、是非ワシに聞かせてほしい」
反発していた冒険者が全員口を閉じる。
そんな案は無かった。
あればとっくにギルドマスターが提案している。
「まあ、とりあえず信じてみないか?」
一人の冒険者が言う。
背中に二本の剣を背負った青年だ。
ギルド中の視線が彼に集まる。
俺は小声でドールに話しかけた。
「ドール、あの人は?」
「二刀流のダブレイド。シルバーランク冒険者」
「へえ……」
知りたい情報を簡潔に答えてくれた。
シルバーランクに加え、この注目度。
彼は多くの冒険者から認められているようだ。
「勇者の実力が嘘か本当かについては一先ず保留だ。現実問題として一万の魔獣が王都に迫っている。なら何もしないワケにも行かないだろう? 結局戦うなら関係ない、それとも……」
ダブレイドは一呼吸してから、告げた。
「尻尾を巻いて逃げるのか? 俺達冒険者が」
挑発的な言葉。
だが、勇敢である事が求められる冒険者にとっては、これ以上ないほどの発破。
他の誰が言っても、効果は無かっただろう。
確かな実力と人気を兼ね備えた彼だからこそ、説得力が生まれ冒険者達を突き動かした。
「いいぜ! やってやらあっ!」
「そこまで言われちゃ仕方ねーなー!」
「臆病者は引っ込んでな!」
……凄いな。
ギルドの空気が一瞬にして変わった。
あのカリスマ性、ただの冒険者とは思えない。
「これより部隊編成を行う! 自らの得意な項目を職員に自己申告した後、各自準備を! この戦い、皆で勝つぞ!」
すかさずギルドマスターが指示を出す。
冒険者達は揃って職員に詰め寄った。
早く戦いたくてうずうずしているらしい。
「なんだか大変な事になったな……」
一方、ホワイトランクの初心者冒険者である俺は、場の空気にイマイチ馴染めなかった。
それにこんな大規模な戦闘は初めて経験する。
実戦だってついこの前やったばかり。
戦い抜く自信があまり無かった。
「大丈夫」
俺が不安そうにしていると、ドールが俺の手に触れながら言った。
「私から離れないで。ユウトは死なせない」
「ドール……ありがとう」
頼もしすぎる言葉だった。
彼女と一緒なら、やれそうな気がする。
そう、思っていたのだが––––
「別働隊!?」
部隊編成が終わったその日の夜。
俺とドールは別々の部隊だった。
魔法を使える俺は、外壁の上から魔獣を狙い撃つ部隊に配置されたが、空を飛べる彼女は遊撃部隊として配属されたと言う。
「ごめんなさい」
「いや、ドールが謝る事じゃないよ」
こればかりは仕方ない。
それに、彼女に頼り切る姿勢もダメだ。
自分の命くらい、自分で守らないと。
「ドール、作戦が終わったら黒色冠に来てくれないか? 店長と娘さんのベリーと一緒に、祝勝会をしよう」
さっき一度黒色冠に戻った時、店長から俺が無事に戻って来たら祝勝会をしようと言われた。
ベリーも俺の事を心配してくれていたっけ。
「だから、二人で絶対に生き残ろう」
「分かった」
ドールはこくりと頷く。
俺は比較的安全な部隊に配属されたが、彼女は戦場を縦横無尽に駆け回る事になるだろう。
俺はこの世界に来て初めて、創造神に祈った。
もし、本当に俺をこの世界に召喚したのがあんたなら––––ドールを助けてくれ。
あんたの所為で俺は散々な目に遭っているんだ。
それくらい願っても、バチは当たらない筈。
「約束だ、ドール」
「うん……ユウトも、死なないで」
互いに見つめ合う。
彼女の揺れる瞳、震える口元。
その全てが愛おしかった。
「……ああ」
どっちが先に手を出したのか、分からない。
とにかく気づいた時には、俺とドールは互いの体を強く抱きしめ合っていた––––
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