第三話 ナニ ニ オモワレタノカ 2

 おやぁ。若い女の子が送ってきてくれたのかなぁ、と、印象を受けさせるものだと、彰人は桜色の可愛らしい封筒を手にしつつ、冷ややかに思った。そこに書かれる手書きの宛先からしても、だ。

 彰人はデスクの上に封筒を放り戻して、回転椅子に腰を下ろす。封筒の宛先にある自分の名前を見つめながら、煙草を口に咥えた。今は午後二時を過ぎ。まだ昼食をいれていない腹は、僅かに飢えを訴えてきている。

 だが、と彼は椅子の背もたれに寄りかかり、考えだす。考えださずにはいられないのが、自分の憎たらしいさがである。

 今しがた外での捜査を終え、自分は戻ってきた。今日は早朝から捜査に当たっていた。この封筒は自分がいない間である朝の配達時間に、届けられたに間違いない。宛先の住所が警視庁捜査一課と綴られるのは、これを送ってきた者は俺を知り、関わったことがある証。けれども、差出人の住所と名前はなし、ときた。

 彰人は封筒を裏返し、空白の差出人の枠を見る。煙草を咥える口の端から、つい失笑がでた。

 俺とは、そういう男なのか、と彰人は差出人に対して呆れる。この俺を知る者は、女の色香を感じるもので、ひょいひょい喜んでしまうとでも思うのか。

 どうせ――と、封筒の中身を予想しようとした彼の思考が、悪影響を及ぼす。彼の胃が空腹を訴えてくるのをやめてしまった。なら、食事をとる必要ない、と思考が主導権を完全に握り、「届けられたものは必ず確認する」という義務を果たすことへと導く。

 彼は、封筒を耳の横で振る。物が入っている音はしない。鋏で封筒の横端を切り落とさないまで切り、同封されているものを抜き取れるようにした。中には、四つ折りに畳まれた白い紙だけが入っていた。

  ひとごろし おまえを いっしょうゆるさない

 恨みを漂わせている。血を指につけて書いたようなその一文だけが、広げればA4サイズになる紙にでかでかと記されていた。血なのかどうかが気になり、彰人は匂いを嗅いでみれば硫黄臭い、血ではないので間違いなく、絵の具だろうと判断する。

 ――最高のラブレターをありがとうな。よくも食欲を失せさせてやがったな。お返しに鑑識送りにしてやろう。

 彼の仕返し心がぼやき、火を点けそうになる。それを宥めるために、彼は口に咥える煙草に百円ライターで火を点ける。ニコチンが口から鼻腔に、脳へ刺激し、仕返し心は従順に収まっている場所へ隠れてくれた。

 彰人は手紙を同封されていた通りに折り直し、封筒の中へ入れ戻す。空白の差出人の枠を少し見つめ、デスクの一番下の引き出しにある段ボール箱――通称、差出人不明の憎しみラブレターボックスへ、この手紙を一昨日届いたものの上に叩きつけてやる。こうしてこの子も、ここへ仲間入りを果たしたというわけだ。



 続

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