第15話 野望(別視点)

 遡ること数日。


 鮫島が事件を起こした翌日のこと。


 勇者の関係者は混乱していた。




 勇者同士のイザコザ。


 実際は鮫島による一方的な暴力だったが、勇者同士の対立は至る所で発見されていた。




 そして––––この男も、その事実に苛立っている。


 伝説の帝級魔法使いの勇者・光山流星。


 彼はこのタイミングで鮫島が問題を起こした事を誰よりも問題視していた。




 自分の計画が狂わされたことに。




「どうして能無しの雑魚は、周りの足を引っ張る事だけは一流なんだい?」


「あ……が……」




 王城の地下室で、それは行われていた。


 冷たい床に倒れている男は、鮫島。


 身体中血だらけで、言葉を発する事も困難なくらいに暴行を加えられていた。




「何とか言えよ、クズ」


「あぎああああああああっ!?」




 光山は剣で鮫島の右足を刺す。


 そのままの状態で、彼は続ける。


 己が絶対的強者である事を示し続けながら。




「オレはずっと演じてきた、元の世界からずっとだ。全てはオレが理想の世界を作り上げるため……なのにさあ、お前らゴミはいつもいつも、いつもいつもいつもいつもいつも! どうして! 肝心なところで邪魔をするのかなあっ!? 低脳すぎて理解不能なんだよこの世のクズがあああああああああっ!」


「あがあああああああああっ!? あ、ああああああああああああああっ!」




 鮫島の右足が切断された。


 滝のように血が流れ、床を赤く染め上げる。


 光山は治癒魔法を唱え、直ぐには楽にさせないと無言で意思表示をした。




 一方の鮫島は苦痛で自己すらあやふやだった。


 光山に声をかけられ「ある提案」を持ちかけられた彼は、こんな所まで来てしまっていた。




「……まあいい、国王が直ぐに火消しをしたようだからな。計画の狂いは最小限だ」




 光山は脳裏に己の理想の世界を広げる。


 彼の計画……それは自分が絶対的な強者として君臨し、世界統一国家の王になる事だった。




 通常ならただの夢物語だろう。


 しかし、彼は伝説の帝級魔法使いだった。


 その力を持ってすれば、容易いまではいかずとも、現実性のある夢にまでは押し上げられる。




 夢の為に、光山は色々と準備をしていた。




 世界各地の危機の解決。


 これを圧倒的な力で成すことで、勇者の力を誇示し民衆へ自分の存在を刻みつける。




 民衆の誰もが勇者の存在を耳にした時、満を持してフェイルート王国総出のお披露目。


 噂話は、現実と化す。




 英雄の登場に、民衆の心は惹きつけられる。


 勿論そんなに都合良くいかないが、少なくとも光山本人は必ず上手くいくと盲信していた。




「なのにさあ、お前が好き勝手にやってくれたおかげで勇者に対する不信感が生まれたじゃないか。この責任どうしてくれんの? え?」


「あ……あ」


「ま、責任なんて取りようがないよね……じゃ、死ね。せめてオレの憂さ晴らしに、役立て」




 スパンッ!




 光山が剣を振るう。


 すると鮫島の首が呆気なく斬られた。


 ごろんと転がる生首。




 彼は魔法の詠唱を始め、唱えた。




「––––『エターナルフレア』」




 火属性の帝級魔法だった。


 対象を燃やし尽くすまで消えない無限の炎。


 証拠隠滅には持ってこいの魔法だった。




 塵になった級友を見て、光山は満足そうに頷く。




「これでいい。低脳雑魚は全て、本来帰るべき場所へ還ればいいんだ––––『無』に、ね」




 帝級勇者の暴走は、始まったばかりだ。








 数日後。


 光山は特級勇者の面々を自室に招いていた。


 当然だが、鮫島の姿は無い。




 集められた者達は突然の招集に驚いていた。




「流星くーん、なーんで他の奴ら、それも男まで呼んでるワケー? 私と良いコトするんじゃなかったのー?」


「オレはそんな事言ってない、黙れ」


「きゃはっ! そんな流星くんも良いねえ!」




 あからさまな媚を売る女子は林田芽衣子。


 光山は彼女を鬱陶しそうにあしらう。


 女は好きだったが、彼女はタイプではなかった。




「んで? 俺らに何の用だよ、光山」


「呼びつけるとは良い度胸してんじゃねえか」




 高圧的な態度を取るのは新谷海斗と浜崎直也。


 二人とも元の世界でも名の知れた不良だった。




「今日はお前らに、提案がある」


「提案だと?」


「ああ、単刀直入に言おう––––お前ら全員、この国から出て行け」




 ピタリと、空気が固まる。


 直後に漏れたのは––––殺気。


 光山を除く全員が、彼に殺意を向けていた。




 帝級には届かないものの、特級魔法使いもこの世界の基準で言えば充分規格外の強さである。


 何せ彼らを除いた特級は片手で数える程。




 相手が帝級魔法使いでも、この人数なら勝てる。


 特級勇者全員が同じ考えに至っていた。




「光山あ、お前調子乗りすぎじゃねえか?」


「流星くーん、どういう意味かなー?」


「光山、態度によっては……」




 四方八方から敵意を受ける光山。


 だが彼は少しも動揺していない。


 涼しい顔をしながら、口を開く。




「お前ら……その態度は何だ? オレは新世界の王だぞ? ––––黙って聞け」




 ドンッ!




 光山は殺意を殺意で返した。


 しかもそこに、魔力を乗せている。


 質量を持った殺意は、攻撃に等しい。




 特級勇者達は目を見開いて驚いた。


 レベルが違う、と。


 ある者は後退し、ある者は膝から崩れ落ちる。




 それ程までに実力差は離れていた。


 もし、ここで戦闘が勃発したとして……果たして自分は生き残る事が出来るだろうか?


 特級勇者達は己に問いかける。




 答えは、ノー。




 勝てない。


 この帝級勇者バケモノには敵わない。


 生物としての本能が、警告を告げた。




「それでいい」




 それまで座っていた光山が立ち上がる。




「人には、役割があるんだ」


「……どういう意味だ」


「運命みたいなものだ。何があろうと、最終的には一つの役割ロールに辿り着く。大抵の凡人はただのモブで終わるが––––オレは違う」




 彼は誇示するかのように両手を広げながら言う。




「オレは、この世界の主役だ」




 堂々と、一切の疑いなく。


 自らが世界の主役だと言い切った。


 余りにも傲慢で誇張的。




 しかし、謎の説得力があった。




「安心しろ、オレの提案はお前らにも利益がある。有能な王は飴と鞭を上手に使い分けるからな」


「はっ、王サマはどんな飴をくれるって?」


「国さ」


「……は?」




 浜崎が呆けた顔になる。


 構わずに光山は続けた。




「お前らの力なら、他の国に行っても通用する。それどころか乗っ取る事も出来るだろう……いや、そうしろ。世界王の命令だ」




 既に自分が王だと思い込んでいる光山は、練っていた『計画』に特級勇者達を巻き込む。




「オレは世界の危機を救った後、統一国家樹立を目指すつもりだ。その時に有象無象の無能王達に邪魔されたら、帝級魔法で一々国を滅ぼさないといけない。そんなのは合理的じゃないだろう? だからお前らが予め国を乗っ取って王になれ。オレに意見をしないと誓うなら、お前ら個人には手を出さない」




 滅茶苦茶な内容だった。


 元の世界にいた頃の特級勇者達なら跳ね除けるだろうが––––幸か不幸か、今の彼らには力がある。




「大体、一つの国に勇者が多すぎるんだよ。あの国王も何を考えているのか分からねーぜ。まあ、やがては玉座から引き摺り下ろしてやるがな」


「上級の奴らはどうするんだ?」




 光山は上級魔法使いの適性があった上級勇者達には声をかけていなかった。




「上級勇者? 好きにしろ。連れて行きたい奴が居るならそうしろ、オレにとっては最早、ただのモブでしかない連中だ。興味が無い」


「……いいぜ、乗ってやる」


「良い返事だ。他は?」




 特級勇者達は全員、頷いた。




「そういえばー、サメちゃんはどうしたん?」


「鮫島か? あいつはオレが殺した」


「へ?」


「オレの計画を狂わせた罰だ」




 サラリと、クラスメイトを殺したと暴露する光山。




「力を手に入れて舞い上がってた小物にすぎない、これ以上生かしておいても価値が無いと判断したまでだ……お前らは違うと、期待してるぞ」




 震える特級勇者達。




 帝級勇者・光山流星。


 又の名を世界王。


 彼に逆らう選択肢は、最初から無かった

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